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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十五章 織田家宿老編(本願寺決着編)

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第二百六十四話 信長の機嫌

安土城の天守は、春の陽を受けて金色に輝いていた。

秀政は馬を降り、静かに息を整えると、蘭丸の案内で御前へ向かった。


廊下を進むにつれ、胸の内でひそかに思う。


(さて……殿はどのような顔をされておるか)


御教書騒動の折、信長が激怒していたことは風聞で知っていた。

だが天王寺砦の勝利がその怒りを吹き飛ばしたことも、同じく耳にしていた。


襖が静かに開かれた。


信長はすでに座していた。

その顔には怒りの影はなく、むしろどこか愉快そうな色が浮かんでいた。


「芋、戻ったか」


その声は柔らかく、機嫌の良さがはっきりと分かった。

秀政は深く頭を下げた。


「は。長宗我部、本願寺との件、まずはご報告に参りました」


信長は頷き、口角をわずかに上げた。


「聞き及んでおる。

 ようやった。

 あの砦を一日で落とすとはな」


秀政は静かに座し、信長の次の言葉を待った。

信長は扇子を軽く叩きながら続けた。


「長宗我部の扱いも聞いたぞ。

 元親を殺さず退かせたか。


 面白い試みではある。

 だが、あれほどの男を飼い慣らすことは出来るか?」


「難しゅうございますな。

 ですが、今後の織田のことを思えば、あの者は活かす方が良いかと考えます。

 四国の力を存分に残したまま元親を降せば、今後、中国、九州への抑えとして力を発揮しましょう。

 この芋めにお任せいただきたく」


秀政は頭を下げた。


「よい、しばし任せる。

 だが、飼いならせぬとわかった場合は、容赦せず討ち取れ。

 良いな?」


「四国は殿の御心のままに。


 つきましては、背後の不安を消すためにも、先に本願寺を片付けとうございます。

 四国は長政に継続して攻めさせます。

 まもなく小松島を落とします。

 

 それとは別に、それがしの軍が石山本願寺を攻めることをお許し下さい。

 今、この芋粥は雷神の噂を纏い、本願寺を討つには最も適した状態にございます」


信長は満足げに笑った。


「許す。


 はっはっは。四国だけは食い足りぬか。

 だが、それも良い。

 本願寺は早々に潰さねばならん。

 光秀と組め。

 好きにいたせ」


そして――

信長の目がわずかに輝いた。


「それで芋……

 あの雷神よ。


 どうやって空に顔を浮かべた?

 どうやって天王寺に雷撃を落とした?


 噂の類では見当が付かぬ。

 子細をそちの口から述べよ」


秀政は思わず苦笑した。


(やはり殿は最初からそこにしか興味が無いか)


秀政は静かに膝を正し、信長の視線を正面から受け止めた。


「殿。あれは……雷神ではございませぬ」


信長の目が細くなる。


「ほう。では何だ?」


秀政は苦笑を浮かべた。


「――幻術にございます。

 伊賀忍びと南蛮火薬を組み合わせた、二度とやりたくないほど手間のかかる幻術でございます」


信長は扇子を止めた。


「語れ」


秀政は淡々と、しかしどこか呆れたような口調で続けた。


「まず、茶臼山の上空に浮かんだ雷神の顔。

 あれは巨大な凧でございます。

 空色に塗り、糸も空に紛れるよう染め、目・鼻・口・角だけを遠目に浮かぶよう配置いたしました」


秀政は凧の配置から、伊賀者がどのように操ったかまで隠さず明かしていった。

信長は思わず笑った。


「福笑いか」


「左様にございます。

 しかも、風向きが少しでも変われば全て台無し。

 伊賀忍びが一月かけて訓練し、ようやく“空に顔を浮かべる”ことが叶いました」


信長は愉快そうに頷いた。


「で、雷鳴は?」


「太鼓でございます。

 人は一度怯えると何でも自分で勝手にその恐れを大きゅうします」


信長は扇子を叩きながら笑った。


「なるほど。

 雷神の声は太鼓か」


秀政は肩をすくめた。


「はい」


太鼓の鳴らし方についても、地図を示して仕組みを伝えた。

信長は声を立てて笑った。


「はっはっは!

 太鼓の音が雷神の咆哮となるか。

 工夫一つで何とでもなるものよな」


秀政はさらに続けた。


「そして――雷撃。

 あれは火薬大樽でございます。


 福笑いの顔を怒らせることで、兵の目を福笑いに向けます。

 その隙に忍びが煙幕の中で樽を設置し、導火線を伸ばし、爆発の瞬間に“雷神の目”を吊り上げて見せました。


 爆発と顔の変化を同時に見せることで、兵は“雷神が怒った”と錯覚いたします。

 あれほど堂々と爆薬樽を置いて回っても、その存在に見向きも致しませぬ」


信長は目を細めた。


「なるほど。

 爆発と顔の変化を合わせたか。

 よく考えたものだ」


秀政は深く息を吐いた。


「殿。

 あれは……本当に銭と時間の無駄遣いでございます。

 凧の骨組み、染料、太鼓の配置、忍びの訓練、火薬大樽の調達、煙幕の準備……。


 すべて合わせれば、力攻めする方がよほど速く、そして楽に落とせそうです。

 頼まれても、もうやりとうはありませぬな」


「はっはっは。

 芋も苦労したのだな」


信長は大口を開けて、愉快そうに笑った。


「だが、効果は抜群だったな」


秀政は頷いた。


「はい。

 兵は雷神を見たと信じ、長宗我部も本願寺も恐れ、天王寺砦は戦わずして崩れました。

 織田に向けた恐れはそう簡単には解けますまい」


信長はしばし沈黙し、やがて満足げに笑った。


「芋。よくぞやった。

 雷神の正体が凧と太鼓と火薬とは……まこと愉快よ」


秀政は深く頭を下げた。


「以後、雷神の再現は難しゅうございます。

 しかし――

 “雷神が織田に、そして芋粥に味方した”という噂は、四国にも摂津にも広まっております。


 この噂を利用し、本願寺を揺さぶりとうございます」


信長は扇子を閉じ、秀政を見据えた。

いつもの信長の表情に戻っていた。


「うむ、今年中に本願寺に引導を渡して参れ」


秀政は静かに頭を下げた。


「ははっ」


信長は満足げに扇子を閉じると、蘭丸を伴って御座を立った。


「また妙な仕掛けを考えよ」


そう言い置いて、笑いながら退室した。


秀政は深く頭を下げ、その背が襖の向こうへ消えるまで静かに見送った。

御前の空気がふっと緩んだ頃、背後から足音が近づいた。


前田玄以であった。

いつものように控えめな歩みで、秀政の横へそっと立つ。

声は低く、誰にも聞こえぬほどの囁き。


「伊勢守様……

 雷神を味方につけてから戻られたのは、まことに良き判断にございました」


秀政は目だけで玄以を見る。

玄以は続けた。


「摂津が一時乱れ、

 御教書の噂が広まった折――上様は、それはもう……

 恐ろしいほどお怒りでございました」


玄以はわずかに息を呑み、言葉を選ぶようにして続けた。


「もしあの時にご報告に上がっておれば……

 今頃、伊勢守様は腹を切らされておったやもしれませぬ」


秀政は一瞬だけ眉を上げ、そして苦笑を漏らした。


「そ、そうか。危なかったな」


玄以は深く頷いた。


「しかし今はご機嫌麗しゅうございます。

 天王寺の勝利も、長宗我部の扱いも、すべて上様の御心に適いました。

 ……さすがにございます、伊勢守様。」


秀政は軽く息を吐いた。


(殿の怒りは雷の如し……

 だが、雷神を味方につければ恐るるに足らず、か)


静かに笑みを浮かべると、秀政は玄以へ一礼し、安土城を後にした。


「さて、本願寺攻めよ!」

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上様はほんまコエェナア、、、
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