第三百七話 特化した育成
「はい。まずは一つ目です。
これは、祖父上から教わったことなのですが……」
「義父殿から?」
「はい」
秀文は少し考え、以前に政成から聞いた言葉を思い出しながら続けた。
「祖父上は、人を育てるのが上手いとよく言われるそうです。
でも、祖父上は違うと仰っていました」
坂木が興味を示した。
「筆頭様が?」
「はい。
『わしは人を育てるのが上手いのではない。
才ある者を最初に見つけて、その才を開花させているだけだ』と」
秀政は思わず笑った。
「……義父殿らしいな」
いかにも政成が言いそうな言葉だった。
政成は、何でもできる人間を好むわけではない。
何か一つでも使えるものがあれば、それを見つけて使う。
商いに向く者には銭を扱わせる。
人付き合いに長けた者には交渉を任せる。
細かな数字に強い者には帳簿を預ける。
不得手を直すことに年月を費やすより、得手を使って働かせる。
商人だった頃から変わらない、政成の人の使い方だった。
「それが、鬼兵と何の関係がある?」
秀政が尋ねると、秀文は少し言葉を探した。
「今の鬼兵は、まず常備兵として皆を鍛えるのですよね?」
「そうだ」
「鉄砲も撃たせて、馬にも乗せるのですか?」
「全員が同じだけではないが、一通りはな。
その上で働きのよい者を鬼兵へ上げ、それぞれの隊でさらに鍛える」
秀文はやはり不思議そうな顔をした。
「それは、時間が掛かりませぬか?」
秀政は眉を上げた。
「どういうことだ?」
「例えば、黒鬼の方々です」
秀文は机の上の名簿へ目を落とした。
「黒鬼は、鉄砲隊なら鉄砲も槍も使えて、騎馬隊なら馬も上手く扱わなければならないのでしょう?」
「そうだな」
「それだけのことができる兵を作るのは、とても大変だと思います」
「まあ、大変だな」
今回、その大変さを嫌というほど思い知らされたばかりである。
一人の黒鬼兵を失えば、新しい兵を一人入れれば済むわけではない。
火縄銃を扱わせ、槍を覚えさせ、騎馬なら馬にも慣れさせなければならない。
秀文は続けた。
「ですが、最初から鉄砲が得意な者だけを鉄砲兵にするのであれば、もっと早く育つのではありませぬか?」
坂木と上田が秀文を見た。
「ほう」
坂木が声を漏らす。
秀文は少し勢いづいた。
「祖父上は、最初に才を見つけると仰いました。
でしたら兵も、最初に試してみてはどうでしょうか?」
「何を試す?」
「馬に乗せます。
鉄砲も撃たせます。
槍も使わせます。
剣も振らせます」
秀文は指を折りながら数えていった。
「それで、馬が上手い者は馬をもっと鍛えます。
鉄砲が上手い者は鉄砲をもっと鍛えます。
槍が上手い者は槍をもっと鍛えます。
最初は皆、誰もが上手くないでしょう。
適性を見抜くのは祖父上ほどでなければ難しいやもしれません。
ですが、そこで元鬼兵が役立つはずです。
やる気のある者、筋の良い者。
候補となる兵と話し、武芸を見れば気づくのではないでしょうか?
元鬼兵の方々も、同じように鍛えられて鬼兵になったのでしょう?
ならば、どのような者がその道で伸びるのかも分かると思います。
そこで見込みのある者を、それぞれの道で鍛える。
皆を同じように鍛えて、出来上がった後にどこへ入れるか決めるより、その方が早いのではありませぬか?」
秀政はすぐには答えなかった。
坂木が口を開く。
「なるほど。
常備兵として一通り鍛えた後、その働きを見て振り分けるのではなく……」
上田が引き継いだ。
「最初に適性を見てしまう、ということですな」
「はい!」
自分の言いたかったことを上田が言葉にしてくれたため、秀文が嬉しそうに頷いた。
「それです!」
秀政は腕を組んだ。
「だが、秀文。
一つのことしかできぬ兵を作れば、戦場で困るぞ。
鉄砲兵だから槍を使えませんでは、敵に懐へ入られた時に死ぬ。
騎馬兵だから徒歩では戦えませんでも困る」
「あ……」
秀文が口を閉じた。
そこまでは考えていなかったらしい。
秀政はあえて答えを与えず、続きを待った。
秀文はしばらく考えていたが、やがて首を傾げた。
「でも……全部を同じくらい上手くする必要はあるのでしょうか?」
「何?」
「槍が苦手な鉄砲兵も、身を守れるくらいには槍を使えなければ困ると思います。
でも、槍が得意な青鬼と同じところまで上手くなる必要はありませぬ」
「…………」
「馬が苦手な者を、何年も掛けて馬の達人にするより……最初から馬が得意な者を選んだ方が早いと思います」
今度は秀政が黙った。
秀文の言っていることは単純だった。
秀文は、不得手な武技を捨てろと言っているわけではなかった。
兵として身を守るために必要なことは覚えさせる。
その上で、得意な武技の鍛錬に多くの時間を使わせる。
これまでの芋粥家は、まず優秀な常備兵を育て、そこからさらに優れた者を鬼兵へ引き上げてきた。
それだけに、一人前の鬼兵を作るにはどうしても時間が掛かる。
浅野が長い年月を掛けて少しずつ数を増やしていた頃なら、それでもよかった。
だが今は、千人以上の穴を早急に埋めねばならない。
「……待てよ。確かにそれはあるな」
秀政が呟いた。
秀文はさらに続けた。
「白鬼は、そうなのではありませぬか?」
「白鬼……そうか。お前もそこに気づいたか」
「はい。
綾芽たちは、何でもできるように鍛えているわけではないのでしょう?」
秀政は思わず白鬼の戦い方を思い浮かべた。
《飛燕連環陣》。
《廻天連砲陣》。
白鬼は、赤鬼や青鬼と同じように敵と槍を突き合わせるために作った兵ではない。
馬と鉄砲を組み合わせ、特殊な戦い方をするために徹底して鍛えた部隊である。
南信濃でも、その特化した技術が赤備えに通用した。
「白鬼の方々は、得意なことをとても上手くしたから強いのではありませぬか?」
秀政は腕を組んだまま黙り込んだ。
坂木も考え始めている。
上田が名簿を引き寄せた。
「……殿。
これは考えてみてもよいかもしれませぬ」
「ああ」
「これまでは一般常備兵として鍛え、その中から働きの良い者を選んで鬼兵へ上げておりました。
ですが、それでは鬼兵になるまでに時間が掛かります」
坂木も頷いた。
「最初に馬術、射撃、槍術などを試し、素質のある者を分けておく。
その者らには早い段階から、それぞれに必要な鍛錬を多く積ませる」
「そうすれば、不得手なものを一人前にするために何年も費やさずに済む、か」
秀政はそこで一度言葉を切った。
もちろん、今ここで軍制そのものを変えると決めるつもりはない。
秀文が出したのは、まだ思いつきの域を出ない案だ。
実際に制度として動かすなら、何を全員に教え、何を専門教育とするのか。
適性をどう見極めるのか。
詰めなければならないことはいくらでもある。
それでも、方向としては間違っていない。
何より、今の芋粥家には時間がなかった。
「……面白いな」
秀政が呟いた。
秀文の顔が明るくなった。
「本当ですか?」
「ああ。
少なくとも、今までと同じやり方で千人を補うよりは考える価値がある」
「はい!」
秀文は嬉しそうに頷いた。
その様子を見ながら、秀政は内心で苦笑する。
昨日までは、兵などまた増やせばよいと言っていた。
それが今日は、戦えなくなった兵の経験を残せと言い、今度は新兵の得手を先に見つけろと言い出した。
まだ穴はいくらでもある。
このまま軍制に組み込めるような案でもない。
だが、それを詰めるのは大人の仕事だ。
(こいつは、思ったより合理的に物事を考えられる。
俺と義父殿の血を、ちゃんと受け継いでくれているようだ)
「それで?」
秀政が尋ねた。
「まだあるのであろう?」
「はい!」




