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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十六章 織田家宿老編(東方遠征編)

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第三百二話 勝利の代償

翌日――

千代・松尾の戦場では、朝から戦後処理が続いていた。


村瀬は依然として意識を取り戻していない。

呼吸はあり、出血も高林たちの処置によって止まっている。


しかし、二度も槍を受けた重傷であることに変わりはない。

いつ容体が悪化してもおかしくなかった。


秀政としては、村瀬の傍についていたかった。

しかし、秀政は芋粥軍六千百を率いる総大将でもある。

戦が終わった以上、今度は戦後処理を行わなければならない。


村瀬を高林たちに任せ、秀政は再び千代・松尾へ戻っていた。

戦場では滝川勢も加わり、負傷者の収容、遺体の確認、放棄された武具や馬の回収が進められている。

武田勢は完全に撤退した。


南信濃から芋粥軍を追い払うという武田の目的は阻止した。

千代・松尾の戦いは、織田・芋粥側の勝利で終わったと言ってよい。


それでも、戦場に残された惨状を見れば、秀政には勝利を喜ぶ気など起きなかった。


やがて本陣代わりに設けられた陣幕へ、政親、長政、鷺山が集まった。

その前には各隊から集められた報告が並べられている。


秀政は三人を見渡した。


「……始めよう」


政親が頷いた。


「は。

 まずは左翼、利玄の青鬼千五百からにございます」


鷺山の顔が強張った。


「死者、およそ百五十。

 負傷者、二百三十余。


 合わせて三百八十ほど。

 全体のおよそ四分の一が死傷しております」


「四分の一か……」


「さらに負傷者の中には、傷が癒えても鬼兵として戦列へ戻ることが難しい者がおります。

 およそ七十」


死者と合わせれば、二百二十ほど。


千五百いた青鬼のうち、それだけの兵が鬼兵として失われたことになる。


政親は続けた。


「特に被害が大きかったのは、中央へ八百を送った後、馬防柵に残った兵です。

 農兵との戦闘に続き、土屋昌恒の赤備え騎馬の突撃を受けました」


鷺山が俯いた。


「……申し訳ございませぬ。

 俺が中央へ兵を動かしたためにございます。


 内藤の策にまんまと踊らされました」


秀政は首を横に振った。


「いや、あれは仕方あるまい。

 内藤は最初から最後まで、俺の首を狙っているように見せ続けていた。


 総大将が危ないと思えば、兵を寄せるのは当然だ。

 お前だけの責ではない」


「しかし……」


「今は反省より先に、全体を知るぞ。

 政親、続けよ」


「は」


政親が次の報告へ移った。


「右翼、長政殿の赤鬼千五百。


 死者、およそ百五十。

 負傷者、二百三十余。

 総損害、三百八十ほど。


 こちらも四分の一ほどを失いました。

 復帰困難な者は七十ほど。

 死者と合わせた恒久的な損失は、およそ二百二十にございます」


左翼と、ほとんど同じだった。

長政も唇を噛んだ。


「私も同じです。

 義父上を守らねばと思うあまり、中央へ兵を動かしました。

 結果、戻したところへ赤備え騎馬の突撃を受け……」


「長政も同じだ。

 俺を守ろうとしての判断であろう」


秀政はそう答えた。

政親は黙って二人を見ていた。


(だから馬鹿だと思ったのだ)


あの時は本気でそう思った。


だが、今になって責めたところで死んだ兵が戻るわけでもない。

それに、内藤の揺さぶりが巧みだったということでもある。

政親は何も言わず、次の報告へ目を落とした。


「続いて、中央の青鬼五百」


その声が少しだけ低くなった。


「死者、百三十ほど。

 負傷者、百八十余」


秀政が顔を上げた。


「……待て」


「合わせて三百十ほど。

 損害率は六割を超えております」


陣幕の中が静まり返った。


「負傷者のうち、鬼兵として復帰することが難しい者がおよそ六十五。

 死者と合わせれば、恒久的な損失は百九十五ほどにございます」


「……五百しかいなかったのだぞ」


秀政の口から、思わずそんな言葉が漏れた。


五百人しかいなかった部隊から、三百人以上が傷つき、あるいは死んだ。


そして二百人近くが、二度と鬼兵として戦列へ戻らない。


政親は静かに答えた。


「だからこそ、ここまでの損害で済んだとも申せます。


 あの者らは赤備え徒歩千五百の最初の猛攻を正面から受け止めました。

 馬防柵を破られた後も退かず、黒鬼が加勢するまで戦列を維持しております。


 あそこで青鬼が崩れておれば、中央は完全に抜かれておりました」


「……そうか」


秀政はそれ以上何も言えなかった。


*


だが、報告はまだ続く。


「黒鬼鉄砲隊千。

 死者、百十ほど。

 負傷者、百九十余。

 合わせて三百ほどにございます」


「鉄砲兵を三百も……」


秀政が顔をしかめた。


「序盤に赤備え弓隊から受けた火矢と矢による被害が大きゅうございます。

 火薬へ引火した者もおります。


 その後は槍へ持ち替えて中央の白兵戦へ加わったため、そこでさらに損害が増えました。


 復帰困難な者は六十ほど。

 恒久的な損失は、死者と合わせて百七十ほどとなります」


単なる足軽百七十ではない。

火縄銃の扱いを覚え、集団での射撃を繰り返し訓練してきた黒鬼鉄砲兵である。


人数だけ揃えても、明日から代わりを務められるわけではない。


「続いて黒鬼騎馬千。

 死者六十ほど。

 負傷者百二十余。

 総損害、百八十ほどにございます」


「……他よりは少ないな」


「はい。

 無理に赤備えと正面からぶつけず、中央の崩れた場所を補う遊撃として使ったことが大きかったかと」


政親自身が指揮した部隊である。

それでも死者と復帰困難者を合わせれば、およそ九十。

さらに騎馬隊の場合、失うのは兵だけではない。


「軍馬も失っております。

 そちらは現在、数を改めております」


「そうであったな……」


人を補充すれば済む話ではない。

馬も揃え、再び騎兵として鍛え直さなければならない。


政親は次の報告書へ目を移した。


「本陣、赤鬼四百」


秀政は黙って聞いた。


「死者、百四十ほど。

 負傷者、百六十余。


 合わせて三百。

 損害率、七割五分ほどにございます」


四百人のうち、三百人。

ほとんど壊滅と言ってよい。


「負傷者のうち、復帰が難しい者は六十五ほど。

 死者と合わせて、およそ二百五が恒久的な損失となります」


秀政は目を閉じた。

この四百が踏みとどまったからこそ、土屋の赤備え騎馬の大半を食い止めることができた。

もし彼らが簡単に崩れていたなら、村瀬率いる剣豪隊百は、さらに多くの赤備え騎馬をまともに受けることになっていた。


村瀬が今も息をしているのは、この四百が踏みとどまったからでもある。


「そして村瀬新陰流、赤鬼剣豪隊百。

 死者二十五。

 負傷者三十五余。

 六割が死傷しております。


 復帰困難と思われる者は十ほど。

 恒久的な損失は三十五ほど」


「……これは人数を揃えれば戻る部隊ではないぞ」


秀政が呟いた。


政親も、それだけは否定できなかった。


「……はい」


村瀬が長い年月をかけて鍛えてきた新陰流の門弟である。

その三十五人が失われた。

しかも、その頂点にいる村瀬兼良自身が、今も生死の境をさまよっている。


*


唯一、比較的損害が少なかったのが白鬼だった。


「白鬼百。

 死者六。

 負傷者八。

 合わせて十四にございます。


 復帰困難と思われる者は二人。

 恒久的な損失は八」


秀政が僅かに表情を緩めた。


《飛燕連環陣》と《廻天連砲陣》。


二つの特殊戦術が機能している間、白鬼はほとんど一方的に武田勢を攻撃していた。

死傷者の大半は、土屋の赤備え騎馬が中央を突破した際、退こうとしていた凛の部隊が巻き込まれた時に出たものだった。

凛自身は無事である。


「……綾芽に六人死なせたと報告せねばならんのか」


秀政が頭を抱えた。

誰も返事をしなかった。

少ないとはいえ、死んだことに変わりはない。


そして――

ついに全軍の数字が揃った。


政親が報告をまとめた紙へ目を落とす。


「以上を合わせますと――」


秀政たちの視線が政親へ集まった。


「開戦時、六千百。


 死者、およそ七百七十。

 負傷者、およそ千百五十。


 総死傷者――およそ千九百二十にございます」


誰も声を発しなかった。

秀政が頭の中で数字を割った。


「……三人に一人ではないか」


「おおよそ、そのようになります」


六千百の精鋭を連れてきた。

その三人に一人が、一度の戦で傷つき、あるいは死んだ。


しかし、政親は報告書を置かなかった。


「義兄上。

 まだございます」


「……まだあるのか」


「負傷者全てが、いずれ戦列へ戻れるわけではございません」


戦場の傷は様々である。


手足を失った者。

腱を断たれた者。

深い槍傷によって、以前のようには動けなくなった者。


命を取り留めても、騎馬兵として馬を操れなくなる者もいる。

剣豪として刀を振るえなくなる者もいる。

鉄砲兵として働くことが難しくなる者もいる。


「現時点での見込みでは、負傷者のうち、およそ三百七十が鬼兵としての復帰困難と思われます。

 中には軍務そのものが難しい者もおります」


政親が続ける。


「死者と合わせますと――」


一度、息を吸った。


「およそ千百四十」


「……千百四十?」


「は。

 少なく見積もって、でございます」


秀政は何も言えなくなった。


千百四十。


一時的に傷ついた者ではない。

芋粥家が長い年月をかけて育ててきた常備精鋭のうち、千人以上が、一度の戦で戦列から失われた。


勝った。


南信濃は守った。

武田勢も退けた。


その勝利と引き換えに、芋粥家は千百余の精鋭を失ったのである。

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― 新着の感想 ―
得生先生が断言しているように秀政は所詮ゲーム脳。 人物への性格、才能評価もゲームが主。 関親子を連れて来ず、内藤昌豊を武田四天王でも一番地味な奴と舐めてしまったのも止むを得ず。 しかも他の人も書いてる…
甲斐の強兵は常に飢餓の極限故に強兵と言われます、フィジカルを現代知識で幾ら付けようが 鎌倉武士並の戦闘狂な甲州兵にはどうにもならないのが露呈したのか 産まれた土地が過酷で身近な死が日常の人間と なんと…
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