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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十四章 織田家宿老編(長宗我部知略戦編)

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第二百五十五話 追加の秘策

短期間で大樽十樽分もの火薬を集める――

その無茶な要求に、座敷の空気は重く沈んでいた。


誰もが眉を寄せ、どう算段をつけるべきか頭を抱えている。

そんな中、静かに一歩踏み出す足音があった。蘭である。


「父様、火薬の件は……私に任せて頂けませんでしょうか?」


澄んだ声だった。

だが、その奥には芯の強さがあった。

座にいた者たちは一斉に蘭へ視線を向ける。

驚きとわずかな期待が入り混じる。


蘭は怯むことなく言葉を続けた。


「火薬は、サンパイオ商会に頼らざるを得ないと思います。

 ちょうど今、私は和紙と伊勢春慶の件でロレンソ様と文を交わしております。

 ロレンソ様は和紙や漆器にとても興味を示されていて、近々その見本を届けようとしておりました」


秀政が腕を組み、低く問う。


「その話を見返りに使うつもりか?」


「はい。もし、私の祝言に掛かるはずだった銭を私に預けて頂けるのであれば――

 ロレンソ様が気に入りそうな柄を選び、和紙と漆器を揃えて献上いたします。

 それを、ただでお渡しするのです。

 四十貫文ほどかかりますが、美濃紙四百束、蒔絵椀二十点、黒漆の盆十点を用意します」


その量を聞き、場がざわめいた。

明が静かに頷き、柔らかな声で言う。


「蘭が選ぶ品であれば、きっとロレンソ様はお喜びになられましょう。

 ですが、それだけでは真新しさに欠けます。

 芋粥家は元々羽振りの良い家ですから、手土産くらいは見越しているかもしれません」


蘭は明の言葉を素直に受け止め、深く頷いた。


「はい、明姉様の仰る通りです。

 今後の交易を考えれば、十分に喜んで頂けるとは思いますが――

 芋粥が依頼する火薬十樽の衝撃の方が大きいやもしれません。


 なのでもう一手必要です。

 芋粥は、人を惹きつける品を次々と用意できる。

 このような印象を植え付けることが肝要かと存じます」


秀政が目を細めた。


「もう一手か……。そんなもの、すぐに見つかるのか?」


蘭はふっと微笑んだ。

少女らしい可憐さよりも、己の商才への確かな自負が宿っていた。


「父様。和紙を用意するにあたって一つ、思いついたことがございます」


その言葉に、座敷の空気がわずかに動いた。

蘭が次に口にする策が、火薬十樽という無謀を覆す鍵となるのではないか。

誰もが息を潜め、蘭の次の言葉を待った。


薄明かりの差し込む座敷で、彼女はふわりと袖を広げる。

文様が光を受けてきらりと揺れ、まるで水面に映る月影のように揺らめいた。


「何か――気づきませぬか?」


声は柔らかく、しかしどこか得意げで、挑むような響きを含んでいた。


お悠が真っ先に反応した。


「蘭、それ……新しい柄ですか?!」


目を丸くし、畳を滑るように近寄る。


続いて明が身を乗り出し、蘭の袖口をそっとつまんだ。


「細工が細かい……それでいて、生き生きしています。

 この細かさ、職人が本気で彫った伊勢型紙ですね。

 滲みがまったく出ていませんよ……!」


指先で文様をなぞりながら、感嘆の息を漏らす。


蘭は満足げに微笑み、くるりと一回転して見せた。

その動きは、戦国の姫が舞うように優雅で、座敷の空気まで華やかに染めていく。


綾芽も騒ぎはしないが、静かに袖を見つめ、その目はわずかにうっとりしていた。

明、お悠、綾芽の三人は、一斉に蘭の着物へ目を奪われた。


広間の空気が一気に華やいだ。

政親、長政、浅野、鷺山はぽかんとした顔で見ていた。


「へぇ……そんなに違うものか」


蘭はその様子を見て、ふっと笑った。


「父様、見返りの話を続ける前に……

 これを見ていただいた方が早いかもしれません」


そう言うと、蘭は襖の方へ向き直り、廊下に控えていた者へ声をかけた。


「聞こえますか?

 私の侍女を呼んでくださいませ。

 反物をいくつか持ってくるようにと伝えてください」


「は、はいっ!ただいま!」


廊下の者が慌てて走り去る。


その間も女子たちは興奮が収まらない。

明は蘭の袖をそっと触る。


「この模様……どうやって染めたのですか?

 細かいのに、滲みが全くない……!」


お悠は目を輝かせる。


「これほどの細工なら、南蛮人が喜ぶのも当然です。

 和紙に伊勢型紙を応用すると申しておりましたが、反物の方がより高く売れるかもしれませんよ……!」


綾芽は静かに頷いた。


「……この反物なら、見返りとして十分価値がございます」


政親は苦笑しながら秀政へ囁いた。


「義兄上……女子というのは、こういう時だけは戦場の兵より強いですな」


秀政は肩をすくめた。


「俺にも分からん……」


その時、廊下から足音が近づき、襖が開いた。


「蘭様、お持ちいたしました!」


侍女が抱えていたのは――鮮やかな反物の束。

伊勢型紙で染め上げられた、色とりどりの反物が何本も重ねられていた。


広間の女子たちが一斉に声を上げた。


「きゃ……!」

「なんて綺麗……!」

「これほどの細工、見たことがありません!」


秀政が女たちの熱気に気圧されながらも、苦笑しながら続けた。


「女子の美に対する感性は南蛮でも同じだろう。

 欧羅巴でも食いつくやもしれんな。

 伊勢にはこのような工芸品がまだ隠れていたというわけか……」


蘭は反物の束を前に置き、秀政へ向き直った。


「父様。

 これらを見返りに使えば、サンパイオ商会も必ず動いてくれます。

 ロレンソ様は南蛮の女子の好みを常々気にされておりますので」


秀政は反物を見つめ、ゆっくりと頷いた。


「……なるほど。

 まずは和紙と漆器で興味を引く。

 ロレンソも商人なのでもう一つ、焦らしてくるだろう。

 そこに本命の反物をぶつけるか。

 実用品と共に高級工芸品も用意する。


 芋粥家の棚の多さを思い知るだろうな」


広間の空気は、先ほどまでの重苦しさとはまるで違う熱気に包まれていた。

そして秀政は、反物の束を見つめながら静かに言った。


「よし……見返りはこれで決まりだ。

 火薬十樽の大樽爆弾――その準備に取りかかるぞ。


 長宗我部は三月中には四国へ帰るだろう。

 取り逃がしてからでは、反論しづらくなる。

 あ奴の目の前で炸裂させてこそ意味があるからな。

 あとひと月強しかないが……。


 蘭、出来るか?」


蘭がしっかりと頷いた。


「やります!」


「うむ、ならば任せるが、具体的にはどうする?」


蘭は決意を込めて、語り始めた。


「はい、ロレンソ様との交渉に五日。

 ロレンソ様と言えどもあの量です。

 火薬の確保に十五日。


 確保されている量次第では、十五日では集まらぬかもしれませぬ。

 ゆえに見込み次第では、父様が帆船の大砲用に隠している火薬を使いましょう。

 後で買い戻せばよいです。


 この十五日の間に油袋と松脂は調達します」


秀政が計画には頷きながらも、期日としては不安な顔をした。


「間に合うかどうかは、瀬戸際だな」


蘭も不安そうな表情を一度見せるが、すぐに切り替えて答えた。


「はい、なので材料を仕入れて伊勢で作るのではなく、岸和田で大樽火薬を作る必要があります。

 父様の軍が伊勢を発った後、岸和田で受け取り、そのまま天王寺へ向かわれるべきかと」


「それしかなさそうだな」


蘭は一度目を閉じ、少し考えてから再びはっきりした声で続けた。


「私が行きます!

 松之丞様と共に堺に赴き、火薬を仕入れます。

 そして樽の制作の指揮を執ります。


 私と松之丞様の夫婦としての初の仕事になります」


秀政が目を丸くして驚いた。

蘭は父の驚きなど意に介さず、静かに続けた。


「だから……祝言などやっている暇はありませぬ。

 明日さっと済ませて、祖父様を安心させたらすぐに発ちます」


秀政は顎を掻きながら苦笑いした。


「そ、そうか。

 娘の祝言は父としても楽しみであったのだが……。

 一番気の毒なのは松之丞だな」


お悠が笑いをこらえた。


「ま、松之助には私の方からも上手く言っておきます。

 松之助も嫡男松之丞の祝言を楽しみにしていたとは思います。


 まさか蘭の方から祝言をやってる暇などないと言われるとは思いますまいに」


この場の皆が一斉に笑い出した。

だがそんな時に、外が急に慌ただしくなり、松浦からの早馬が通されてきた。


松浦は長宗我部家御教書の衝撃が大きく、明智の勝報を伝え漏れていた。

それを慌てて二騎目で伝えてきたのだ。

この時間差のおかげで、芋粥家は追い詰められ、今回の大樽を思いついたのは怪我の功名としか言えなかった。


政親が心配そうに問いかけた。


「松浦は何と?」


秀政は一通り読み終わると、安堵の表情を見せた。


「明智殿は長宗我部に大敗しておらぬ。

 両者の戦は痛み分けで、今なお膠着状態のようだ」


鷺山の声が弾んだ。


「織田の西方は崩れておらぬと?!」


秀政がそれに答えた。


「そうだ。我らの首の皮は繋がっておるぞ。

 ここで大樽で盛り返せば、失態にはならぬやもしれん」


政親が冷静に分析した。


「そうですね。

 いくら将と兵の士気差があったとはいえ、明智殿が長宗我部に負けるとは思えませぬ。

 ただあの明智殿でさえ、一度不覚を取ったということは、兵の士気というのは侮れませんな」


「うむ、確かに。

 兵の士気は侮れんな……。

 

 ……ん?」


「義兄上、いかがなされました?」


急に秀政が口角を上げた。

政親が不審そうにそれを見つめた。


秀政が自信に満ちた顔でゆっくりと答えた。

何かを思いついた。ここにいる皆がそう感じ、次の言葉を待った。


「政親、面白いことを思いついたぞ。

 追加の秘策じゃ。


 芋粥も織田も、ここまで虚仮にされたのだ。

 長宗我部の嘘をただ暴くのでは面白くない。


 奴に同じ思いをさせてやろうぞ」

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