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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十五章 織田家宿老編(本願寺決着編)

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第二百六十九話 雑賀孫市強襲

芋粥軍の陣が三津寺砦を包囲している頃、その背後――

天満・渡辺・野田の砦方面では、鈴木重秀が密かに放った雑賀衆の主力、その中でも選りすぐりの精鋭が、闇の中を這うように進んでいた。


佐久間信盛の陣は、静けさの中にもこれまでにない覇気が満ちていた。

総大将である信盛が珍しく積極策に出て、本願寺を打ち破ろうとしていることが兵たちにも伝わっていた。


その静けさを破ったのは――乾いた、短い銃声だった。


ターン。


「……ん?鉄砲?」


佐久間軍の足軽大将・中村源七郎が眉をひそめた瞬間、彼の眉間が弾けた。

源七郎は後ろへ倒れ、血が地面へ散った。


「源七郎様!? 敵襲だ!!」


叫びが広がるより早く、二発目が飛ぶ。


ターン!


別の足軽大将が胸を撃ち抜かれ、そのまま崩れ落ちた。


ターン!


駆け付けた組頭も頭を横から撃ち抜かれ、足軽大将の亡骸へ折り重なるように倒れた。


「ど、どこから撃ってきておる!?

 堺衆の音ではないぞ!敵襲じゃ!」


組頭たちが慌てて周囲を見渡すが、敵影はどこにも見えない。


その時――

佐久間軍の組頭の一人が、配下の伍長三人を呼び寄せ、指示を出そうとした瞬間。


ターン、ターン、ターン、ターン。


組頭とその配下の伍長たちが一斉に頭を震わせ、そのまま地面へ倒れた。


「伍長まで……! 狙われておる、狙われておるぞ!!」


兵たちが叫びながら散るが、散った先でまた銃声が響く。


ターン! ターン!


そこでも組頭や伍長が胸や首を撃ち抜かれて、崩れ落ちた。


「ぎゃあああっ!」


「ひ、ひとりずつ撃ち抜かれていく……!」


佐久間軍は混乱した。

誰も敵の姿を見ていない。

ただ、指揮官格だけが正確に撃ち抜かれていく。


まるで――

見えぬ死神が、指揮官の眉間だけを狙って歩いているようだった。


*


「も、申し上げます。

 陣外縁の組頭が狙撃されて、そこに位置する卒が崩れ始めております」


佐久間信盛は陣幕の中で震えていた。


「ま、まさか……雑賀か……!?」


伝令はさらに続ける。


「組頭だけではなく、伍長まで狙われております」


さらに別の伝令も走り込んできた。


「も、申し上げます!

 天満砦を囲んでいた足軽大将の中村様、高橋様、小林様が次々と狙撃され、中村勢・高橋勢・小林勢は指揮を失い、包囲網に乱れが見えます」


かつて木津地方で塙直政を討ち取った雑賀衆。

その恐怖が、信盛の胸に蘇る。


「殿! 足軽大将が三名、組頭が四名、伍長が十二名……

 次々と撃ち抜かれております!」


「馬鹿な!?

 もはや天満砦は包囲しているとは言えぬぞ。

 城兵が打って出ればやられる。

 一旦兵を退き、距離を空けよ!


 どこから撃ってきておるのだ!?

 敵影は見えぬのか!?」


「見えませぬ!

 林の影から撃っているようですが、位置が定まらず……!」


その時、また銃声。


ターン!


陣幕のすぐ外で、佐久間軍の旗手が倒れた。


「くっ……!」


信盛は思わず身を縮めた。


(なぜじゃ、なぜこうなる。

 明智も芋粥も上手くやっておる。


 それなのになぜわしだけ!)


悔しさが胸を締め付ける。


*


雑賀衆は、まるで影のように動いていた。


天満の林の中。

渡辺の土塁の影。

野田の竹藪の奥。


その全てに、五十名ほどの精鋭が散っていた。


彼らは一斉に狙うのではない。

一人ずつ、確実に、指揮官だけを撃ち抜く。


ターン。


組頭が倒れる。


ターン。


伍長が倒れる。


ターン。


足軽大将が倒れる。


佐久間軍は、指揮系統が次々と崩れていった。


「殿! このままでは軍が動きませぬ!

 砦の包囲から退かせようにも、指揮が通らず兵が動きませぬ!

 討って出た守兵と斬り結んで、足軽にも被害が出ている模様!」


「わ、わかっておる!

 だが……どうすればよい……!?」


信盛は震えながら叫んだ。

その時、ついに佐久間本陣の近くでも銃声が響いた。


ターン!


「ひぃっ!!」


信盛は屈みこんで軍議机の陰に隠れた。


(雑賀……奴らは……楼岸砦におるはず。

 それが何故ここに。


 ……ぬぅぅ、まさかっ!

 奴らめ、芋粥には勝てぬが、この佐久間には勝てると思うたか!

 どいつもこいつもわしを虚仮にしおって。


 この佐久間信盛、舐められるほど甘い男ではないぞっ!)


信盛は立ち上がって、怒りに任せて机を殴りつけた。

机は中央から割れて崩れ落ちた


「落ち着け、皆の者。

 狼狽えたら佐久間はここで終わるぞ!


 まずは砦より兵を退け。

 状況が状況じゃ。

 伍長を含め、指揮を継げる者はその場で一つ上の役を任せよ。

 新たな指揮役のもと、兵をまとめて退かせるのだ」


「は!」


恐怖を怒りで押し潰したような目で、信盛はさらに続けた。


「全軍に申し伝えよ。

 まずは雑賀の猿どもを根絶やしにせよ。


 全ての林に火を放て。

 雑賀の猿どもを炙り出せ!

 出てきた者は問答無用で討ち取れ!

 

 全ての関を封鎖せよ。

 鉄砲を持つ者、身元が定かではない者。

 詮議不要じゃ、その場で首を刎ねて晒せ」


「はっ!」


「この佐久間を虚仮にしたこと、後悔させてくれるぞ!」


*


撤退した佐久間兵たちは、何百人もの兵でそれぞれの林を囲み、その中へ油を撒き、松明を投げ入れた。

乾いた竹藪は瞬く間に火を噴き、林は赤い壁となって燃え上がった。


炎が林を呑み込むと同時に――その中から黒い影が飛び出した。


「出てきたぞ!雑賀だ!!」


「逃がすな、討ち取れ!!」


火に追われた雑賀衆が、煙に咳き込みながら林から飛び出す。

そのうち数名は、炎に追われて方向を誤り、佐久間軍の槍の穂先にかかった。


「ぐっ……!」


「一人討ち取ったぞ!」


だが――その数はわずかだった。

雑賀衆は、佐久間軍が自分たちを狩り始めた瞬間、重秀から受けていた命令に従った。


――鉄砲を捨てろ、百姓に紛れろ。

――関へは近づくな。しばしこの地に潜伏せよ。

――生き残れ。


火の中から飛び出した雑賀兵たちは、鉄砲をその場に投げ捨て、身軽になって一気に散った。


「追え!追え!!」


佐久間軍が追撃しようとしたが、雑賀衆は火と煙を盾にして、まるで影のように消えていった。


*


「くっ……討ち取った首はこれだけか?

 関の封鎖をさらに固めよ!

 一人たりとも雑賀を逃がすな!

 紀伊へも石山へも抜けさせるでないぞ!」


佐久間信盛は歯噛みした。

しかし、伝令が駆け込んできた。


「殿!

 雑賀衆の鉄砲が多数、林の中に捨てられております!

 おそらく重秀が、狙撃手たちにこの地への潜伏を命じたものかと存じます

 これでは探し出すのは困難を極めます」


「……潜伏、だと?」


信盛は息を呑んだ。


雑賀衆は、佐久間軍の反撃を受けて、火攻めの中で鉄砲を捨てて撤退した。

つまり――しばらくの間、鈴木重秀と雑賀の精鋭は、この石山戦線から退場したようなものだ。


「……そうか……」


信盛は震える拳を握りしめた。


(本願寺の最大の脅威の一つ、雑賀をしばしの間、封じることができよう……。

 これはこの本願寺攻めにとって、大きな意味を持つだろう。

 だが、雑賀を討ったわけではないのだ。

 雑賀を一時退けた程度では、功と呼ぶにも弱い。


 それと引き換えに失ったものは大きい。


 もはや……)


信盛が膝を地につけ、崩れ落ちた。


(もはや佐久間は――戦えぬ……)


そして佐久間もまた、この戦線からの退場を余儀なくされた。

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― 新着の感想 ―
なんだろ、佐久間さんがどこぞの寺に相談に行って、安斉住職に、諦めたらそこで死合も終わりですぞとか言われて、大好きじゃ、上様が大好きじゃ!な、むちゃくちゃが頭に浮かんだ。ついでに頭丸めて突撃。
佐久間「なぜじゃ、なぜこうなる。」 ※史実を基にした神(作者)の見えざる手
ここで紛れた百姓を根切りにしない佐久間の甘さか人の良さか。
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