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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十六章 織田家宿老編(東方遠征編)

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第二百八十七話 思い違い

翌朝。

鈴鹿館の廊下には、まだ冬の冷気が薄く残っていた。


秀政は奥の間へ向かって歩いていた。

昨夜は三介の突然の来訪と燈姫を預かることになった衝撃で、寝床に入ってからもそのことが頭を離れなかった。


(……本当に芋粥家で育てることになるとはな)


そんなことを考えながら襖を開けると――


奥の間は、すでに賑やかだった。


「きゃっきゃっ!」


「みおー、まてー!」


澪と燈が、畳の上を小さな足でぱたぱたと走り回っていた。

同い年の二人は、澪が先を走り、燈がよたよたとその後を追いかけている。

笑い声が弾け、まるで昨日出会ったばかりとは思えぬほどの仲の良さだった。


秀政は思わず立ち止まった。


「……もうこんなに仲良しになったのか」


お悠が微笑みながら振り返った。


「弥八様、おはようございます。

 燈様、澪とすぐに打ち解けまして……朝からずっとこの調子でございます」


明も袖口で口元を隠しながら笑った。


「澪が『おともだちできた!』と大喜びで……

 燈様も負けずに走り回っております」


その時、少し離れたところに座っていた秀文が振り返った。

妹たちの騒ぎに巻き込まれたらしく、少し困ったような表情をしている。


「父上……燈様、すごいです。

 澪と同じくらい元気で……朝からずっと遊んでおられます」


秀政は秀文の顔を見て、ふっと笑った。


「秀文、お前は妹がもう一人できたようなものだな」


秀文は苦笑しながら肩をすくめた。


「はぁ……本当にそのようでございます。

 二人でいつも以上に走り回るので、私の方が落ち着きませぬ……」


その時、澪が燈の手を引きながら秀政の方へ駆け寄ってきた。


「ととうえ!

 あかりちゃんと、いっぱいあそんだの!

 たのしいの!」


燈も秀政の前でぴょこんと頭を下げた。


「あい!みおとあそんだ!

 おにごっこ、したの!」


秀政は思わず苦笑した。


「いや……燈様はもう芋粥家の子のようだな」


鷺山が控えの位置から静かに言った。


「三介様の姫君は、人の心を掴むのが早いようでございますな。

 澪様とこれほど早く馴染むとは……」


秀政は腕を組み、深く息を吐いた。


(……三介の血は侮れぬ。これは世を渡る上では、決して無駄にはならん。

 千種の才と、この人たらしの血が芋粥に入るのは、実は望ましいことやもしれん)


澪が燈の手を引きながら叫んだ。


「あかりちゃん、みおのおへやで、おにんぎょあそびするの!」


燈も元気いっぱいに頷いた。


「あい!みおのおへや、すき!」


お悠はその様子を見て、柔らかく微笑んだ。


「弥八様……燈様は本当に澪と気が合うようです。

 この子なら、芋粥家での暮らしもすぐに馴染みましょう」


秀政は天井を見上げた。


(……いや、もう馴染みまくってるではないか!)


澪と燈の笑い声が、いつもより賑やかに鈴鹿館へ響いていた。


秀政は静かに頷いた。


「……まぁ、良いか。

 燈様が楽しそうなら、それでよい」


真面目な顔に戻った秀政は、鷺山に声をかけた。


「鷺山、大河内に使者を出して、政親を鈴鹿へ呼べ。

 軍議を行う。

 秀文、お前も参加せよ。

 軍議の空気だけでも感じてみよ」


「はい!」


*


二日後。

鈴鹿館の表門に、大河内城主・千種政親が到着した。


政親は馬を降りると、すぐに奥の間へ通された。

襖が開き、秀政が姿を見せる。


「政親、遠路ご苦労であった」


政親は深く頭を下げた。


「義兄上――聞きましたよ。

 秀文様と大殿の孫姫様がご婚約されたとか」


秀政は苦笑しながら腰を下ろした。


「あぁ、ひょんなことからそうなった。

 元服したばかりなのにな」


政親は目を細め、静かに言った。


「いえ、めでたいことです。

 これで秀文様は織田家一門でございますな。

 これは大殿様が、芋粥家の正嫡たる秀文様を“世継ぎ”としてお認め下さったということですね?」


秀政は首を傾げた。


「ん?いや、そこまでは聞いておらん」


政親は眉を寄せた。


「大殿は秀文様に孫姫様をお与えになりながらも、家督に関しては何も申されぬと?」


秀政は肩をすくめた。


「うむ、そうだな。何もだ」


秀政は軽く笑ったが、その裏で別のことを考えていた。


(殿は家臣の世継ぎ問題など、心底どうでもよいと思っておるからな。

 まぁ、口にせんだけで、秀文を芋粥家の世継ぎと見なし、この芋粥を一門同然に扱おうと考えておるのやもしれん。

 千種一門も軽くは扱えん。

 いよいよ、世継ぎは秀文なのかも知れんな)


一方、政親は政親で、別のことを考えていた。


(信長は何を考えているのだ。血も涙もない奴よ。

 ここに至っても、孫娘の婿となる秀文様を差し置いて、長政を推すか。

 確かに長政には才気を感じる。

 

 ……全く信長という男は、家臣を才気だけで判断するか!?

 秀文様とて、長政には負けておらぬというものを!


 いや、芋粥も丹羽も等しく囲い込もうと安易に考えているのやも知れん。

 そう簡単に他家の内情に土足で踏み込んでくるな!)


秀政と政親は、同じ縁談をまったく別の意味に受け取っていた。


だが――互いに、その肝心な部分を口にはしなかった。

そのため秀政は、政親が抱いた大きな思い違いに気づくことができなかった。


秀政は話題を切り替えた。


「政親。お前を呼んだのは、武田攻めの話をするためだ」


政親は姿勢を正し、声を張った。


「は!」


鈴鹿館の空気が、

一気に軍議のものへと変わった。


*


鈴鹿館・軍議の間。

上座には秀政が静かに座していた。

向かいには長政、政親、鷺山、そして元服したばかりの秀文が正座し、緊張した面持ちで父を見つめている。


秀政は一同を見渡し、ゆっくりと口を開いた。


「俺は東方遠征軍の副将として、武田攻めを申し付けられた。

 ただし、中将様とは別に行動し、徳川領を通って南信濃を攻めることとなる」


政親が静かに頷いた。


「徳川殿と初めての共同戦線になりますな」


秀政は首を横に振った。


「いや、領内の通過を許してもらうだけだ。

 協力してくれるかどうかは分からん。

 むしろ殿は、徳川殿に信濃を取られる前に、織田で落としたいとお考えだろう」


政親は眉を寄せた。


「そうですか……。

 我が手の者の調べでは、徳川殿は高天神城を攻めるつもりのようです」


秀政はわずかに目を細めた。


「そうか。既に調べていたか。助かる」


秀政は一瞬、視線を落とし、胸中で思案した。


(史実であれば――武田は高天神城を見殺しにし、家臣団の求心力を失っていくはずだ。

 だが、この世界線では状況が違いすぎる。

 北陸では上杉が御館の乱を起こさず、国力を保ったまま柴田・丹羽と越中で戦っている。

 上杉と北条も絶縁していない。

 甲相越三国同盟は健在……。

 高天神を見殺しにするとは限らん)


政親が続けた。


「上杉は武田に援軍を寄越せますまい。

 柴田様、丹羽様の軍勢が越中へ押し寄せており、他国へ手を回す余裕はござりませぬ」


秀政は小さく頷いた。


(上杉は強い。だが織田も強い。

 確かに、越中戦線が激しければ武田は上杉からの援軍は望めぬか……)


「そうだな。それに――徳川と北条は裏で不戦同盟を結んでいると、家康殿から直接聞いた。

 徳川は武田攻め、北条は関東の地固め。

 両家はそれぞれの利で結ばれており、北条は武田・上杉との三国同盟よりも、徳川との利を優先している。

 そこが攻め所かもしれん」


初めて本格的な軍議に加わる秀文は、父と政親の言葉の応酬に目を輝かせていた。

秀政は政親へ視線を向けた。


「政親。攻め所の策を示せ」


政親は深く頭を下げ、声を引き締めた。


「は!」

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