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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十六章 織田家宿老編(東方遠征編)

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第二百九十五話 影武者

鷺山と長政は、それぞれ鬼兵八百弱を中央に向かわせていた。

そのため、両翼では七百弱の鬼兵で馬防柵を守備していた。


左右の馬防柵を破った赤備え騎馬隊――

土屋昌恒が率いる五百弱と、もう一方の五百弱。


両隊は、鷺山・長政が率いる各七百の鬼兵による、足並みの乱れた槍衾を容易に突き破った。

鬼兵の防衛線を置き去りにして、秀政が守る芋粥本陣へ向けて一気に駆け上がった。


武田農兵は役目を終えると中央へ退き、内藤の本陣を守る。

赤備え徒歩隊が中央から突撃し、その隙をついて騎馬が左右から本陣を挟撃する――

内藤昌豊が描いた“本命の一手”がついに動き出した。


*


右翼の長政が叫ぶ。


「追え!追え!

 義父上の元に行かせるな!!」


左翼の鷺山も血相を変えて怒号を飛ばす。


「まずい、まずい、まずい!

 このままでは殿が狙われる!

 先に送った兵どもはどうしている!?

 我らも走れ走れ!何としても追いつけ!!」


だが――追えない。


鬼兵の脚力では、疾走する赤備え騎馬との距離は開くばかりだった。

段丘の上を赤い具足が疾走し、芋粥本陣へ向けて一直線に駆ける。


土屋昌恒は馬上で槍を掲げ、振り返りざまに叫んだ。


「行け、行けい!!

 まもなく美濃より織田滝川勢がやってまいるぞ!

 その前に――

 伊勢守の首だけは必ず持ち帰れ!!」


赤備え騎馬隊は、芋粥軍の防衛線を完全に置き去りにし、秀政の本陣へ向けて突進した。

長政と鷺山は必死に追うが、赤備え騎馬の背は遠ざかるばかりだった。


*


左右の馬防柵両端に赤備え騎馬が現れたという報せが、政親の耳へ次々と届いていた。


「左右が騒がしいぞ!物見を出せ!

 中央も今度ははったりではない。必ず来る!

 守りを固めよ!」


政親は軍配を握りしめ、歯噛みした。


(長政、利玄……。あの馬鹿どもが!

 内藤の揺さぶりに踊らされおって……。


 中央は青鬼五百が守っている。

 赤備え徒歩千五百と当たれば必ず押し負ける。


 今、動かせる手札は黒鬼鉄砲千に黒鬼騎馬千。


 中央を厚くすれば、本陣を突かれる……。

 本陣を厚くすれば、今度は中央が抜かれる。


 くそ――義兄上の命には代えられない)


政親は決断した。


「黒鬼を本陣に回せ……。

 滝川勢が来るまで、中央は青鬼五百で死守せよ!」


(中央が抜かれようとも、義兄上が生きておられる内に、滝川勢が間に合えば勝てる。

 うぬぬ……このようなところで俺まで……死んでたまるか)


その時、秀政が政親の背後へ現れた。


「政親!戦況はどうだ?」


政親は目を見開いた。


「義兄上?!

 どうしてここに?!

 い、いや。お待ちを。


 おい!

 黒鬼を止めよ!守るは義兄上だ!

 中央を厚くせよ!」


秀政は軽く笑った。


「この状況下で邪魔してすまんな。

 俺自身の目で戦況を見極めたかった」


政親は一瞬だけ呆気に取られたが、すぐに心の中で叫んだ。


(いや、これは良いぞ!

 本陣に籠られている方が、よほど危なかった)


秀政は続けた。


「とはいえ、実際は村瀬に追い出されたのだ」


「村瀬殿に?」


「あぁ。以前と同様、念のために俺の影武者になると聞かなくてな。

 逆に俺がおると守らねばならぬから邪魔だと、蠅でも追い払うように追い出されたわ、ははは。


 まぁ、奥で縮こまっているより、ここでお前と共に指揮を執る方が、確かに良いかもしれん」


政親は胸の内で叫んだ。


(でかした、村瀬殿!

 その“蠅払い”こそが今の最良手よ!

 これで中央と義兄上を同時に守れる!)


政親は深く頷いた。


「はい、義兄上がここにいて下さることほど心強きはございません。


 実は……おそらく左右は既に赤備え騎馬に抜かれたやもしれません。

 そうなると馬防柵の内側より、本陣に向けて赤備えが襲い掛かって参りましょう。


 それとは別に、中央からは赤備え徒歩の敵本軍が迫ります。


 ここを抜かれれば、芋粥軍は壊滅します。

 ですが、左右からの本陣挟撃も無視はできませぬ。


 どちらを取るか決めかねておりました。


 ですが、ここで義兄上に指揮を執って頂けるならば、中央は守り切れます。

 その後、長政殿と利玄が戻れば、中央の黒鬼騎馬を仕向けて、逆に赤備え騎馬を挟撃できるでしょう」


秀政は静かに息を吐いた。


「なるほど……確かに危なかったな。

 ただ、そういう状況であれば村瀬も相当危険だな……」


政親は即答した。


「大丈夫です。村瀬殿をお信じなさいませ。

 本陣を守る赤鬼は、新陰流の印可持ちも多いです。

 そう易々とはやられませぬよ」


秀政は頷いた。


「うむ……今はそれが一番良いか。

 しかし、内藤には完全に策負けしたな」


政親は悔しげに唇を噛んだ。


「はい、口惜しゅうございますな……。

 ですが、最後に立っていた者が勝者です。

 まだあきらめてはなりませぬ」


秀政は軍配を握り直し、政親の肩へ手を置いた。


「当たり前だ。俺はまだ負ける気はない」


*


赤備え徒歩隊が、ついに中央へ向けて突撃を開始した。

竹盾を前に突き出し、槍を構え、赤い具足を揺らしながら、千五百の兵が段丘の中央へ押し寄せる。


その前に立ちはだかるのは――

青鬼五百。


彼らは馬防柵に張り付き、槍衾を何重にも敷いて赤備えの突撃を受け止めた。


「押し返せぇい!!」


青鬼の怒号が響く。

槍先が赤備えの盾を叩き、赤備えの槍が青鬼の鎧を突き、段丘の中央は一気に血煙に包まれた。

赤備えは青鬼に反撃しつつ、馬防柵を破壊して、突入口を作ろうとした。


*


黒鬼騎馬千は馬防柵沿いを走り回り、青鬼では守り切れない範囲に迫る赤備えを、馬上から次々と突き刺していく。


「そこだ!逃すな!」


黒鬼騎馬は遊撃に徹し、赤備えの隙間へ馬をねじ込み、槍で突き、あるいは馬で押し倒し、中央の防衛線を必死に支えた。


黒鬼鉄砲隊は槍衾の頭上から立ち撃ちを行い、至近距離の赤備えに銃弾を浴びせた。

盾で弾く者、撃ち抜かれる者。

火薬の匂いと血の匂いが混ざり、中央はまさに地獄の様相だった。


*


武田本陣では、戻った国人衆が守りを固めていた。


中央の赤備え徒歩隊は、内藤昌豊が本陣から出て直接指揮を執っている。

内藤は戦場を一望し、機と隙を迷わず捉え、赤備えの動きを一体の生き物のように操った。


その老獪な戦術は、徐々に芋粥軍を押し始めていた。


赤備え弓五百が黒鬼鉄砲隊や黒鬼騎馬隊へ向けて牽制の矢を放つ。

黒鬼騎馬は矢を避けるために一旦下がり、黒鬼鉄砲は射撃の手を止めざるを得ない。


戦慣れした赤備えは、黒鬼の銃撃を竹束盾で受け止めつつ、犠牲を出しながらも中央の馬防柵を確実に破壊していく。


竹束盾が割れ、槍が折れ、馬防柵が軋み、

ついには――


「破られたぞ!!」


青鬼の叫びが響いた。


中央の馬防柵がついに崩れ、赤備え徒歩千五百が段丘へ突入した。


*


黒鬼鉄砲隊も槍に持ち替え、青鬼と共に槍衾を敷いて対抗する。

黒鬼騎馬は遊撃に徹し、赤備えの側面へ突撃を繰り返す。


赤備え徒歩は盾を捨て槍を構えた。

鬼兵も槍を突き入れて対抗する。


両者一歩も引かぬ激戦が繰り広げられた。


段丘の中央は、赤と青と黒の具足が入り乱れ、槍と盾がぶつかり合い、血が飛び散り、叫びが響き、まさに戦国の修羅場そのものだった。


その最前線に――

秀政が立っていた。


「押し返せ!

 ここを抜かれれば芋粥は終わるぞ!!」


秀政の声は、混乱する戦場を切り裂くように響き渡った。

赤備えの突撃は強烈だった。だが鬼兵もまた、その声に応えて踏みとどまった。


中央決戦は、ついに本番へ突入した。


*


土屋昌恒が率いる赤備え騎馬――

その赤い奔流を、鬼兵八百弱がちょうど両翼の端と本陣の中間あたりで捉えた。


「千種様のおっしゃった通りだ!

 敵赤備え騎馬は既に馬防柵の内側におるぞ!

 槍衾で止めよ!本陣に向かわせるな!」


鬼兵たちは慌てて槍を構えたが――

散々走らされて疲弊した鬼兵の動きは鈍い。


縦横に駆け回る赤備え騎馬に追いつけるはずもなく、槍衾を敷く前に、赤備え騎馬はその防衛線を軽々と抜けた。


「まずいぞ!本陣の殿が危ない!

 追え!追えー!!」


分隊長たちの叫びが空しく響く。

赤備え騎馬の背は、もう遠い。


*


土屋昌恒は馬上で槍を掲げ、本陣の旗を見据えた。


「見えたぞ!

 あの旗が立ち並ぶ場所が芋粥本陣だ!」


赤備え騎馬隊は速度をさらに上げ、本陣へ向けて突進する。


その様子を、本陣前で構えていた村瀬が見逃すはずがなかった。

赤鬼兵は左右に二百ずつ分かれて槍衾を敷き、敵の突撃を牽制する。


残りの百は剣豪赤鬼兵――

村瀬は百の門弟たちへ声を張り上げた。


「皆、抜刀せよ!

 左右に分かれて、なるだけ時間を稼げ!


 わしが敵を引き付ける。

 お前たちは可能な限り赤備えを討ち取れ!


 村瀬新陰流の名を広める絶好の場ぞ!

 赤備えを討ったこと、生涯誇れ!」


「おおう!!」


剣豪兵たちが一斉に抜刀し、村瀬の左右へ散開した。


*


土屋昌恒は本陣へ迫りながら叫んだ。


「見えた!

 あの鬼の前立ての武者が伊勢守に違いない!


 あ奴を討ち取れ!

 あの首さえあれば、此度の戦は大勝利ぞ!!」


その声に、村瀬は大音声で応じた。


「はーはっは!

 来たか、赤備え!


 少々増長しておるようだが、“鬼備前”の名を知らぬようだな!


 おーっと!今は伊勢守だ!


 良かろう!

 お前達の首が“鬼伊勢”の伝説の幕開けとなろうぞ!!」


土屋昌恒は槍を構え直し、村瀬へ向けて馬を蹴った。


「ぬかせ!

 そのそっ首、今すぐ掻き切ってやる!!」


赤備え騎馬隊が本陣へ突入し、村瀬新陰流の剣豪と、武田の剛将・土屋昌恒率いる赤備えの決戦が――

ついに始まろうとしていた。

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