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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十四章 織田家宿老編(長宗我部知略戦編)

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第二百四十一話 化け物の才

家康が立ち去る素振りを見せたあと、すぐに立ち止まって思い出したかのように秀政に語り掛けた。


「そうそう、伊勢殿が我らに提供していただく技術とはどのようなものがおありかな?

 それが意に沿わねば、残念ではあるがこの話はなかったことにせねばならん」


秀政は固まる。


(くっ、この古狸が!?立ち上がってからそれを言うか。

 つまり、あまり考える時間は与えんぞということだな)


秀政は内心の焦りを隠しきって、笑顔で続ける。


「もちろん、ご期待は裏切らぬ。そうですな」


少し考える振りをして、頭の中を整理する。


(この男の本性と力は先ほどの会話で十分知れた。

 半端なはったりでは見抜かれる。

 こちらもかなり踏み込んだ提案をせねば、納得せぬだろう。


 無論、向こうも欲しい物には当たりをつけているだろう。


 だが!


 俺が苦労して手に入れたものだ!

 そう簡単に渡してなるものか!)


「徳川殿、これは対等と申されましたな?」


「はい、対等の同盟です。ゆえに先ほど徳川が示した条件に見合う技術を供与頂きたい」


穏やかな表情で家康が述べるが、その言葉の意味が重い。

秀政も同盟相手に対する笑顔で応じた。


「承知した。

 では、まず我らは巨馬の種馬を供与しよう。

 来年の春には三歳になる若馬だ。

 その生涯で三河牝馬に対して数多くの仔を残せよう。


 それを十八頭、いかがかな?


 馬産の技を芋粥にも分けて頂けるなら馬を供与するのが対等であろう?」


家康は顔色一つ変えないが、すぐに返事をした。


「良いでしょう」


(すぐに乗ってきおった。これは家康にとっても当たりの提案だったようだな。

 ふふ、供与するのは伊勢牝馬とアラブ馬の混血第一世代の牡馬だ。


 俺はこんな中途半端な混血は元より種牡馬に考えておらぬ。

 去勢して軍馬として試し運用するつもりだったが、技術供与としては申し分あるまい。


 実際に価値があるのは混血牝馬よ。

 純血と組み合わせればいくらでもアラブの血を濃く出来ようからな。


 いくら三河の馬産の技が優れていようが、アラブ馬の血の濃さは敵うまいよ)


秀政も表情を変えずに続ける。


「では次ですが、そうですね。対等ゆえ、あと二つ技術を供与いたします。

 徳川殿は何がお望みか?」


(先ほどの馬で分かった。家康は目的の技術を決めてきてる。

 変な交渉は時間の無駄だ。

 奴を立ちあがらせてしまった以上、時間があまりない。


 奴から希望を聞く方が無難だろう)


家康も少しだけ笑顔を見せた。

……もちろん作り笑いだ。


「そうですね。二つですか。

 では、ガレオンの研究結果を共有していただきたい」


(いきなりガレオンか。やはり虎王丸の武威は只者ではなかったということか。

 本来ならば、これほどの軍事機密を明かすわけにはいかぬ。


 だが……俺にとってガレオンはオワコンなんだよ、家康)


「良いでしょう。提供します。

 ガレオン建造の研究は続けておりますが、実はまだまだ容易には造れぬ。

 虎王丸の技術者一人を三河に派遣し、そこで設計図の写しをお渡しし、詳細を説明させましょう。


 そして同盟が続く限りはこちらのガレオンの研究結果も共有します」


家康は少しだけ眉を浮かせたが、それすらも隠して笑顔で応じた。


「よろしく頼み申す」


おそらく、こうも簡単に秀政が応じるとは思わなかったのかもしれない。


「最後の一つは何でございますかな?」


今度は秀政が急かすように家康を促した。


「銭ですな。伊勢殿の銭の秘密を伺いたい。

 何やら金の生る木でも植えましたかな?」


(銭か。順当だな。俺がここまで金を持てるのは不思議で仕方ないだろう。


 山椒のスパイス貿易だけは隠し通さねばならん。

 だが、この古狸のことだ。

 ただの南蛮貿易だと申しても信じまい。


 うぅむ。

 これは避けたかったが……仕方ない。


 明、許せ。お前のせっかく考えたしゃぼん貿易を捨てることになる)


「銭ですか。こればかりは勘弁願いたいが……」


「……」


家康は穏やかな表情を崩さずに、しっかりと秀政の目を見つめる。


「勘弁していただけそうにないな」


(明とサンパイオ商会のロレンソには俺直々に詫びを入れねばならんな)


「なまくら刀にござる」


家康が少し驚いた顔をした。


「日本の刀は南蛮では戦に使うのではなく飾って楽しむものらしいのです。

 南蛮刀をご存知か?無粋な叩くための剣です。

 それに比べれば日本刀は美しい。


 日本では捨てられるようななまくら刀を拵えだけ立派にして、南蛮商人に渡せば宝と見なしてもらえます。

 なまくらはすぐに刃が欠け、曲がってしまいますが、南蛮刀よりは切れ味が鋭く、戦で使わねば長持ちもします。


 それをこちらが格安で提供し、南蛮の名物を、芋粥はしゃぼん(石鹸)や鉄砲を手に入れて、千種屋に高値で売らせます。

 その差益が芋粥を支える銭です」


「ほぉ、日本刀か」


「サンパイオ商会へ卸す芋粥のなまくらを止めましょう。

 俺と徳川殿の双方が刀を卸せば価値が半減する。

 ここは徳川殿との同盟を重んじて、我らが手を引く。

 代わりに徳川殿が別の南蛮商会へなまくらを卸せばよろしかろう。


 それで銭は作れまする。


 これにて条件は成立ですな?」


家康はそのまましばらく秀政を見つめていたが、再び笑顔を作った。


「はい、末永くこの同盟が続くことを願っておりますぞ」


そういうとそのまま宿舎へと戻っていった。



秀政は家康との応酬を終え、深く息を吐きながら奥の間へ向かった。

家康の影がまだ背に張り付いているようにさえ思えた。


襖を開けると、政親、お悠、長政、明、そして蘭が揃っていた。

皆、秀政の顔を見てすぐにただ事ではないと悟った。


秀政は座に着くと、家康とのやり取りを簡潔に伝えた。

言葉を選びながらも、必要な部分だけを淡々と述べる。

それだけで、家族たちは事の重大さを理解した。


政親が静かに息を吐いた。


「徳川三河守家康……噂以上の曲者でしたな」


秀政は苦笑した。


「……あぁ。すまぬが、飲まざるを得なかった。

 伊勢を失いかねんからな」


政親は深く頷いた。


「義兄上の御対応は、この場においてまさに最適と言えます」


秀政は肩を落としながらも、その目にはまだ戦場の鋭さが残っていた。


「我々にとっても損だけではない。

 とはいえ、毒を飲まされたかもしれぬ。

 今後は織田家の中での立ち位置も考えねばならん」


「はい」


政親の返事は短いが、その声には覚悟が滲んでいた。


秀政は次に、長政と明へ向き直った。


「長政、明。すまぬ。

 お前達が考えた刀としゃぼんの交易を徳川に売り渡してしもうた。

 しゃぼんの商いは諦めてくれ。

 しゃぼん交易は、明にとっても楽しみにしていたことだったのにな」


明は一瞬だけ寂しげに目を伏せたが、すぐに顔を上げて微笑んだ。


「いえ、父様。芋粥のためであれば、しゃぼんなど問題ありませぬ」


その言葉に秀政は胸が熱くなる。

だが、蘭が首を傾げた。


「父様、なぜしゃぼんを諦める必要があるのですか?」


秀政は説明した。


「ん?なまくら刀の専売は徳川に譲ったのだ。

 ロレンソも刀を扱えねば、しゃぼんを運ぶ意味を失うだろう」


蘭は静かに微笑んだ。


「しゃぼんは刀でなくとも交換できますよ?」


秀政は思わず聞き返した。


「ん?」


蘭は膝を正し、少し緊張した面持ちで口を開いた。


「実は私にはもう一つ案がございます。

 私もしゃぼんの件があってから、ロレンソ様とは時折文を交わしております」


その言葉に、この場にいる皆が目を見張った。

蘭はそれを意に介さず続ける。


「そこで知りましたが、和紙が南蛮では高い価値を持つそうです」


秀政は眉を上げた。


「和紙?」


蘭は丁寧に説明した。


「南蛮では紙は貴重品です。

 和紙は軽くて丈夫で、保存性が高い。

 経典、契約書、地図、航海日誌として使われるために、高値で取引されているそうです」


秀政は思わず身を乗り出した。


「ほぉ?」


蘭は少し照れながらも、しっかりと父を見つめて言った。


「父様が以前、仰られました。

 “ぶらんどぅ”です」


秀政の目がわずかに輝く。


蘭は続けた。


「伊勢では良い和紙は直接作れませぬが、美濃和紙を運び入れ、柿渋で張り合わせて加工するのです。

 伊勢で柿渋、染色、装飾の加工を行った和紙を“伊勢和紙ぶらんどぅ”として南蛮に売れば如何でしょうか?


 なまくら刀よりももっと価値が出て、しゃぼんも沢山仕入れて頂けるやもしれませぬ」


秀政や政親だけでなく、お悠や明でさえも言葉を失った。

秀政はしばらく蘭を見つめたまま固まっていたが、やがて深く息を吐いた。


「こ、これは……。

 蘭の商才は義父殿やお悠譲りかもしれんな。

 千種屋は安泰だ……」


蘭はさらに続ける。


「柿渋で加工した耐水和紙、伊勢型紙を応用した文様入り和紙、航海日誌用の耐久和紙――

 ロレンソ様が欲しがる和紙は山ほどあります。

 全て伊勢で作れるのです」


秀政は思わず笑った。


「蘭、お前って奴は……!

 うむ、それで動こう!」


蘭は驚きに目を丸くした。

秀政は力強く言った。


「ロレンソとの交渉は今後のことも考え、蘭、お前がやれ。

 これはお前の初めての事業だ」


蘭は胸に手を当て、震える声で答えた。


「は、はい!」


その声には、芋粥を支える“化け物の才”が、確かに宿っていた。

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― 新着の感想 ―
儲け話しを家康に開示したら、自分達が使えなくなる? 意味がわからないんだが。 何で儲けてるのかを伝えることと、 それを使わないことは同義ではないよね?
史実通りの本能寺なら家康の伊賀越えって、芋粥しだいだな
家康君…ガレオン船所持しても「大砲・火薬・ガレオン船の整備費」で首回らなく成りそうやな、芋粥君の石高でガレオン持ってるからとか思ってそうやけど なまくら刀も大量に売りに出せば値崩れして二束三文っと… …
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