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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十六章 織田家宿老編(東方遠征編)

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第二百九十八話 白鬼特殊戦術陣

黒鬼鉄砲隊五百の一斉射を受け、先頭の三十騎あまりを失った赤備え騎馬だったが、その程度で統率を失うことはなかった。

土屋昌恒の下知を受けるや、騎馬はすぐさま散開し、互いの間隔を大きく空けて不規則に進路を変えながら中央へ向けて退いていく。


黒鬼鉄砲隊も追撃の射撃を続けていたが、先ほどまでとは違い、狙いを定めることすら難しい。

五百挺の鉄砲が再び轟いた。

だが、倒れた赤備えはわずかだった。


密集して突撃してきたところへ浴びせた最初の一斉射は大きな戦果を上げたが、一度散開されてしまえば話は別である。

高速で走りながら進路を変え続ける騎馬を、火縄銃で狙い撃つのは容易ではない。


その赤備え騎馬へ向けて、雫率いる白鬼五十騎が走り始めていた。


*


一方、武田勢も赤備え騎馬の退却の動きを見ていた。

内藤昌豊は中央へ戻ろうとする土屋を見やり、すぐに下知を飛ばした。


「土屋の隊はこちらへ来るぞ!

 逃げ道を開けてやれ!


 敵を打ちのめせ。

 安心しろ、滝川の軍勢が到着するまでには、もう少し猶予がある!」


「は!」


内藤の下知を受け、赤備え徒歩隊の攻勢が一段と激しくなった。

槍を構えた赤備えが鬼兵へ食らいつき、中央の戦線を押し込もうとする。


土屋の騎馬隊が戻るまで、中央の退路を何としても確保するつもりなのだ。

その意図を、政親もすぐに見抜いた。


「赤備え騎馬を逃がす気か。

 また一段と強めに当たってきたぞ。


 騎馬は白鬼に任せよ!

 黒鬼鉄砲隊は槍で中央を固めよ!」


「はっ!」


黒鬼鉄砲兵は火縄銃を置き、再び槍へ持ち替えて中央へ加わった。


赤備え騎馬は白鬼に任せる。

今、政親が相手をするべきは、目の前の内藤昌豊だった。


*


一方、白い狩衣を纏った雫率いる白鬼五十騎は、逃げる赤備え騎馬へ向けて一斉に馬を走らせていた。

白鬼は赤備えの背後へ回ると、一定の距離を保ったままぴたりと追走する。


彼女たちは、いずれも鉄砲を抱えた騎馬鉄砲隊である。


だが、馬上で種子島を扱うことは容易ではない。

火皿の火薬、火縄の管理、そして点火。

ただでさえ繊細な扱いを求められる火縄銃は、絶えず上下に揺れる馬上では、さらに扱いが難しくなる。


特に問題となるのが火縄だった。


通常の火縄をつけたまま馬を疾走させれば、激しい風を受けて火が消える恐れがある。

そこで白鬼が使用する種子島には、通常より太く短い火縄が取り付けられていた。


短ければ疾走中にも火縄が大きく揺れず、太ければ風を受けても火が消えにくい。

さらに短い火縄は、不安定な馬上でも狙った位置へ落としやすく、火皿の口薬へ確実に着火することができる。


疾走中は雨覆いを閉じておく。

これによって馬を走らせても火皿の火薬が飛び散らず、撃つ直前に雨覆いを開けば、そのまま点火できるよう工夫されていた。


本来、騎馬鉄砲隊と呼ばれる兵であっても、馬上から鉄砲を撃つとは限らない。

鉄砲を携えたまま馬で移動し、射撃する時には下馬して装填し、地上から撃つ方が確実だった。


だが、雫の率いる白鬼は違う。

彼女たちは、馬上から撃つことを前提として訓練を重ねていた。


もっとも、それでも騎射は容易なものではない。

揺れる馬上で姿勢を保つ強い体幹に加え、走る馬の上から狙いをつける射撃技術まで必要になる。


白鬼騎馬鉄砲隊の中でも、それを実戦で使える水準に達している者は――

今のところ、雫ただ一人だった。


その雫が今、赤備え騎馬の背後へぴたりと食らいついている。

雫は前を走る赤備えとの距離を見定めると、声を張り上げた。


「皆さん、飛燕連環陣ですっ!」


「はいっ!」


五十騎の白鬼が一斉に答えた。


雫は馬上で種子島を構えた。

前を走る赤備え騎馬の動きを見極め、狙いを定める。

そして疾走したまま――放った。


ズドン!


最後尾を走っていた赤備え騎馬兵の頭を銃弾が撃ち抜いた。

騎馬兵は馬上で大きくよろめくと、そのまま横向きに落馬する。


雫は速度を緩めない。


すぐさま一騎の白鬼兵が雫の横へ馬を並べた。


「雫様!」


白鬼兵が差し出したのは、すでに装填を終えた種子島だった。

雫は撃ち終えた鉄砲を渡し、代わりに新たな鉄砲を受け取る。

役目を終えた白鬼兵はそのまま横へ離れ、後方を走る白鬼の隊列へと戻っていった。


雫は受け取った種子島を構える。


狙う。


ズドン!


今度は赤備え騎馬兵の大袖を掠めた。


「次!」


すぐさま別の白鬼兵が馬を寄せる。

雫が撃ち終えた種子島を渡し、新たな種子島を受け取った。


これこそが――秀政が《飛燕連環陣》と名付けた白鬼の特殊戦術だった。


騎射を行える雫を中心として、他の白鬼兵が装填済みの鉄砲を次々と回し渡す。

雫自身は装填を行わない。

ただ馬を走らせ、狙い、撃つことだけに専念する。


ズドン!


三発目。


銃弾が赤備え騎馬兵の胴を捉えた。

撃たれた兵は大きく体勢を崩し、馬上から転げ落ちる。


その銃声を聞き、土屋昌恒が馬上から後ろを振り返った。


「また撃っただと!?」


一度撃てば、次の射撃までには装填する時間が必要となる。

その間に距離を離せるはずだった。


だが、白装束の女武者はすでに次の鉄砲を構えている。

その横から別の女武者が近づき、撃ち終えた鉄砲を受け取っているのが見えた。


土屋は目を見開いた。


「鉄砲を……回しておるのか!?」


黒鬼鉄砲隊の一斉射は、散開して狙いを絞らせぬことで凌いだ。

だが、今度は射手そのものが馬に乗り、赤備えの後ろへ食らいついてくる。


「おのれ……!

 このような鉄砲の使い方があるか!」


再び銃声が響いた。


ズドン!


「ぐあっ!」


また一人、赤備えが馬上から落ちる。


土屋は歯噛みした。


「散れ! もっと間を開けよ!

 進路を読ませるな!

 あの女に狙いをつけさせるな!」


赤備え騎馬はさらに間隔を広げ、左右へ進路を変えながら逃げる。

だが、白鬼もまた騎馬である。


そして雫の騎馬技術は、白鬼の中でも群を抜いて高い。


赤備えが進路を変えれば、雫も変える。

左右へ振れば、その背後を追って馬を走らせる。


地上から狙う黒鬼鉄砲隊なら、散開して進路を変えれば射線から逃れることができた。

だが、同じ騎馬で一定の距離を保って追走する雫には、その手は通じなかった。


ズドン!


今度の弾丸は馬を捉えた。

走っていた馬が大きく体勢を崩し、騎馬兵が頭から地面へ叩きつけられる。

そのまま男は動かなくなった。


それでも射撃は終わらない。

白鬼兵が雫へ近づいては、装填済みの鉄砲を渡す。


撃ち終えた鉄砲を受け取ると馬群へ戻り、別の白鬼兵が入れ替わる。


ズドン!


また一騎。


ズドン!


さらに一騎。


五十挺の種子島が雫の手を通して次々と火を噴いた。

全てが命中したわけではない。


それでも一連の射撃が終わる頃には、逃げる赤備え騎馬はさらに十五騎余りを失っていた。

土屋は後方で次々と倒れていく赤備えを見て、槍の柄を強く握りしめた。


「くそっ……!

 黒鬼の鉄砲は躱したというのに、たった一人の鉄砲撃ちに……!」


しかも、ここで足を止めて白鬼を迎え撃つことはできない。


滝川勢が迫っている。

今は一刻も早く内藤の軍勢と合流し、南信濃から脱出しなければならなかった。


戦えば勝てるかもしれない。

だが、戦う時間そのものがない。


「構うな! 走れ!

 内藤様のところまで駆け抜けよ!


 この借りは……必ず返すぞ!」


土屋は悔しさを押し殺し、前を向いた。

その背後では、白鬼の銃声がなおも追いすがっていた。


*


凛は馬上から、遠くを駆ける雫たちの戦いぶりを見つめていた。


赤備え騎馬の後ろに食らいつき、銃声が響くたびに赤い騎馬が一騎、また一騎と崩れていく。


凛は満足そうに頷いた。


「上手くやっているようだな」


そして、腹に子を宿したため、この戦場にはいない白鬼軍団長を思い浮かべる。


「綾芽様。

 綾芽様の白鬼兵は、男どもには負けませぬぞ!」


凛はすぐに視線を前へ戻した。


こちらにも、まだ役目が残っている。


「よし、霞!

 《廻天連砲陣》の準備はできたか!?」


霞が力強く答えた。


「はい!

 甲隊、乙隊、丙隊――抜かりなく!」


凛は赤備え徒歩隊へ視線を向け、声を張り上げた。


「よし!

 今度はお前達の番だ!」


「「「はいっ!!」」」


三隊の白鬼騎馬鉄砲兵が、一斉に動き始めた。

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