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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十六章 織田家宿老編(東方遠征編)

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第二百八十九話 浅野の死

軍議が終わり、地図が片付けられた後も、秀文は興奮が収まらず、胸の内が熱くなっていた。

秀文は思わず口を開いた。


「父上と松兄の戦略を聞いて……俺は興奮が収まりませぬ。

 世の武将というのは皆、このように考えて戦っているのですか?」


長政は笑いながら首を振った。


「そんなことはない。

 義父上や政親殿は格別だよ。

 義父上が織田のような強大な勢力で宿老まで昇られたのには、理由があるというわけだ」


長政は少し真顔になり、秀文を見た。


「むしろ、この二人が揃う芋粥家は、いずれ天下をも狙える家だと、私は本気で思っている」


秀文は息を呑んだ。


「天下……」


その言葉に、秀政が豪快に笑った。


「はっはっは。

 子らにそこまで言われるのは悪い気はしないが、天下はさすがに無理だ」


秀政は秀文へ視線を向けた。


「秀文、なぜだか分かるか?」


秀文は首を傾げた。


「無理なのですか?

 ……その理由を考えてみよと?」


秀政は頷いた。


「そうだ。」


秀文は少し考え、そして目を見開いた。


「……あ、国力ですね。

 先ほど父上は仰いました。

 武田は国力が劣るため、動かせる兵が我らより少ない。

 だから我らが複数の場所から圧力をかければ、すべてに対処できず、やがて動けなくなる――と」


秀文は自分の言葉に確信を持つように続けた。


「これと同じことが、今の芋粥にも起きるということですね。


 つまり、天下を狙うには、数多の敵と渡り合わねばなりません。

 もちろんそのような輩は一人一人が皆、才気あふれる者たちのはずです。


 それらと同時に対峙するには芋粥家の鬼兵九千では足りない。

 伊勢一国では足りないということですね?」


政親は目を細め、感心したように笑った。


「ほほ……義兄上、秀文様は内政だけでなく、戦略にも聡いようですよ。

 この歳で一度聞いただけでここまで理解できる方は、そう多くはありませぬ」


長政も頷いた。


「そうですね。

 秀文は……実は私よりも大将向きかもしれません」


秀文は慌てて声を上げた。


「松兄!万兄!

 そんなことは……!」


秀政は苦笑しながら手を振った。


「おいおい、あまり秀文を持ち上げるな。

 この若さで天狗になると成長が止まるぞ」


長政は笑った。


「ははは、そうですね。

 しかし――将としても、磨けば大いに伸びそうですね」


政親も静かに頷いた。


「秀文様は、いずれ芋粥家の柱となられましょう」


「聞いたか、秀文。

 もっともっと将器を磨けとな。

 今のお前は少しばかり小賢しい童でしかないのだ。

 そのような世辞を真に受けている間は、将とは言えんぞ」


「はい!」


そう言いながらも、秀政も秀文に対する期待は膨らんでいった。


(秀文は千種の血を引く男だ。

 政成、政親、松之助、お悠。

 誰一人失敗がない。


 この秀文が芋粥を背負う男になるのやもしれんな)


秀政はそのまま黙って長政にも視線を向けた。


(俺は息子たちを上手く育てた。

 この二人は仲が良く、どちらが当主となろうとも、必ず支え合うだろう。


 もう少しだけ秀文に実績を積ませた後で、一度息子たちと真剣に話し合うか)


*


二月十六日。


出陣予定日が近づいてきて、ますます鈴鹿の町は慌ただしくなった。

秀政は、伊勢に居残るお悠と秀文と、不在中の内政方針を打ち合わせていた。


話が一区切りついたところで、秀政が秀文に向けて話しかけた。


「浅野が病で寝込んでいるそうだな?」


「はい、浅野殿は出陣の準備で、少し無理をなされたのかもしれません。

 ですが、薬師の話によれば、風邪(ふうじゃ)とのことで、少し休めば大丈夫だと。

 ご本人はこの忙しい時に、寝込んだことを恥じておられました」


秀政が鼻で笑った。


「ふん、風邪など誰もがかかる。

 気にせず休めと伝えておけ。

 愛弟子のお前が居るから安心して風邪を治せと言ってやれ」


「はい!浅野殿には少し楽をしていただきます」


秀文が元気よく答えた所で、鈴鹿館の廊下を駆ける足音が響いた。

普段は静かに歩く近侍が、息を切らして奥の間へ飛び込んできた。


「と、殿っ……!

 一大事にございます……!」


秀政は眉をひそめた。


「どうした?そんな慌てて……」


近侍は膝をつき、深く頭を下げたが、震える肩がどうしても止まらない。


「浅野家より……使者が……

 ただいま、表門に……!」


秀文はぱっと顔を上げた。


「浅野殿の容体が悪化したのですか?

 薬師は風邪だと言っていたはずですが……」


近侍は唇を噛み、声を震わせた。


「そ、それが……

 浅野様が……

 浅野清隆様が……!」


秀政の表情が強張る。


「……どうした?

 清隆がどうした?」


近侍は耐えきれず、声を絞り出した。


「お亡くなりに……なられました……!」


奥の間の空気が凍りついた。

秀文は信じられないという顔で立ち上がった。


「……え?

 浅野殿が……?

 風邪だったのですよ?

 昨日、お見舞いした時には普通に話しておられたのに……!」


近侍は涙をこらえながら、震える声で続けた。


「は……はい……。

 風邪と……薬師も申しておりました。

 熱も少し下がったと……。

 皆、安心しておりました……。

 ですが……今朝方、急に息が……。

 そのまま……!」


秀政は拳を握りしめ、言葉を失った。


「……清隆……。

 あの男が……風邪ごときで……?

 闇討ちや毒ではないのだろうな?」


「はい。浅野家は元より忍びの家。

 今も忍び衆によって厳重に守られております。

 薬師も不審な点はないと……」


お悠は口元を押さえ、目を見開いた。


「そんな……浅野様ほどのお方が……」


秀文は震える声で呟いた。


「……嘘だ……。

 浅野殿は……俺に……

 『出陣までに治す』と……笑って……」


近侍は深く頭を垂れた。


「浅野家の使者が……

 殿に、直接お伝えしたいと……

 表門で……震えておられます……」


秀政はゆっくりと立ち上がった。

その顔は、戦場で見せる冷徹な表情ではなく、長年の家臣を失った男の、深い悲しみに満ちていた。


「……行く。

 清隆の死を……この耳で聞かねばならん」


秀文は唇を噛み、拳を握りしめた。


「俺も……行きます……!」


秀政は秀文を見たが、否定はしなかった。


「……来い。

 お前も……覚悟を持て」


秀政と秀文は、静かに奥の間を出た。

鈴鹿館の廊下は、いつもより冷たく感じられた。


浅野清隆の死は、芋粥家の誰もが予想すらしていなかった。

それだけに、その衝撃は大きかった。


*


出陣は二月末まで延期することとなった。


浅野清隆の葬儀は、伊勢中の家臣が参列するほど盛大に行われた。

鈴鹿館の前庭には白幕が張られ、香の煙が絶えず立ち上り、参列者のすすり泣きが静かに響いていた。


棺の前には、浅野が好んで使っていた軍配と、彼が最後に詠んだ歌が添えられていた。


蒔きし種 千々の鬼へと なりにけり

遠き鬨をぞ 笑みて聞くらむ


その歌を前に、秀政は長く黙していた。


(この句がお前の辞世になるとはな……。

 死ぬ気など一切感じられぬ。これからの余生を楽しみにする歌だ。

 なのに……皮肉なものよ。


 浅野、お前は義父殿と共に俺をここまでのし上げた恩人だ。

 今までの働き、大儀であった!


 俺は上れるところまで上り詰め、あの世に行った時に、お前に自慢してやる。

 それまで極楽とやらで楽しみに待っておれ)


*


浅野の死は、伊勢の軍務にとってあまりにも大きかった。

葬儀の後、秀政は政親・長政・秀文を呼び、静かに口を開いた。


「……浅野がいなくなった。

 伊勢の軍務は、今後大きく見直さねばならん。

 出陣も……さらに延期した方がよいかもしれぬ」


秀政の声には、珍しく迷いがあった。

その時だった。


秀文が一歩前へ出た。


まだ十二歳とは思えぬ、強い眼差しだった。


「父上。」


秀政は秀文を見た。

秀文は拳を握りしめ、震える声で言った。


「伊勢の軍務は……俺が浅野殿から受け継ぎます。

 浅野殿は、俺に“伊勢を任せられるようになれ”と……

 そう言ってくださいました」


秀政は目を細めた。

秀文は続けた。


「もしここで父上の手を煩わせては、浅野殿は……死んでも死に切れぬでしょう。」


その言葉は幼いながらも、武家の男子としての覚悟が宿っていた。


「ここは……俺を信じて任せてください。

 坂木と上田を上手く使い、必ず伊勢を守ってみせます!」


政親が息を呑んだ。

長政は驚きながらも、誇らしげに秀文を見た。


秀政はしばらく秀文を見つめ、やがて静かに頷いた。


「……そうか。

 浅野はお前に託したんだったな」


秀政は深く息を吐き、少年の肩に手を置いた。


「秀文。

 伊勢を頼む」


秀文は強く頷いた。


「はい!」


その返事を聞き、秀政は少年の肩に置いた手へ、わずかに力を込めた。

浅野が遺したものは、確かに秀文へ受け継がれようとしていた。

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― 新着の感想 ―
>「と、殿っ……! > た、大事にございます……!」 ここの"た"はAIにありがちなやつでは? 大事(だいじ)ですよね
前田の奥村・村井みたいに加賀藩の基礎を作った人達と同等で、芋粥の浅野・千樹も伊勢藩の基礎を作った人達となるか、はたまた失ったことで勢いを失ってしまったとなるか…
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