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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十五章 織田家宿老編(本願寺決着編)

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第二百七十二話 土佐の戦

小松島の浜は、朝靄がまだ薄く残っていた。

その中を、香宗我部親泰の軍勢二千が砂を踏みしめて進んでいく。


「……着いたぞ、小松島じゃ」


親泰が馬上から海岸を見渡した瞬間、その表情がわずかに強張った。

浜の奥――ざっと三千から四千ほどの芋粥の鬼兵が、すでに簡易の砦に籠もっていた。


木柵は二重に組まれ、土塁は海風を受けても崩れぬほど固く叩かれていた。

見張り台には赤鬼兵、青鬼兵が槍を構えて立っている。


そのさらに奥では、巨大な骨組みが海風に揺れていた。


「……海城じゃ。

 芋粥が……もう築き始めちゅう」


親泰は喉を鳴らした。

海城――海から絶えず兵糧と兵を送り込める、芋粥軍にとって極めて重要な海上拠点。

それがすでに着工していた。


中山田泰吉が馬を寄せた。


「殿……これは……」


親泰は静かに言った。


「勝てん。

 わしらの兵は常備兵二千。

 あいつらは三千か四千。

 しかも芋粥の主力ちゅう芋兵じゃ。

 質も数も……勝てん」


泰吉は息を呑んだ。


「……退きますか?」


親泰は首を横に振った。


「退かん。

 戦わずして退くは、わしの……いや、わしら土佐者の気性に合わんき」


もしここで香宗我部勢が引けば、小松島に留まらず、さらに内陸まで侵攻を許すだろう。

気性の問題ではない。親泰にとって、ここで立ちはだかる必要があった。


泰吉は眉を寄せた。


「ならば……兵を呼びますか?

 一領具足を徴兵する他ありませぬが」


親泰は黙した。

海風が鎧の隙間を抜け、冷たく肌を刺した。


(……まだ表には出しちょらんが、兄者は裏で織田と停戦交渉を進めゆう。

 まもなく明智から何らかの繋ぎが来るはずじゃ。


 一領具足を徴兵したら……大事になる。

 そうなれば、それを決めるのは兄者じゃ。

 わしが勝手に動くわけにはいかん)


親泰は泰吉へ向き直った。


「いや……兄者に判断を仰ぐ。

 今はわしらが大軍を動かす時やない」


泰吉が問うた。


「では……どう動きまする?」


親泰は海城の骨組みを睨みつけた。


「まともには当たれん。

 正面からぶつかれば、鬼兵に潰される。

 じゃき――」


親泰は口元を歪めた。


「嫌がらせに徹するぞ。

 芋粥が海城を築くなら、その邪魔をして、時間を奪うんじゃ」


泰吉は力強く頷いた。


「承知仕った!

 土佐者の意地、見せてやりましょうぞ!」


親泰は馬首を返し、鬼兵の砦を遠巻きに見つめた。


「芋粥……

 おまんの策は読めん。

 じゃが、土佐者は簡単には退かんき」


*


小松島の浜に到着したその日のうちに、

香宗我部親泰は岡豊城の元親へ早馬を走らせた。


『小松島に於て芋粥軍、海城築造を開始仕り候。

 芋兵三千余、簡易の砦に籠り、堅固に構え居り候。

 我等二千にては、正面より攻め破ること能わず候。

 兄者の御裁可、仰ぎ奉り度く候』


書状を託すと、親泰はすぐに軍を動かした。


「……まともに当たるがは愚策じゃ。

 じゃき、わしらは“土佐の戦”をやるき。

 四国は元より我らが庭よ。

 この地を知り尽くした土佐武士の戦、思い知らせちゃろう」


親泰は地の利を知り尽くしていた。

小松島の林、丘、湿地、獣道――そのすべてが、親泰の武器だった。


夜になると、親泰は兵に松明を消させた。

闇に紛れ、静かに鬼兵の砦へ近づく。


「音を立てるな。息も殺せ」


土佐者たちは闇に溶けるように進み、砦の外縁にじっと潜んだ。


そして――時には気配だけを漂わせ、時には本当に矢を放った。


ヒュッ――

木柵に矢が突き刺さる。


バンッ!

鉄砲の空砲が夜気を裂く。


「敵襲か!?」

「見張りを増やせ!」


鬼兵は夜通し見張りを強いられ、疲労がじわじわと蓄積していった。


さらに親泰は、近在から集めた野犬を人夫の宿営地へ放った。


ガルルルッ!

キャンッ!


「ひぃっ!」

「犬じゃ!犬が来た!」


怯えた人夫たちは眠れず、食料は荒らされ、翌日の作業に支障が出た。

毎夜の嫌がらせは、戦慣れしていない人夫の心を確実に削っていった。


昼間は昼間で、親泰は地形を最大限に利用した。


丘の陰、林の影、湿地の草むら――

伏兵を潜ませ、仮陣の外縁から弓を射かける。


ヒュッ、ヒュッ。


矢が数本飛ぶだけで、人夫たちは恐れをなし、作業を止めた。


「弓じゃ!」

「伏兵がおる!」


鬼兵は人夫を守るため各所に兵を割かざるを得ず、奇襲を繰り返す香宗我部兵を深追いすることもできなかった。


香宗我部兵は物資の陸揚げにも弓を射て牽制し、荷車の進行を止めた。

そして――資材置き場には火矢を放った。


乾いた材木が一気に燃え上がり、人夫たちは悲鳴を上げて逃げ惑った。


「火事じゃ!」

「水を持て!」


海城建設の資材が焼け落ち、築城計画は大きく遅延した。


親泰は丘の上から鬼兵の砦を見下ろし、静かに呟いた。


「……正面からは勝てん。

 じゃが、土佐者は退かんき。

 嫌がらせで十分じゃ。

 芋粥の築城を、一日でも遅らせるがよ」


海風が吹き抜け、小松島の浜に、土佐者の執念が静かに積み重なっていった。


*


土佐・岡豊城。

香宗我部親泰からの書状が早馬によって届けられると、長宗我部元親はそれを開き、静かに目を通した。

元親は書状を読み終えると、低く呟いた。


「……親泰、よう判断しちゅう」


近習が顔を上げる。

元親は地図の上に手を置きながら続けた。


「逃げずに足止めをする……今はそれが最上策じゃ。


 まっこと、今一領具足を動員したら、戦が激しゅうなる。

 織田との停戦が遅れるがよ。


 今のわしらは、まずは停戦を考えにゃいかん」


元親の描いている絵図面は明快だった。

――明智光秀を介して織田と停戦するまで、芋粥を四国に揚げさせぬこと。


拠点を築かせる前に停戦が成立すれば、四国全土を元親が押さえた状態で、次の交渉に臨める。


すなわち、四国安堵を巡る本交渉である。


従属すること自体は、もはや避けがたい。

しかし、四国全土の安堵を得られねば意味がない。

四国全土の主として交渉すること――それこそが、四国安堵に直結するはずだった。


だが、芋粥によって、小松島という橋頭堡を築かれてしまった。

それが今後の交渉にどれほどの影響を及ぼすか、元親にも読み切れなかった。


「敵兵は赤芋兵、青芋兵の三千から四千……か」


元親は指で地図をなぞりながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「芋粥も農繁期には兵を伊勢に帰しちゅうはずじゃ。

 そう考えたら、今の芋粥の全兵力は六千ほどかの。


 ……まだ奴は二千を動かす余地がある、ちゅうことじゃ。

 勝浦が狙われゆう可能性は、捨てきれん。


 そうなると、久武を小松島に移すわけにはいかんがよ」


近習が息を呑んだ。

元親は書状を握りしめ、静かに続けた。


「親泰……よう判断した。

 今は正面から当たらず、奇襲で削るがが一番ええ。

 この状況では、もはや小松島は諦めるしかないき。

 停戦が成るまで、芋粥の邪魔をし尽くせ」


元親は筆を取り、親泰へ返書をしたためた。


『兵は差し遣わすまじ。

 勝浦もまた敵の狙いに懸るやもしれず候。

 そなたが奇襲戦、続行仕るべし。

 停戦成るまでの間、芋粥の築城を一日たりとも遅らせ候え』


書状を封じると、近習を呼びつけた。


「芋粥の黒芋兵が、今どこにおるか――早急に探れ」


近習が膝をつく。


「はっ!」


元親はさらに続けた。


「本願寺、毛利、伊勢……

 あらゆる方面に忍びを放て。


 芋粥がどこで何をしゆうか、

 一刻も早う、わしの目の前に引きずり出せ」


「は!直ちに!」


元親はさらに別の近習にも指示を出した。


「親貞にも言うちょけ。

 もう猶予はないき、明智との交渉、急がせよ。


 ……とな」


岡豊城の一室に、四国の覇者の焦りと計算が、静かに満ちていった。

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― 新着の感想 ―
なんだかんだで戦場を選べる側になると芋粥軍は強いですねえ、目標地点を定めた後の動員力とロジの実力が違う 反面遭遇戦に弱いというほどではないにせよ、いきなり一戦あったとこから戦場を組み立てるには幕僚が不…
一条家の内紛に絡んだりと昔から情報戦にも強かった長宗我部。史実でも四国全土を手中に収める寸前までいったのは武力よりもこちらの能力な感じがしています。
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