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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十四章 織田家宿老編(長宗我部知略戦編)

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第二百四十四話 宿老の査定

そして年が明けた。


天正八年正月三日、安土城・大広間。


広間には織田家の宿老たちが勢揃いしている。


織田信忠。

柴田勝家。

丹羽長秀。

明智光秀。

羽柴秀吉。

滝川一益。

佐久間信盛。

そして、芋粥秀政。


皆が緊張する中、信長が入室した。

その足音が響くと、諸将は一斉に平伏した。


信長は腰を下ろさず、平伏する宿老たちを立ったまま睨み下ろしていた。

しばらくして、厳しい口調で信長が口を開いた。


「皆、よく集まった。

 ……面を上げよ」


宿老たちが顔を上げると、皆が一斉に凍り付いた表情になる。


普段であればここから、前年の働きを信長自ら評するのが常であった。

そして最後に皆に対して今年の目標を告げるのだ。


だが、今年の信長は座にも着かず、怒りの形相で諸将を睨みつけていた。


「今年は振り返らぬ。

 其の方らは去年のこの場で、自身が掲げた目標を覚えておるか?」


誰も言葉を返せない。


「去年掲げた目標に対し、どこまで成し遂げたか、自らの口で語れ。


 権六、五郎左!

 まずはその方らからだ。


 どのような目標を掲げ、どうなった?」


柴田勝家は、信長の前で膝を正しながら、唾を飲み込んだ。


「は……!」


声が震えていた。


「去年、北陸勢として掲げました目標は――

 能登を完全に治め、越中を切り取り、上杉景勝を越後へ押し返すことでございました」


信長は無言のまま、鋭い眼光で勝家を射抜く。

勝家は冷や汗を流しながら続けた。


「しかし……謙信亡き後も上杉景勝の継承は盤石にございまして……

 越後は乱れず、景勝のもとに兵もまとまっております」


広間の空気がさらに冷えた。


「能登は押し固めました。

 しかし越中は……思ったほど崩せておりませぬ」


勝家は拳を握りしめた。


「上杉の兵は強く、越中の国人衆も景勝に従っております。

 軍を進めても押し戻され、いまだ越中へ深く食い込めませぬ。

 軍事の面では、去年掲げた目標には届きませなんだ」


勝家は深く頭を下げた。


「……以上にございます」


信長は何も言わなかった。

ただ、勝家の言葉を受け止めるように沈黙した。


その沈黙が、勝家には叱責よりも重かった。



続いて丹羽長秀が進み出た。


「はっ……!」


丹羽は勝家より冷静に見えたが、その額にはやはり汗が滲んでいた。


「それがしの目標も柴田殿と同じにございました」


丹羽は淡々と、しかし悔しさを滲ませながら続けた。


「柴田殿が主に兵を押し進め、この五郎左は調略で越中を揺さぶりました。

 しかし……調略が思うように進みませぬ」


信長の目が細くなる。

丹羽はすぐに言葉を継いだ。


「上杉景勝は、思いのほか人望が厚うございます。

 謙信の死後、国人衆は一時揺らぐかと見ておりましたが――

 景勝は即座に国人たちをまとめ上げ、越後・越中の諸士は景勝への忠義を揺るがせませぬ」


広間の空気が重く沈む。


「越中の国人衆は、景勝の統治を疑っておらず、我らが調略の糸口を掴むことができませぬでした。

 去年掲げた目標には……面目次第もございませぬが、届かぬ結果となりました」


丹羽は深く頭を下げた。


「以上にございます」



信長は二人をしばらく睨みつけたまま、何も言わなかった。

勝家も丹羽も、叱責を覚悟して身を固くしていた。


だが信長は――

怒鳴りもせず、罵りもせず、ただ静かに、冷たく言い放った。


「……上杉が強いのは分かっておる。

 それゆえに其の方らを当てておるのだ。


 期待を裏切るな。早う越中を切り取れ!」


その一言だけで、勝家と丹羽は背筋を凍らせた。


「「はは! 今年こそ必ずや越中へ食い込んでみせまする!」」


信長は続けた。


「次だ。三郎、左近」


二人は同時に膝を正し、深く頭を垂れた。

広間の空気は、まだ誰も息を吸えぬほど張り詰めていた。


「はっ……!」


信忠は静かに顔を上げた。


「武田攻めにおいて掲げました目標は――

 徳川殿に頼らず、美濃より信濃へ兵を進め、武田勝頼を追い詰め、その勢いを削ぐことでございました」


信忠は淡々と続けたが、その声には悔しさが滲んでいた。


「我らは伊那・木曽へ兵を進め、武田方の支城をいくつか落とし、勝頼の勢力を確かに削りました」


「しかし……武田は思いのほか、しぶとうございます」


広間が静まり返る。


「甲斐の虎を支えた武田の名臣たちは、乱れることなく、勝頼を支えております。

 兵も揃い、士気も高く、我らが思ったほど崩れませぬ」


信忠は深く頭を下げた。


「包囲は進みましたが、去年掲げた目標――

 勝頼の勢いを削ぎ、武田を追い詰めるという目標には届きませんでした。


 以上にございます」


続いて滝川が進み出た。


「申し上げます」


滝川は信忠よりも軍事的な視点で語った。


「去年、武田攻めとして掲げました目標は、三郎様と同じく――

 武田を南北から同時に圧迫し、勝頼を孤立させることでございました」


滝川は拳を握りしめた。


「我ら滝川勢も高遠へ兵を進め、武田方の支城をいくつか落とし、勝頼の兵を分散させることには成功いたしました。

 しかし……まだまだ武田は崩れませぬ」


滝川は苦い表情で続けた。


「勝頼は兵をよくまとめ、家臣らも忠義厚く、武田の軍は依然として強うございます。


 徳川殿が南から武田領を削っております。

 我らだけで武田領を獲るという去年掲げた目標――それには至りませぬ。

 このままでは徳川殿に武田領をむしり取られまする。


 不甲斐なきことにございます」


滝川は深く頭を下げた。


「以上にございます」


信長は二人をしばらく睨みつけたまま、何も言わない。

その沈黙が、またしても二人を苦しめる。


そして静かに、冷たく言い放つ。


「……武田は強い。

 だが、それは言い訳にはならぬ。


 あの信玄が育て上げた兵と将だ。

 一筋縄でいかぬは、当たり前ではないか。


 徳川にこれ以上、図に乗らせるな。

 必ず織田の手で武田を仕留めよ」


信忠と一益は深く頭を下げた。


「はは!」



信長の視線が秀政へ向いた。

秀政は膝を正し、深く頭を垂れた。


「はっ……!申し上げます」


静かに顔を上げる。


「去年、拙者が掲げました目標は――

 四国方面軍を新設し、長宗我部を討ち、四国を切り取ることでございました」


広間が静まり返る。

秀政は淡々と、しかし悔しさを滲ませながら続けた。


「しかし……大和で松永久秀の反乱が起こり、これを鎮めるに数ヶ月を要しました」


信長の目が細くなる。

秀政はすぐに言葉を継いだ。


「松永を討つ際、芋粥家の大筒を用い、信貴山城を消し飛ばしたことは、荒木の肝まで寒からしめ、荒木落去の一因になったと聞き及びまする。

 筑前守殿と日向守殿の攻城にも多少は資したものと存じまする」


秀吉と光秀がわずかに視線を動かす。

それを無視して秀政は深く頭を下げた。


「しかし――

 四国の地には、一兵も渡せておりませぬ」


広間の空気がさらに重く沈む。


「去年掲げた目標、“四国を切り取る”には……遠く及ばぬ結果となりました」


秀政は静かに言い切った。


「以上にございます」


信長は秀政を睨んだまま、しばらく答えなかった。

やがて、静かに口を開いた。


「……松永を討った働き、確かに見事であった」


その声は淡々としていたが、広間の空気がわずかに揺れた。


「“信貴山を吹き飛ばした”とは、よう言えたものよ。

 平蜘蛛を吹き飛ばしたのはそちのせいと見なしてもよいのだな?」


「あ、いえ。ははは……少々話を大きくし過ぎましたな」


「ふん、まぁよい。

 確かにその大筒の威は、荒木の肝を冷やし、落去の一因ともなったであろう」


秀吉と光秀の表情がわずかに濁る。

信長はそれを承知の上で、あえて深くは触れなかった。


「筑前守、日向守がやりやすうなったのは重畳であった」


その一言で、秀政の功績を認めつつも、羽柴・明智の面子を保つ“絶妙な濁し方”になっていた。


信長は続けた。


「だが――伊勢守の役目はあくまで四国討伐じゃ」


声が鋭くなる。


「松永の反乱は予想外であった。

 その鎮圧に手を取られたことは、致し方あるまい」


信長は秀政を真っ直ぐに見据えた。


「しかし伊勢守。今年は、長宗我部の力を早急に削げ。

 四国へ渡る足掛かりを必ず作れ」


信長の声は冷たく、容赦がなかった。


「今年は去年の分の遅れを取り戻せ」


秀政は深く頭を下げた。


「……はっ。身命を賭してお応えいたします」


(よし……なんとか俺は乗り切った。

 だが、秀吉はまだしも、明智や佐久間はどうなる?


 本願寺に手間取りすぎだ。

 折檻状の現実味が見えてきたか……)

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― 新着の感想 ―
史実の佐久間がこんな感じでを十年無為に本願寺を包囲?してたらまあ改易だよなー
各方面苦しい中でも明らかに佐久間だけ兵を失った形か……これはちと厳しいですね 折檻状は避けられないとしても、高野山よりマシな配置に導けると良いのですが……いっそ芋殿が一時身柄預かっちゃう? 芋殿と佐久…
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