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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十五章 織田家宿老編(本願寺決着編)

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第二百七十六話 外交戦の始まり

小松島の丘の上。

元親は海城をしばし見下ろし、その異様な築城速度を胸に刻んだ。

そして、隣に立つ親泰へ静かに口を開いた。


「親泰……

 わしは織田との和睦を急がせるき。

 小松島は、もう無理に取り返さんでええ。


 じゃが――これ以上、奴らに喰い入られたら敵わん。

 小松島より先には、何としても進ませるな。


 任せて良いか?」


親泰は迷いなく頷いた。

その顔には、土佐武将としての覚悟が宿っていた。


「もちろんじゃ、兄者。

 命に代えても、これ以上あいつらを進ませはせん。


 場合によっちゃあ、一領具足も動かすぞ」


元親は静かに頷いた。


「あぁ……

 本当に困った時には、一領具足を動員せよ。

 おまんの判断に任すき」


親泰は少しだけ息を吐き、兄を見上げた。


「兄者は……土佐へ戻るがか?」


「いや……わしは勝浦へ行く。

 その方が芋粥の動きにもすぐ対応できる。

 それに明智との話も進めやすうなるきの」


親泰は力強く頷いた。


「そうか、兄者が勝浦に居ってくれるんは心強いの」


その時、丘の下から砂を蹴る音がした。

忍びが駆け上がり、膝をついて頭を下げる。


「申し上げます!」


元親は眉をひそめた。


「なんじゃ?

 また悪い知らせか?」


忍びは息を整え、静かに告げた。


「悪い知らせかと申せば……そうかもしれませぬ。

 芋粥伊勢守と黒芋兵の所在が判明いたしました。

 摂津の――三津寺砦を囲っております」


元親は目を見開いた。


「何じゃと?

 摂津じゃと?

 ここに居らんとなると……この小松島築城の指揮は誰がとっておるんじゃ?」


忍びは深く頭を下げた。


「芋粥伊勢守の嫡男――

 芋粥備前守長政にございます」


元親は渋い顔をした。


「ほぉ……芋粥め。

 倅も、よう出来た奴みたいじゃの」


忍びはそのまま続けた。


「備前守長政は“鬼備前”の異名を持ち、勢州ではその強さを知らぬ者はおらぬとか。

 かつて勢州国人との戦の折、三十人に取り囲まれながら――全て斬り倒したと伝わっております」


親泰は息を呑み、低く唸った。


「化け物みたいな奴じゃの……

 実際はその半分じゃとしても鬼備前の名に恥じんということか」


親泰は小松島を指さして続けた。


「まさか相手にしちょった将は倅の方じゃったとはな。

 こやつは、てっきり商人みたいな奴じゃと思うちょったが……

 まさか“鬼商人”じゃったか」


元親は苦笑し、海城を見下ろした。


「……なるほどの。

 銭で戦を動かし、鬼のように築城を進める。


 芋粥備前守――こりゃたまらんの。


 まっこと芋粥家には驚かされてばかりじゃ。

 引き続き芋粥を監視せよ」


「は!」


忍びは一礼すると、そのまま木々の向こうへ姿を消した。

元親は隣に立つ親泰へ静かに口を開いた。


「……芋粥は、層が厚いのう。

 やっぱり、あいつらとは戦いたくないがじゃ。


 親泰、決して侮るなよ。

 相手は“鬼備前”の異名を持つ男じゃ」


親泰は真剣な表情で頷いた。


「分かった。

 なるべく正面からぶつからんようにするき」


元親は海城から視線を外し、親泰へ向き直った。


「そうしろ。

 ここでも時間稼ぎじゃ。


 さすがの芋粥とて、そうそう銭が続くわけがなかろう。


 ……では、わしは勝浦へ行く。

 親泰、ここは頼んだぞ」


親泰は胸を張り、力強く答えた。


「任せちょき」


海風が二人の間を吹き抜けた。


*


潮の匂いが漂う勝浦の陣。

長宗我部元親が到着すると、久武の兵が整列し、道を開いた。

その奥から親直が駆け寄ってきた。


「殿、吉良親貞殿が既にお待ちです」


元親は頷き、本陣の幕をくぐった。

親貞は立ち上がると、深く頭を下げた。


「殿、明智殿との接触――無事、成し遂げてきちょります」


元親は目を細めた。


「ほうか……話はどう進んじゅう?」


親貞は懐から書状を取り出し、静かに述べた。


「明智光秀殿より、

 『長宗我部家との交渉は、上様よりこの明智が任された』

 とのお言葉を頂戴いたしました。


 実際の使者は、家臣の斎藤利三殿が務められるとのことです」


「斎藤利三……?」


親貞は深く頷いた。


「はい、その斎藤殿は、石谷家の縁者とのことです」


元親は眉を上げた。

それを受けて、親貞はさらに続けた。


「石谷頼辰殿の弟君にござります。

 つまり――廉子様とも縁続きにございますき」


元親は口元をわずかに緩めた。


「ほぉ……それは話を通しやすいのう」


親貞は続けた。


「斎藤殿は、和睦の第一条件として

 『毛利と本願寺から手を切れ』

 と申されました」


元親は腕を組み、低く唸った。


「そうか。まあ、そう言うてくるじゃろうの。

 和睦は急ぎたいが……敵を作るも避けたいがじゃ。

 なかなかに悩ましいのう」


親貞は静かに首を振った。


「斎藤殿――いや、おそらく明智光秀殿の差し金でしょうが、

 “まずは距離を置くだけで良い”

 とのことでございます。


 本願寺には

 『四国の地を守るため、兵の派遣はできませぬ』

 と伝え、毛利には

 『四国の安寧のため、これ以上の兵の往来は不要』

 と申し上げるべし、と」


元親は鼻で笑った。


「ふん……ものは言いようじゃの。

 両家から見りゃあ、長宗我部が寝返ったように見えるじゃろう」


親貞は静かに頷いた。


「はい。

 じゃが、表向きは完全なる手切れではございませぬき。

 これなら両家も、すぐさま我らを敵として攻める大義は立てにくうございます。


 お互い――今は敵を増やしたくないがです。

 外交とは……こういう曖昧なものでございますき」


元親はしばし黙し、やがて決断の色を宿した目で親貞を見た。


「……分かった。

 任せるき。

 早急に動け」


親貞は深く頭を下げた。


「はっ!

 ただちに斎藤殿への返書を認(したた)め、毛利・本願寺への使者も手配いたします!」


元親は立ち上がり、勝浦の海を見つめた。


「小松島は親泰に任せた。

 ここから先は――わしらの外交戦じゃ」


海風が本陣を揺らし、長宗我部家の新たな一手が静かに動き始めた。

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― 新着の感想 ―
芋粥が層が厚い扱いされてるw
長政が嫡男とは、婿との情報は得ていないのか。
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