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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十四章 織田家宿老編(長宗我部知略戦編)

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第二百五十七話 蘭の祝言

翌日――

鈴鹿館は、急ぎの準備とは思えぬほど整えられていた。


豪奢ではない。

だが、芋粥家らしい品の良さと、千種屋の商家としての美意識は随所に表れていた。

広間には伊勢春慶の盆が並び、季節の花が控えめに飾られ、簡素ながらも丁寧に整えられた膳が置かれている。


楽人も数人だけ呼ばれており、静かに琴を奏でていた。

華やかさよりも、温かさと気品を重んじた祝言である。


秀政、お悠、長政、明、政親、御影、浅野、鷺山、綾芽、

そして千種屋当主にして松之丞の父、松之助――。


芋粥家の主だった者が揃い、広間は柔らかな空気に包まれていた。


白無垢の蘭は、髪を結い上げて座していた。

芋粥家の姫として育った気高さと、商家の女主人に求められる控えめな品の良さを併せ持つ姿は、千種屋の若女将となる蘭によく似合っていた。


松之丞は緊張した面持ちで、父の横に座っている。

普段は祖父の政成に似て豪胆な男だが、今日ばかりは落ち着かない様子だった。


秀政が二人を見つめ、静かに口を開いた。


「蘭、松之丞。

 本来ならば盛大に祝ってやりたいところだが……

 今は戦の前。

 こうして身内だけで済ませること、許してくれ」


蘭は穏やかに微笑んだ。


「父様。これで十分でございます。

 むしろ、これほど温かい祝言は他にございません」


松之丞も深く頭を下げた。


「秀政様……身に余るお言葉にございます。

 蘭様と共に働けること、何よりの喜びにございます」


お悠が目を細め、二人を見つめた。


「蘭……綺麗よ。

 松之丞殿、どうか蘭をよろしくお願いいたしますね」


明も柔らかく微笑む。


「長政様と私も、こうして身内だけで祝言を挙げました。

 賑やかさよりも、心があれば十分です」


そして明は蘭の手をそっと握った。


「……本当に綺麗。

 でも、祝言の後すぐに堺へ行くのよね。

 体だけは気をつけて」


笑顔で蘭も頷いた。

綾芽は静かに頭を下げた。


「蘭姫様の身は、我ら白鬼隊が必ずお守りいたします」


松之助が息子の肩に手を置き、誇らしげに言った。


「松之丞……

 蘭様のような方を妻に迎えられるとは、わしも鼻が高い。

 しっかりと二人で支え合い、芋粥家と千種屋を盛り立てるのだぞ」


松之丞は父の言葉を受け、深く頷いた。


「はい……必ず」


秀政は二人の前へ進み、盃を差し出した。


「では――盃を交わし、夫婦の契りを結べ」


蘭と松之丞は盃を受け取り、静かに口をつけた。

二人が盃を置くと、広間の者たちは揃って笑みを浮かべた。


誰も大声を上げない。

誰も派手に祝わない。


ただ、家族と家臣が静かに見守る中で、二人は夫婦となった。

秀政が深く頷き、言葉を添えた。


「蘭、松之丞。

 これより先は、戦も商いも、芋粥家の難事に関わることになる。

 だが――二人ならば必ずやり遂げられると信じている。


 お前達は、長政や明と同様、当家の未来を背負う者だ。

 千種屋を任せる。

 そして、この芋粥を支え続けてくれ」


蘭はまっすぐ父を見つめた。


「はい。

 この祝言を胸に、必ず役目を果たしてまいります」


松之丞も力強く答えた。


「蘭様と共に、必ず成し遂げます」


広間の者たちは静かに頷いた。



祝言が終わりに差し掛かった頃――

ふと、広間の者たちが気づいた。


中庭の向こう、廊下の柱に寄りかかるようにして、政成が立っていた。

二人の晴れ姿を見つめる口元は何度も緩み、そのたびに目尻へ涙が滲んだ。


労咳の影が濃く、顔色も優れない。

だが、その目だけは力を宿していた。


政成は震える声で言った。


「……これで……千種は安泰よ。

 殿……ありがとうございます……」


長年千種屋と芋粥家を支えてきた政成にとって、この祝言こそが何よりの安心であった。


蘭はすぐに気づき、松之丞と共に政成へ向けて笑顔を向けた。


政成は、涙を拭いながら、二人へ向けてゆっくりと笑みを返した。

その笑顔は、弱々しくも、確かに幸せを噛みしめるものだった。

広間にいる皆も、それにつられて笑みを浮かべた。


祝言は滞りなく終わった。

蘭と松之丞は、すぐに堺へ向かう支度を始めた。



芋粥家御教書は、伊勢を発して間もなく畿内一円へと広まり、堺・京・摂津・大和の有力者たちの手に渡った。

当然、信長のもとにも届けられ、織田家西方軍団の諸将にもすぐに写しが回された。

その写しは、堺衆を通じて長宗我部家の陣にも届けられた。


天王寺砦を遠巻きに囲む長宗我部の陣。

元親は焚火の前で文を広げ、親泰を呼び寄せた。


「親泰、これを……見たか?」


親泰は文を受け取り、ざっと目を走らせると鼻を鳴らした。


「見た。芋粥め……真っ向から否定してきよったのう」


元親は文を閉じ、火の揺らぎを見つめながら低く言った。


「芋粥が御教書を出して否定してくることは予想しちょった。

 じゃが――これは読めんかったき。

 まずいぞ。まさか果たし状にしてくるとは思わんかったわ」


焚火がぱちりと弾ける。

元親の横顔には、わずかな苦笑と警戒が混じっていた。


「これでは、芋粥が出てくるまで四国へ帰れんぞ」


親泰は腕を組み、火を見つめた。


「まぁ、そうやな。

 ここで帰ったら逃げ帰ったように見えるき、

 長宗我部家御教書が偽りじゃったと、自ら認めるようなもんじゃ」


元親は静かに頷いた。


「そうじゃ。

 じゃき、芋粥の挑発は見届けておかんといかん」


親泰は文をもう一度見返し、眉をひそめた。


「巨砲なんぞあるはずないき……兄者はどう考えゆう?

 芋粥は、わしらの御教書を否定できると思うか?」


元親は火箸で薪をつつきながら答えた。


「雷神巨砲が虚砲なのは間違いない。

 じゃが、別の何かを用意しゆう気かもしれん」


親泰は首を傾げた。


「例えばなんじゃろうな?」


元親は少し考え、口を開いた。


「南蛮大筒か……たしか“カノン砲”と言うちょったか。

 あるいは南蛮式の投石機やもしれん」


親泰は鼻で笑った。


「雷神巨砲と呼ぶには弱うないか?」


「弱い。

 じゃが芋粥は派手なことをするきのう。数を揃える気か?

 伊勢に目を光らせちょけ。

 忍びを放って、何を用意しゆうか突き止めるんじゃ」


元親は文を焚火へかざし、炎に照らされた文字を見つめた。


「それとは別に、もう一手じゃ。

 先回りして噂を流しちょけ」


親泰は目を丸くした。


「噂……?」


元親は続けた。


「芋粥家が大筒を集めゆうと噂を広めろ。

 他にも巨大な投石機を作りゆうという噂も流せ。

 芋粥家御教書の内容を聞いた民草が、面白がって話を広げゆう体にするんじゃ」


親泰はゆっくりと頷いた。


「なるほど……。

 噂通りの物しか用意できんかったら、

 それがどれほどの威力でも、“やはり大筒か”と思われれば驚きは薄れるのう。

 それだけで奴らの反証は効き目が弱まる。

 考えたな、兄者」


元親は火を見つめたまま、低く言った。


「予想を超えてくることもあるき、油断はするな。

 今はやれることをやれ」


親泰は力強く頷いた。


「分かった。すぐ動くき!」


親泰は立ち上がり、闇へ消えていった。

焚火の前に残った元親は、炎の揺らぎを見つめながら小さく呟いた。


「芋粥……何を仕掛けてくるつもりじゃ……」


元親は御教書をもう一度開き、炎の明かりの下で最初から読み直した。

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― 新着の感想 ―
期待外れ煽りを狙ってのネタバレ戦術、やらない訳には行かなかったでしょうが……これ噂が活発過ぎると天王寺砦の士気が崩壊しません…? なんかされるのは確定してるのでその前に降伏してもおかしくなさそうな
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