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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十五章 織田家宿老編(本願寺決着編)

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第二百七十話 漁夫の利

三津寺砦を締め上げて十五日。

黒鬼兵の包囲は揺るぎなく、砦の門徒たちは日に日に弱っていた。


その最中、政親が急ぎ陣幕へ駆け込んできた。


「義兄上!

 佐久間殿の陣が……雑賀衆の強襲を受けております!」


秀政は軍扇を閉じ、眉をひそめた。


「……雑賀!?

 楼岸砦から出たというのか。


 こちらの流した雷神の噂を警戒して、奴らは我らを避け、佐久間殿の陣を襲ったというわけだな。

 むぅ……あれは関わりたくない相手よ。

 佐久間殿が引き受けてくれるならこちらとしても助かる」


政親は息を整えながら続けた。


「佐久間勢は足軽大将や組頭が次々と撃ち抜かれ、戦線が崩れ始めております。

 ここで援軍を出さねば佐久間勢が崩れる恐れも……」


秀政は即答した。


「行かぬ。

 雑賀の狙撃は“軍を殺す”戦だ。

 黒鬼兵を無駄死にさせるわけにはいかん。


 佐久間殿には申し訳ないが、しばし様子を見る」


「は、佐久間勢は崩れるやもしれませぬが……それでも構いませぬな?」


秀政は苦虫を咬んだような顔をした。


「嫌な言い方をするな!

 構わないわけがなかろう。

 それでもなお、雑賀とは戦えぬのだ」


政親は頷いた。


「承知いたしました。

 どうせ見捨てるのであれば、最大限活かしましょう。

 楼岸砦を探らせます。

 もし鈴木重秀率いる雑賀が居なくなったのであれば、あちらも速やかに包囲すべきです」


「……任せる」


*


三日後。


政親が忍びの報告をまとめ上げて秀政の元に現れた。


「義兄上……佐久間殿は何とか持ちこたえたようです。

 雑賀衆は火攻めを受けて散り散りになり、鈴木重秀は石山本願寺との合流を断念し、鉄砲を捨てて摂津の地に潜伏したとのこと」


秀政は軍扇を軽く叩いた。


「……重秀が潜ったか。

 さすが佐久間殿。織田の宿老を務めるだけはあるな。

 よし、これで楼岸砦は攻めやすくなったな」


政親の目がわずかに光った。


「あちらは私にお任せください」


秀政は静かに笑った。


「うむ、任せる。

 三津寺と同時に楼岸も落とす。

 雑賀が黙った今が好機よ」


黒鬼兵の旗が、夕風に揺れた。


*


光秀は信長より正式に四国調略の許可を得て、摂津の自陣に戻った。

そこへ利三が駆け込んできた。


「殿! 殿が安土に参られておる間に、佐久間様が雑賀衆の強襲を受けました!」


光秀は軍扇を握り直した。


「……援軍を出すべきか?」


秀満が横で静かに言った。


「不要です。

 佐久間様は何とか持ちこたえたようです。

 いえ、刺し違えた……とも言えるやもしれませぬ。


 雑賀衆は佐久間勢の猛攻を受けて離散しました。

 鈴木重秀率いる雑賀衆は楼岸砦へ戻らず、摂津のいずこかに潜伏したとのこと。


 一時的とはいえ、本願寺勢は大きな戦力を失ったと言えます。

 ですが、佐久間勢も多くの将を討ち取られ、軍としての体裁を保つのも精一杯。

 おそらくしばらくは大きな戦は出来ぬかと」


光秀は息を吐いた。


「そうか……佐久間殿はそのような状況か。

 この摂津の地も気になるが、わしは四国へ向かわねばならん。

 殿より正式に長宗我部調略の裁可を頂いた」


利三が一歩進み出た。


「殿。長宗我部も大事ですが、この地の平定こそが殿の主務にござる。

 佐久間様が動けぬ以上、この地の戦功を殿が獲るべきです」


「それはそうだが、折角お許しいただけたのだ。

 長宗我部は明智の手で調略したい」


利三は大きく頷き、そのまま続けた。


「もちろんです。

 実は……それがしの兄、頼辰は石谷家へ養子に入っております。

 そして石谷家の娘御は、長宗我部元親殿の御正室にございます」


光秀の目がわずかに動いた。


「……何?

 では利三、おぬしと元親は石谷家を介して縁続きということか?」


「は。遠き縁ではございますが」


「……利三。

 そのような大事をなぜ黙っておった?」


利三は深く頭を下げた。


「申し訳ございませぬ。

 敵と通じていると思われたくありませんでした。

 ですが、殿が四国を調略されるのであれば、この縁を活かして、それがしが元親殿との交渉を担うのが最も早いかと存じます。

 その間に殿は摂津を平定してくだされ」


光秀は軍扇を閉じた。


「よい。

 四国の交渉は利三、おぬしに任せる」


利三は深く頭を下げた。


「は!ありがたき幸せ。

 殿。まずは何を?」


光秀は即答した。


「手切れだ。

 所領安堵は考えることが多い。すぐには決められぬ。

 だが元親を包囲網から剥がすのは急務よ」


光秀は利三へ向き直った。


「まずは毛利よ。

 元親殿より毛利へ絶縁状を送らせる。

 使者は吉良親貞が最適だ。

 元親殿の腹心であり、毛利にも名が通じておる」


利三が頷いた。

光秀はそのまま整然と指示を伝えていった。


「文言は柔らかくしておけ。

 『四国の安寧のため、これ以上の兵の往来は不要』

 この程度でよい。

 毛利は激怒するだろうが、今の毛利には四国へ兵を送る余裕はない。

 怒りはあろうとも、動けぬ」


利三の口角が上がり、しっかりと答えた。


「なるほど。

 毛利が動けぬという事実こそ、織田にとっての勝利という訳ですな」


光秀は一度頷き、そのまま続けた。


「次に本願寺じゃ。

 寺社を経由して縁切り状を送らせる。

 文言は毛利よりもさらに柔らかく――

 『四国の地を守るため、兵の派遣はできぬ』

 これでよい」


「それでも本願寺は……裏切りと受け取りまするな」


光秀は静かに頷いた。


「受け取る。

 だからこそ、これでよい。

 本願寺が揺らげば、摂津戦線は必ず乱れる。

 その隙に明智が石山本願寺を追い詰める」


秀満が息を呑んだ。


「殿……四国も本願寺も両方とも芋粥様より功を奪われる気ですな?」


光秀は淡々と答えた。


「戦とはそういうものよ」


光秀は机の上に地図を広げた。

四国の国人衆の名が墨で記されている。

利三が地図を覗き込む。


「四国の有力者が一斉に元親殿の手切れを認めれば――『四国全体が織田へ靡いた』という形ができる。

 実際に靡いておらずとも、形があればよい」


光秀は軍扇で地図を軽く叩いた。


「形こそ政治の武器よ」


光秀は利三へ向き直った。


「そして最後に――証文の取りまとめは、この明智光秀が行う」


利三は深く頭を下げた。


「殿の功となりまするな」


光秀は静かに笑った。


「芋粥殿は摂津で雷神を使い、戦で功を挙げておる。

 ならばわしは政治で功を挙げるまでよ。

 四国の調略は芋粥殿とは関係ない。

 これは――明智の功だ」


秀満は光秀の横顔を見つめ、静かに言った。


「殿……四国は殿のものになりまする」


光秀は軍扇を閉じた。


「利三。

 すぐに元親殿のもとへ向かえ。

 今申した段取りを、一刻も早く進めるのだ」


利三は深く礼をし、陣幕を出ていった。

光秀はその背を見送りながら、静かに呟いた。


「四国は――まずはこれで良かろう」


続けて光秀は秀満へと向き直った。


「秀満。

 雑賀衆が黙った今、摂津の外縁砦は攻めやすくなっておる」


秀満は頷いた。


「佐久間殿の犠牲を踏み台にするようで心苦しいが……今こそ摂津を動かす好機よ」


「殿の功は必ず立ちます」


佐久間が雑賀を止めたことで、摂津の盤面は大きく変わった。

だが、その新たな盤面に――佐久間信盛の姿はなかった。

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― 新着の感想 ―
四国問題に関しては焦りから明智と長宗我部が下手うってる印象です。 瀬戸内海は物流の大動脈でそんなところを外様で敵対してた勢力を温存させるのはあり得ないくらいでしょう。 仮に一時的に安堵されても、次代で…
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