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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十六章 織田家宿老編(東方遠征編)

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第二百九十七話 赤備え撤退戦

芋粥本陣を襲った土屋昌恒率いる赤備え騎馬は、乱れもせず整然と本陣を離れ、中央で戦う赤備え徒歩隊との合流を目指して段丘を駆け下りていった。


千騎いた赤備え騎馬は、そのうち九十名弱が討ち取られ、さらに百四十名余りが深手を負って、戦闘からは離脱しつつも脱出を試みている。


武田赤備えの精鋭でさえ、本陣戦の激しさに二割を超える被害を被った。


*


一方、芋粥本陣の赤鬼兵四百は、百四十名弱が討ち死にし、百六十名余りが負傷して戦えぬ状態となった。


七割以上の損失――

本陣はほぼ壊滅である。


さらに、村瀬新陰流の剣豪百名も、二十五名が討ち死にし、三十五名余りが負傷していた。

そして総大将・秀政に扮した村瀬兼良は、槍を二度受けて生死の境をさまよっている。


本陣だけを見れば、これは芋粥軍の大敗であった。


もし秀政が本陣に居たならば、土屋昌恒の槍から逃れることは難しかったであろう。

村瀬が影武者として立ち、秀政を追い払ったからこそ生き延びた。


その事実が、戦の流れを決定的に変えた。


本陣は壊滅し、剣豪隊も半ば倒れた。

村瀬に至っては瀕死の重傷だ。


鬼兵は多くの血を流した。


だが、秀政は今も前線に立ち、中央の赤備え徒歩を押し返しながら、滝川一益の援軍を迎えようとしていた。


*


中央の陣では、秀政が迫り来る赤備え徒歩隊に対し、自ら軍配を振るい、声を上げ、鬼兵の層の厚みを常に均一に保っていた。

押されればすぐに補填し、崩れれば即座に詰める。


その細かな兵の差配によって、赤備えの猛攻を寸前で食い止め続けていた。

政親は周囲を見渡し、黒鬼騎馬を遊撃隊として崩れそうな箇所へ送り込み、赤備えの突破を阻んだ。

黒鬼騎馬が側面から突き刺し、赤備え徒歩が盾を構えて押し返す。


その応酬が続く中――赤備えは未だ鬼兵の層を抜けずにいた。


*


秀政は前線の各所へ視線を素早く動かし続けていた。


「ぐぅ!

 まるで堤に押し寄せる荒波だな。

 このままでは持たんぞ……!」


政親は冷静に戦場を見ていた。


「いえ、そうとも言えませぬ。

 赤備えも攻めあぐねているようです」


秀政は息を荒げながらも、政親の言葉に希望を見出した。


「だといいが……。

 ん? おい、政親、見えるか?」


秀政が遠方の砂埃を指さした。

政親は目を細め、その砂煙の向こうを見据えた。


そして――

口元に笑みを浮かべた。


「あれは……ふふ。

 やりましたね、義兄上。

 耐えた。滝川殿が来るまで、我らは耐えた!」


秀政は軍配を高く掲げ、鬼兵たちへ声を張り上げた。


「皆の者、よくやった!

 あれを見よ!

 滝川殿の援軍一万がもう目の前だぞ!!」


実際の兵数より多めに叫んだ。

戦場では、声が兵の心を動かす。


赤備えの列に、明らかな動揺が走った。


*


内藤昌豊はその砂煙を見て、歯噛みした。


「むぅ……もう来おったか!

 いくら何でも早すぎる!

 滝川め、我らの動きを先読みして出てきておったか!」


内藤は軍配を振り上げた。


「法螺を鳴らせ!

 土屋を戻らせよ!

 ここで赤備えを失う訳にはいかぬ!」


法螺貝が武田本陣から鳴り響く。


ボォォォォ――ッ!!


内藤は叫んだ。


「我らはまだ動くな!

 どこから土屋が来るか、見極めよ!

 退路を確保するのだ!」


赤備え徒歩隊は一瞬動きを止め、内藤の指示を待った。


*


政親は中央の最前線で軍配を握りながら、本陣の方角を鋭く凝視した。


「敵が退いていく……。

 赤備え騎馬はどう逃げる?」


その時――

本陣の方角から、馬が土を蹴り上げる砂埃がこちらへ向かって迫ってきた。


政親は目を細め、不敵に笑った。


(ふははは……ついに武田は一つ失策したな!

 両翼は奴らが考えているよりも崩壊している。

 長政も利玄も混乱の極みだ。


 もし馬防柵の両端から脱出を試みておったら、容易に抜かれていただろうよ。

 それこそ赤備えを討つ機会を失い、鬼兵の失い損だったぞ!


 武田の被害が軽微で、こちらが壊滅しておったら、戦略そのものが破綻しておったわ)


赤備え騎馬は、秀政の中央陣へ向けて逃げ込んでくる。

赤備え徒歩がこじ開けた大きな馬防柵の穴を抜ける気だ。


政親はすぐに秀政へ声を張り上げた。


「義兄上、敵赤備え騎馬がこちらに逃げ込んできます!」


秀政は前線の鬼兵の指揮を執りながら、一瞬だけ視線を本陣側へ向けた。


「どうやらそのようだな……。

 黒鬼鉄砲隊で討ち取れ!

 黒鬼鉄砲隊の半数を前線から離脱させ、鉄砲に持ち替えさせろ!」


政親は即座に頷いた。


「はい。さすが義兄上、話が早い。

 決死の赤備え騎馬に黒鬼騎馬隊をぶつけるのは分が悪い。

 余計な犠牲を出します。

 黒鬼騎馬と黒鬼鉄砲隊を入れ替えます!」


政親は軍配を振り上げ、黒鬼騎馬へ指示を飛ばした。


「黒鬼騎馬は遊撃のまま中央を支えよ!

 黒鬼鉄砲隊は半数、前線より離脱!

 鉄砲に持ち替え、本陣側へ展開せよ!」


黒鬼鉄砲隊が槍を捨て、先ほど槍に持ち替えた際に置いていた火縄銃を拾い上げ、本陣側へ走り出す。


政親は秀政へ向き直り、深く頭を下げた。


「義兄上、指揮を任せました」


秀政は軍配を握り直し、迫る赤備え騎馬の砂煙を睨みつけた。


「よし……ここで赤備え騎馬をできるだけ討ち取る。

 滝川殿の援軍と合わせて、武田を挟撃するぞ!」


中央戦線は、ついに反撃を開始する。


*


土屋昌恒率いる赤備え騎馬は、本陣から中央へ向けて砂埃を上げながら突っ切ろうとしていた。


「敵が見えてきたぞ! 突っ切れ!」


「おおぅ!!」


赤い具足が一斉に駆ける。

その瞬間――


ズドドドン!

ドドーン!!


五百の黒鬼鉄砲隊が一斉に放った火縄銃が、赤備え騎馬の先頭三十騎あまりを一気に薙ぎ倒した。

馬が悲鳴を上げて転げ、騎馬兵が地へ叩きつけられる。

先頭の三十騎あまりは、ほぼ一瞬で全滅した。


土屋は怒号を上げた。


「おのぉうれ! 鉄砲か!

 騎馬隊、散れ! 間を開けよ!

 斜めに退け! 時折方向を変えよ!

 狙いを定めさせるな!!」


赤備え騎馬は一瞬で散開し、複雑な軌道を描きながら撤退を続けた。

黒鬼鉄砲隊は先ほどの一撃こそ個々の騎兵を狙う必要はなかったが、ここまで散開されると、動きを予測して撃つ必要がある。


ズドドドン!

ドドーン!!


再び一斉射撃。

だが今度は一騎のみがその場に崩れ落ちる。

それほど当てるのは難しい。


政親は歯噛みした。


「おのれ、赤備え!

 小癪なまねを!」


秀政はすぐに判断した。


「政親! 白鬼を出すぞ。

 ここの指揮を少し代われ」


政親が振り返る。


「は!承知しました。

 黒鬼鉄砲隊は引き続き、赤備え騎馬を撃ち続けよ!


 義兄上、前線は私にお任せください」


秀政は一度頷くと政親と入れ替わり、赤備え騎馬を睨みつつ、叫んだ。


「――凛!」


「は!」


凛が駆け寄る。


秀政は軍配を握りしめ、凛へ命じた。


「ようやくお前達の出番だ。

 日頃の訓練の成果を見せよ。

 ――雫、おるか?」


「はいっ!」


雫が前へ出る。


「お前は半数の五十騎を率いて……例のあれをやれ」


雫は目を見開いた。


「あ、あれですか!」


「そうだ。――飛燕連環陣だ」


(我ながら中二な名前だ……)


雫は胸を張った。


「はい! お任せください!」


雫は白鬼五十騎を率いて駆け出した。


秀政は続けて叫ぶ。


「霞!」


「はい!」


「廻天連砲陣だ。

 赤備え徒歩隊の意気がいい奴らから仕留めよ」


(これも散々中二な陣名だな……カラコール陣だ)


霞は深く頷いた。


「はい! お任せを!」


霞も持ち場へ走り去る。


秀政は戦場を見渡した。


(この戦はほぼ我らの負けだ。

 これほどの被害は、立て直すのに数年以上かかる。


 だったら――奴らにも同じ目に遭わせてやる。

 そうしなければ、戦略上の勝ちとは言えぬ)

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