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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十五章 織田家宿老編(本願寺決着編)

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第二百六十八話 功の横取り

安土城。

夕刻の陽が城壁を赤く染める頃、光秀は静かに登城した。

摂津から戻ったばかりの身でありながら、その足取りに迷いはない。

光秀は、この報告が今後の明智家の命運を左右するものと認識していた。


案内を受け、信長の居間へ通される。

信長は光秀の姿を見ると、わずかに口元を緩めた。


「おお、光秀か。摂津の様子はどうだ?」


光秀は深く頭を下げた。


「は。

 摂津の戦線は芋粥殿が三津寺砦へ向かわれたことで、大きく動き始めております」


信長は満足げに頷いた。


「芋は面白い奴ぞ。

 これで本願寺の情勢は動こう、ふはは」


光秀はその笑いを受け止めつつ、畏まった。


「上様。

 本日は摂津の報告のほかに、もう一つ上申したき儀がございます」


信長の目がわずかに細くなる。


「申せ」


光秀は膝を正し、言葉を選びながら口を開いた。


「長宗我部元親より、それがしの元に密使が参りました」


信長の表情が変わった。

興味、警戒、そして期待が入り混じった目だ。


「ほう……元親がか。

 芋粥が一度追い詰め、牙が折れたと聞いていたが、早速動いたか。

 ふふ、元親は織田への繋ぎ役に、光秀――そちを選んだという訳だな?」


「はい。

 元親は毛利・本願寺との縁を切る覚悟にございます。

 織田家との和議を望んでおります」


信長は身を乗り出した。


「……元親は何を条件に申してきた?」


「四国安堵にございます」


信長は鼻で笑った。


「欲の深い奴よ。


 ふっふっふ。芋粥ではなく……か。

 元親も見る目があるわ。

 そちであれば、この難しい交渉を上手くまとめられると考えたようだな。


 それで、元親めは他に何と言ってきておる?」


光秀は静かに続けた。


「元親は、織田との戦で痛感したとのこと。

 織田と敵対するは得策にあらず、と。


 そのうえで――毛利・本願寺との手切れの段取りを、それがしに一任したいと申してきました」


信長は満足げに頷いた。


「光秀。

 よかろう。そちであればその段取りを上手くまとめられよう。

 長宗我部に関しては、芋粥も思う所があろう。


 だが、わしは結果のみを求める。

 元親がそちを選んだのであれば、そちに任せる。


 芋粥には長宗我部を苛烈に攻め立てよと申し付けておこう。

 押せば押すほど、光秀もやりやすくなろう」


光秀は胸の奥で静かに息を吐いた。

その言葉は、摂津での苦労を少しだけ癒やした。


「ご配慮痛み入ります。

 かくなる上は一刻も早く四国と本願寺を平定してみせまする」


信長は続けた。


「本願寺を降し、元親を従属させるなら、毛利の背後が一気に崩れる。

 四国を押さえれば、中国攻めは半ば終わったようなものよ」


光秀は深く頷いた。


「は。

 元親殿の手切れは、それがしが責任をもって進めます。

 寺社、国人、使者の選定――その一切を、明智が握ります」


信長は満足げに笑った。


「よい。やりとげてみせよ。

 為せれば四国は明智の功よ」


光秀は静かに頭を下げた。


「ありがたき幸せ」


信長はゆっくりと立ち上がった。

そして退室間際に立ち止まって光秀に声をかけた。


「芋粥は摂津で雷神を使った。芋粥の功だ。

 それを利用し、そちが本願寺と四国を平らげれば、それは明智の功よ。

 どちらも面白い。

 織田の天下は近いぞ、光秀」


光秀はその言葉を胸に刻んだ。


(芋粥よ……

 摂津の功はおぬしに先を越されたが、四国は――わしが取る)


光秀は信長へ深く礼をした。


「上様。

 四国は必ず織田の御下へ入れてみせまする」


信長は満足げに頷いた。


「期待しておるぞ、光秀」


光秀は信長の退室を見届けて、安土の廊下を静かに歩き出した。


*


三津寺砦を包囲して十日も経とうとしていた。

黒鬼兵は砦の周囲に静かに陣を敷き、本願寺方は完全な籠城の構えを見せていた。

あとしばらく締め上げれば兵糧は尽き、そこから一気に崩れるだろう。


秀政は陣幕の中で政親と軍議を進めていた。

そこへ、外から甲冑の擦れる音が近づく。


「殿、安土より使者が参られました!」


政親が幕を開けると、織田家の朱印旗を掲げた使者が姿を見せた。

戦場であっても、上様の下知を携えた使者を軽んじることはできない。

秀政は軍扇を閉じ、膝を正した。


使者は深く礼をし、巻物を広げた。


「上様よりの下知にございます。

 これより申し上げまする」


陣幕の空気が張り詰めた。

使者は朗々と読み上げた。


「一、長宗我部元親の調略は、明智日向守光秀へ一任するものとする。

 一、芋粥伊勢守秀政は、四国の切り取りについて従前の通り励むべし。

 一、摂津における本願寺攻めは、雷神の威をもって揺らし、三津寺・楼岸を速やかに落とすべし。


 以上、上様の御意に候」


読み終えると、使者は深く頭を下げた。

秀政は静かに頷いた。


「……承知いたしました。

 本願寺、並びに四国の攻略を進めまする」


政親が横で控えながら、秀政の表情を伺った。

秀政は巻物を受け取り、内容を改めて確認した。


使者は補足するように言った。


「上様よりの御意にございます。

 芋粥様は四国の調略を気にかける必要はございませぬ。

 明智様が元親を押さえられますゆえ、

 芋粥様は従前の通り、四国の切り取りをお進めくだされ」


秀政は巻物を閉じ、静かに笑った。


「……そうか。

 ならば、ただ戦えばよいということよ」


政親が頷いた。


「御使者、一つお聞きしてもよろしいですか?

 長宗我部は、芋粥家が調略も含めて万事任されていたはずです。

 ここに至って大殿様が明智様へ調略をお任せになったのは、芋粥家に何か至らぬところでもございましたか?」


使者が政親に顔を向けて答えた。


「さにあらず。

 芋粥様の御働きには、上様もご満足されております。

 ただ、此度の件、長宗我部側よりその繋ぎとして明智様が選ばれたとのこと。

 であれば、煩わしき調略を芋粥様が考えなくても済むように、そのまま明智様に調略をお任せになられました」


「左様でございますか。

 それならば一安心にございます」


表情を変えずに政親は使者へと返事した。

秀政はそのやりとりを聞き終わった後、使者へ向き直った。


「上様へ申し伝えよ。

 ご期待を裏切らぬよう、全力にて努めまする」


使者は深く礼をした。


「御意、確かに承りました」


使者が退室すると、政親が秀政へ向き直った。


「義兄上……

 まんまと明智殿に四国の功を横取りされてしまいましたな」


秀政は軍扇を開き、三津寺砦の方角を指した。


「よい。

 俺はちょうど良かったと思っていた。

 明智殿も粋なことをする」


「何を悠長な。雷神、四国攻略、全て義兄上の功です。

 横取りなど粋でもない。鬼畜の所業ですよ」


秀政が苦笑した。


「ならば摂津の功を奪う俺は鬼畜だな。

 否定はせんが……」


「それは申し訳ありませぬ。言い過ぎました。

 ですが、功を横取りされるのは悔しゅうございますな」


秀政は政親の肩に手を置いて、笑いながら答えた。


「いや、悔しいのは事実であるが、これはこれで良かった。

 俺は四国で功を挙げたくない。

 四国は要らんのだ。伊勢から遠すぎる。


 だからこそ、ここでの功を焦っていない。

 むしろ岸和田を貰えたら嬉しいなぁ」


政親は静かに笑った。


「はっは、義兄上らしいお言葉ですな」


さらに秀政は笑いながら続けた。


「それにだ。もし芋粥が長宗我部の調略を進めるなら、それなりの交渉上手を当てる必要がある。

 そうなると、政親。お前だ。


 だが、お前には本願寺攻めを手伝ってもらいたい。

 正直、頭が痛かったのだ。どちらを優先させるかとな。


 そこでこの面倒事を、進んで明智殿が引き取ってくれた。

 はっはっは。悩みが一つ消えたわ」


「義兄上は変わったお方だ」


「ふっ。俺が今、一番優先しているのは早期の四国制圧だ。

 それは調略が一番早い。


 そして調略を明智殿に任せるのは適材適所だ。

 願ったり叶ったりなのだ。


 それに俺は功を逃したわけではない。

 この摂津では俺の一人勝ちだ。

 あまり取り過ぎると内にも敵を作る」


秀政は立ち上がり、黒鬼兵の旗が並ぶ包囲陣を見つめた。


「万事上手くいっている」

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― 新着の感想 ―
光秀の元親との四国安堵が地雷だと読者はわかっているので横取りも怒りが湧かない感じですね。ただ芋さんの伊勢がいつまで領有出来るのかは心配にはなりますね。
万事上手くいっている →佐久間さん以外は そろそろ退場か追放されちゃうのか、まだまだ波瀾があるのか、更新楽しみにしております!
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