↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十四章 織田家宿老編(長宗我部知略戦編)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

258/293

第二百五十四話 反証の兵器

伊勢・鈴鹿館――。


長宗我部家御教書が伊勢へ届いたその日、秀政は館の広間へ主だった者をすべて呼び集めた。

お悠、政親、長政、浅野、鷺山、明、綾芽――

芋粥家の中枢が一堂に会したが、誰もが文面の重さに言葉を失っていた。


御教書は、ただの噂の否定ではない。

長宗我部家が家の名を背負い、諸使者を立ち会わせて巨砲の虚説を暴いた「公の沙汰」である。

その政治的な重みは、芋粥家の誰もが理解していた。


沈黙を破ったのは政親だった。


「これは……まずいことになりましたね。

 噂ではなく、奴らは家を背負ってこの芋粥家を貶めにきました」


政親は声を荒らげなかった。

それだけに、事態を軽く見ていないことが皆にも伝わった。

お悠が不安げに秀政へ向き直る。


「反論する方法はあるのでしょうか……?」


秀政は文を握りしめたまま、しばらく答えられなかった。

やがて低く、重い声を絞り出した。


「……反論するには、我らも家の名を背負った御教書を出すしかない。

 しかも長宗我部の布告そのものを否定する内容でな」


広間の空気がさらに重く沈んだ。

長政が眉を寄せ、慎重に言葉を選んだ。


「そうなると……巨砲を実際に作るしかない、ということになりますか?」


その言葉を聞いた明は手に力を込めた。

彼女は膝の上で拳を握りしめ、父へ向かって頭を下げた。


「……父様、申し訳ありません。

 私が巨砲の箱などを作ろうと申し上げたために……」


鷺山がすぐに声を上げた。


「明姫様、悪いのは明姫様ではありません。

 この俺です。俺が松永の自害を巨砲と偽ろうと申したのです」


秀政は二人を制するように手を上げた。


「鷺山も明も悪くはない。

 この策自体は巧妙であり、これのおかげで芋粥は殿より功を認められた。

 問題はその後の管理だ……俺の認識が甘かった」


政親が静かに頷く。


「そうですね。誰に責があるかを論じるより、今は長宗我部の御教書を打ち破る策を考えるべきです」


秀政は深く息を吐き、政親へ視線を向けた。


「……そうだな。政親の言う通りだ。

 済んだことを悔やんでも何も変わらぬ」


そう言いながらも、秀政はゆっくりと俯いた。

広間の灯りが、俯いた秀政の横顔を照らしていた。


(俺が現場へ行き、状況を正しく見るしかない。

 蘭の祝言どころではなくなってしまった……。

 許せ、蘭)


秀政は一度深く息を吸い、蘭へ詫びる言葉を呑み込んだ。

長宗我部家御教書によって、蘭の祝言を予定通り行うことさえ難しくなっていた。


皆、言葉を挟まなかった。

誰もが秀政の心中を察し、軽々しく言葉を挟むことができなかった。


その時――

外が急に騒がしくなった。


「なりませぬ、姫様。今は大事な軍議中です!」


困惑した声が廊下に響き、続いて、聞き慣れた少女の声が返した。


「父様、蘭です。失礼いたします」


許可を待つ間もなく襖が開き、蘭が勢いよく入室した。

秀政は驚きと戸惑いが混じった表情で娘を見た。


「ら、蘭……」


蘭は父の前へ進み出ると、真剣な眼差しで告げた。


「父様、聞きました。大変な状況になっていると」


秀政は苦しげに頷いた。


「……その通りだ。すまぬが……」


蘭は首を横に振った。


「このような時に、大げさな祝言などやっている場合ではございません!」


秀政は思わず目を見開いた。


「え……?」


蘭は迷いなく続けた。


「姉様の祝言も、那古野で身内だけを招いて済ませました。

 私もそれで構いません。

 祖父様には、それでも私の晴れ姿を見ていただけます」


お悠が小さく息を呑んだ。


「蘭……」


秀政はすぐには返事ができず、蘭の顔を見つめた。


「蘭……すまぬ。

 お前にも気を使わせてしまったな。

 この父を許してくれ」


蘭はふっと笑った。


「正直に申せば、祝言へ大金を使うのは勿体のうございます。

 その銭を私に預けてくださいませ。

 その方が、やりたいことができまする」


秀政は思わず間の抜けた声を漏らした。


「は?」


政親が堪えきれず笑い出した。


「ははは。明姫様も蘭姫様もお顔はよう似ておりますが、明姫様の性格は姉上に似て、蘭姫様は義兄上に似ましたな。

 お気の毒に」


秀政は眉を吊り上げた。


「おい、政親、どういう意味だ!」


蘭も笑いながら政親へ向き直る。


「ははは、松兄。私は父様に似て良かったと思います」


政親の言葉に、鷺山が吹き出した。

お悠も口元を押さえ、張り詰めていた広間にようやく笑いが戻った。


秀政は深く息を吐き、蘭へ向けて柔らかく言った。


「さて……少し笑ったことで気が晴れた。

 蘭のおかげだ」


そして、表情を引き締めた。


「で、巨砲を作る件だが……」


広間の空気は再び緊張を帯び、軍議は次の段階へ進もうとしていた。

秀政には、雷神巨砲と呼べる大砲の、未来知識による案があった。


(……雷神巨砲を本当に作る方法なら、俺は分かっている。

 尖頭弾を使い、砲身の内側に螺旋の溝――

 “ライフリング”を刻めばよい。

 砲弾が回転し、まっすぐ飛ぶ。

 射程も威力も桁違いになる。

 それができれば、雷神巨砲など夢物語ではない)


しかし秀政は、ゆっくりと首を振った。


(だが……この時代では無理だ。

 均一な螺旋を刻む技術も、尖頭弾を鋳造する技術もない。

 砲身の強度も足りず、火薬も不安定。

 作れば爆ぜるだけだ。

 俺が知っている“未来の砲”を、この時代に再現することはできない)


秀政は拳を握りしめた。


(しかも今は時間がない。

 長宗我部の御教書が畿内を揺らし、芋粥家の名は地に落ちかけている。

 雷神巨砲を作れれば反論できるが……夢の技術を、今すぐ形にするなど不可能だ)


秀政は答えを見つけられず、黙り込んだ。

政親は腕を組み、深く息を吐いた。


「実際に巨砲を作り、長宗我部が示した検分結果を覆す……。

 重き砲を据え置いた痕跡、固定具の跡がなかった理由……。

 難しいですね」


秀政はその言葉に、ふっと目を細めた。


「待て。……それだ!」


政親と鷺山が同時に顔を上げる。

秀政は政親の言葉を反芻し、やがて声を上げて笑った。


「はははは……。

 もう少し視野を広げるべきだったな。

 巨砲という名に引きずられ大砲を作ろうとするからいかんのだ」


鷺山が眉をひそめる。


「は?

 巨砲の嘘を真にするのだから、大砲を作らねばならんのでは?」


秀政は鷺山を指さした。


「巨砲はお前が流した“噂”であろうが。

 俺が――芋粥家が一度でも公に巨砲を持つと言ったか?」


鷺山は口を開きかけて、閉じた。


秀政は続ける。


「勝手に巨砲と勘違いしただけではないか。

 雷神巨砲という名も、鷺山が流した戯言にすぎぬ。」


鷺山は肩をすくめた。


「それはそうですが……。

 しかし、それは屁理屈でございます。

 “勝手にお前らが信じただけだ”と言ったところで、信を取り戻せませぬ」


政親も頷いた。


「そうですね。

 少なくとも芋粥家は、あれほどの威力を持つ兵器を、あの大箱で運んだという見世物をしてしまっております」


秀政は静かに頷いた。


「それは分かっておる。

 ゆえに――あの箱で運んだ“城を吹き飛ばす兵器”が実際に必要なのだ」


そして、秀政は言葉を区切った。


「だが、大砲である必要があるか?」


政親は目を見開いた。


「……必ずしも大砲である必要はございませぬ」


秀政は指を一本立てた。


「一つだけ、すぐに作れる兵器がある。

 それほど値も張らぬ。

 だが、手に入れることが難しく、この日ノ本で短期間で揃えられるのは、この芋粥だけだ」


長政が首を傾げた。


「何のことを指しているか、考えがつきませぬ……」


秀政は薄く笑った。


「あの松永の自害――あの時の状況を再現すればよいだけであろう。

 同じことを天王寺砦で再現したらよい」


政親は息を呑んだ。


「ま、まさか……。

 火薬を山積みしますか!?」


秀政は頷いた。


「そうだ。

 南蛮帆船で使う樽を使う。

 大樽爆弾だ。それも十樽ほどな。

 噂を消し飛ばすには、派手にやるしかない」


政親は顔をしかめた。


「義兄上、正気の沙汰ではございませぬ。

 確かに六十貫もあれば買えますが、それほどの火薬を集める方が難儀します。

 それを一度の爆発で使い切るくらいなら、鉄砲や大砲に使う方がよほど使い道があります。


 それに天守のみを吹き飛ばすならまだしも、天王寺砦を吹き飛ばすとなると、火薬だけでは足りぬのでは?」


秀政はゆっくりと首を振った。


「火薬だけでは足らぬ」


そして、指を一本立てた。


「大樽にただ火薬を詰める訳ではない。

 一工夫必要なのだ。


 南蛮の樽は丈夫ゆえ、中に“火薬以外の物”を詰め込むことで、爆ぜた時の勢いを何倍にも増すことができる。

 雷神巨砲に負けぬ破壊力を得るには、その工夫を行う」


秀政は指を折りながら説明した。


「まず、油袋だ。

 革袋に油を詰めたものを樽の中に入れる。

 爆ぜた時に油が飛び散れば、炎が一気に広がる。


 次に、松脂。

 これは火を噛む。

 爆発の勢いに乗って飛び散れば、砦の木材に張り付いてよく燃える。


 そして、乾燥した藁。

 爆発の瞬間に巻き上がり、火の粉を広く散らす役目を持つ。


 最後に――小石や鉄片。

 爆ぜた勢いで飛び散り、砦の木壁や柵を打ち壊す。

 火薬の力だけでは砦全体は崩れぬが、破片が柱や支えを折り、そこへ火が回れば、木造の曲輪は一気に崩れる」


鷺山は目を丸くした。


「つまり……火薬の爆ぜる力に、炎の広がりと、破片の衝撃を重ねることで、雷神巨砲のような破壊力を見せるわけか。」


秀政は肩をすくめた。


「大樽は大筒ほど重くはない。

 あの大箱に入れてあったとしてもそれほど痕跡は残らぬ。

 松浦が撤退時に大箱を捨てて中身だけ持ち出すことも容易だ。


 こんな無駄遣い、実際にやるとは思うまい。

 俺ですら馬鹿らしいと思う。

 だが――この期に及んでは、こういうことも必要だ」


お悠が呆れたように笑った。


「弥八様の考えることは、凡人には追いつけませんね。

 ……後は火薬の入手をどうするか、ですか?」


秀政は静かに頷いた。


「そうだ。サンパイオ商会には無理を言い続けている。

 だが、ここでは動いてもらわねばならん。


 それに見合う大きな見返りを用意せねばならんな」


その言葉を聞いた蘭が、身を乗り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なんとかするための小細工なのが、また後で牙を向くかも知れない それでも、小細工は止められそうにない
どでかいトレビュシェット作り、火薬を詰め込んだ壺を城に投げ込んで破壊したとされ、改良され雷門と名付けられた。 又、投石中に一部空中で爆発し改良され複数の◯尺玉を生み出し後に花火の起源になったともされる…
松ヤニをナパーム弾モドキにするとは、現時点西洋でも中華でも古今東西まったく無い新しい兵器爆誕だけど、信長が寄越せ教えろと言いそうですね、もしも駿河に有る臭水こと相良油田を押さえたら他の日本に有る油田と…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。