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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十四章 織田家宿老編(長宗我部知略戦編)

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第二百三十八話 有岡城落去

摂津・有岡城。

信貴山城の天守が吹き飛んだこと自体は、信頼のおける複数の筋から裏付けられていた。

それが雷神巨砲という噂に関しても確たる信ぴょう性を持たせてしまった。


「雷神巨砲は城を一撃で吹き飛ばす」

「芋粥軍は雷神巨砲を連れて有岡に向かっている」

「巨大な台車が摂津を震わせて進んでいる」


そんな噂が、城兵の間を駆け巡っていた。


有岡城本丸で軍議に臨む荒木村重の顔色は、日に日に悪くなっていた。


「……雷神巨砲が近づいておると申すか」


重臣の一人が静かに頷いた。


「はい。

 それに呼応して明智が攻城準備を始めたとの報せもございます。

 城外に放った者らから、巨大な台車を見たと……」


村重は唇を噛んだ。

噂に聞いた松永弾正の最期は、彼の心に深い影を落としていた。


「……明智が攻め支度を始めたか。

 ならば、芋粥もすぐに来るな」


重臣たちは沈黙した。

誰も「戦える」とは言わなかった。

士気は底まで落ちていた。


村重は立ち上がり、軍議の場を歩いた。

その足取りは重く、迷いが滲んでいた。


「……援軍を呼びに行く。

 しばし城を頼む」


重臣たちは顔を上げた。


「殿……まさか……」


村重は振り返らなかった。


「心配するな。

 家族は……ここに置いていく。

 必ずすぐに戻る。

 すぐにだ」


その声は震えていた。

誰もが疑っていた。

村重には、最初から戻るつもりがないのではないかと。


家族を連れての城落ちは難しい。

それは戦国の常識だった。


村重はわずかな側近だけを連れ、夜陰に紛れて城を出た。

有岡城の者たちは、その背を誰も止められなかった。



明智光秀は攻城準備を整えた。

梯子、盾、火矢、攻城具――

本願寺攻めで停滞していた光秀の兵たちは、久々の実戦に沸き立っていた。


「殿、荒木勢に動きはありません。

 ですが、先日の夜、数名の者が城を抜け出しております。

 まだ裏は取れておりませぬが、その中に村重本人がいたとの報せもございます」


秀満の報告に、光秀は厳しい目を向ける。


「逃げたか……。荒木も曲者だ。

 通常ならば偽計を疑うが、あの巨砲が背景にある。

 荒木でなくとも、逃げたくなろう。


 ならば攻める。

 芋粥が来る前に、有岡を落とすぞ。


 巨砲など関係ない。

 我らが猛攻を加えたゆえに、有岡は落ちるのだ!」


光秀の声は鋭かった。

功名への渇望が、その言葉に滲んでいた。


しかし――

攻城の準備が整ったその時、有岡城から白旗が掲げられた。


「殿!

 有岡城より降伏の使者が!」


秀満の声に、光秀は目を見開いた。


「……一戦も交えずに降伏を受け入れるな。

 それでは全てが芋粥の功となる


 使者を陣へ入れるな。力攻めせよ!


 我らは攻城で混乱しておる。荒木勢の投降の意志に気づけなかった。

 違うか?」


「はい。違いませぬ。

 降伏の使者には気づいておりませぬ」


秀満は諸将へ向き直った。


「全軍、力攻めに移れ!」


光秀はしばし沈黙した。

やがて、静かに息を吐いた。


「……我ながら、愚かなことをしておる」


明智軍が力攻めを開始した。

明智の力攻めを見ると、羽柴勢も遅れてはならぬと攻城に加わった。


羽柴もまた、自らの目の前で有岡攻略の功を秀政に奪われるつもりはなかった。

両軍が一当てし、城方が改めて降伏を申し出ると、織田勢は即座に攻撃を止めた。

欲しかったのは有岡城兵の首ではない。羽柴・明智軍が力攻めによって城を屈服させたという、揺るがぬ軍功だった。


村重が逃げた後、有岡城に残されたのは妻・だしと子らだった。


信長は激怒した。

荒木村重の裏切りは、織田家中でも最悪の背信と見なされた。


そして信長は、城内に残された村重の妻・だしと子らの処刑を命じた。


「信長様の御命により、荒木家の者は皆、誅された」


その報せは摂津を駆け巡り、雷神巨砲の噂以上に摂津の者たちを震え上がらせた。


だが、村重は逃げ延びた。

有岡城は落ち、荒木村重の反乱は事実上終わった。


そして――芋粥家の雷神巨砲は、到着する前にその役目を終えていた。


有岡へ向かう街道。

雷神巨砲の台車を曳く馬が汗を飛ばしながら進む中、秀政たち諸将は先頭で馬を進めていた。


そこへ、道端の林から一人の忍びが姿を現した。

砂埃をまとい、息を切らしながら秀政の前に膝をつく。


「羽柴様、明智様が――有岡城を落としました」


秀政は手綱を軽く引き、馬を止めた。

そして驚くより先に、どのように有岡を落としたのかを考えた。


「ほぉ? 早いな」


忍びは深く頭を下げた。


「どうやら雷神巨砲に恐れをなして、荒木村重が有岡城から落去したようです。

 そのため、難なく攻め落としたとのこと」


秀政は短く息を吐いた。


「そうか……」


その背後で、鷺山利玄が馬上から身を乗り出した。


「なに!?

 これでは芋粥の功を奪われたようなものではないか!」


声には怒りと悔しさが混じっていた。

雷神巨砲の噂を広めたのは自分だ。

その成果を見届ける前に城が落ちたことが、どうにも納得できない。


秀政は振り返り、鷺山を軽く睨んだ。


「そう文句を言うな。

 織田にとっても、芋粥にとっても、有岡が落ちてくれれば助かる話だ。

 それに、功に関しては問題ない」


鷺山は目を丸くした。


「問題……ない?」


そこへ政親が馬を寄せた。

いつもの冷静な声音で言う。


「うむ、義兄上の言う通りだ。

 我々は此度、事前に雷神巨砲の話を大殿に直接刷り込んである」


鷺山は目を見開き、政親はそのまま続けた。


「世間が羽柴、明智の功と思っていようが、大殿だけは“芋粥が蒔いた種が実を結んだ”と捉えてくださる。

 これは我らの功だ。最終的に功を認めるのは大殿だからな」


鷺山はゆっくりと頷いた。


「なるほど……。

 つまり、雷神巨砲の噂が荒木を逃がし、有岡を落とした――

 その因果を大殿は芋粥の功と見てくださる、と」


政親は微笑んだ。


「そういうことだ」


秀政は手綱を握り直し、声を張った。


「よし、今後の話をするぞ。

 ここに陣を張れ。

 皆を集めよ」


そもそも雷神巨砲など存在しない。

それでも戦わずに有岡が落ちたのだから、芋粥にとっては当初から最も望んでいた結果である。


芋粥家の“偽計”は、確かに実を結んだ。



街道脇に設けた仮陣へ、芋粥家の諸将が集まった。

そこには松浦や関親子も含まれる。


秀政が皆の顔を見回した後、はっきりとした口調で述べ始めた。


「さて、皆の者。

 有岡城は落ちた。これは芋粥の雷神巨砲の偽計が効いたに他ならない。

 我らの功は大きいぞ。


 大和に続いて、有岡城だ。

 次は淡路島を獲る」


諸将の表情に、再び覇気が戻った。


「だがな、間もなく十二月になる。


 さて、伊勢に帰ろう」


彼らの覇気が一気に霧散した。


鷺山が代表して問い返した。


「は?淡路島は?」


「正月くらい、家族と過ごしたいではないか。

 良いから帰るぞ!」


皆が目を丸くする。


「淡路島の攻略は来年の二月に再開する。

 兵たちも家族と年越ししたいだろう」


長政と鷺山が顔を合わせて、すぐに困惑した顔で長政が問い返す。


「それはそうですが……よろしいのですか?」


「よろしいも何も、四国方面軍“軍団長”は俺だ。

 誰に憚る必要がある。


 松浦殿、関殿、二月再び参集願おう。

 岸和田城も借りるぞ」


「は、はい」


松浦と関親子も困惑したまま返事をした。


秀政は表情を緩めたまま、皆に告げる。


「言ったであろう。一領具足の弱みは農繁期だ。

 次の戦はそこだ。

 今年の芋粥は他の宿老に負けぬ働きをしている。


 馬車馬のように働く必要もあるまい」


政親がついに笑みをこぼす。


「ふ、義兄上らしい。

 澪姫に会いたいだけでしょうが」


秀政は真面目な顔で、そしてほんの少しふざけた目つきで返した。


「そんなことはないぞ。

 俺は最適な軍略を考えてのことだ。


 政親、お前は殿に伝える言い訳を考えろ」


「大殿への言い訳?」


「万が一、殿から急げと言われても断るための“伊勢に戻る必然性”のことだ」


「また、面倒くさいことを押し付けて」


「屁理屈を考えるのは、お前が得意ではないか。

 頼んだぞ」


「はぁ……」


大きなため息を吐く政親を無視して、秀政が改めて皆に命じた。


「さぁ、帰ろう」


ようやく諸将の顔にも安堵の笑顔が戻った。


「「は!」」



有岡城落城の報を受け、佐久間勢は好機と見て本願寺への攻勢を強めた。


だが、雷神巨砲の噂は当然本願寺側にも伝わっていた。

最大限の警戒をしていた下間頼廉も、有岡落城に伴い、危険を承知で攻勢へ転じた。


信貴山、有岡、続く織田の優勢を覆し、国人たちを繋ぎとめようとしたのだ。


明智勢と合流するまでの間隙を突き、下間頼廉が佐久間勢に襲いかかった。

元来の戦上手である頼廉によって、佐久間勢は翻弄され、各個撃破の様相を呈した。


当の明智も有岡攻略の功を信長に認めさせることを優先していたため、佐久間との合流には遅れが生じた。

戦の後処理は必要なものであり、必ずしも功を示すことだけが原因ではない。

結果、佐久間は五百余の被害を出すほど大敗し、焦った明智によって佐久間の勇み足として信長への報告が行われた。


近畿の情勢は再び仕切りなおす必然性が生じ、計らずも芋粥の伊勢帰国は当然の処置に思われた。

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― 新着の感想 ―
おや、ただ帰るだけ? せっかくなら芋粥が四国へ侵攻するという噂は流さないのだろうか。 噂を流しておけば勝手に警戒して疲弊してくれるだろうに 本拠地を砲撃するだの川之江を占領するだの噂を流せば経済面もガ…
佐久間はダメでしたか……明智の尻拭いを押し付けられた形とは言えそれが信長に通じるかどうか… 通じたら通じたで明智が信長に睨まれるだろうし不穏の種が尽きませんね 最古参の家臣だし信長も佐久間を何とかし…
あらあら、光秀さんやっちゃったなぁ。 直接の原因ではないけど、本能寺の遠因として出世争いでの焦りがあったのでは?って説もありますからねー。 本能寺フラグはバッチリ、黒田官兵衛が芋粥家臣フラグはポッキリ…
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