表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十四章 織田家宿老編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

237/243

第二百三十三話 華の散り際

天守の奥――宝物の間は、外の喧騒とは別世界だった。

だがその静寂は、迫り来る死を一層際立たせていた。


階段の方からは、甲冑の擦れる音、兵の怒号、槍が壁に当たる乾いた衝撃が届く。

そして久通が斬り結んで果てた直後の、血の匂いが漂ってくる。


「押し上がれ!! 天守は目前だ!!」


「松永を逃すな!!」


「名物を確保せよ。大殿様のご命令だ!」


鷺山と長政の声が、天守全体に響いていた。


久秀は名物を一つずつ抱え、平蜘蛛の周りへ並べていった。


「……よい。これで揃った」


久秀は平蜘蛛の蓋を開け、火薬袋の中身を流し込んだ。

火薬が釜へ落ちる音だけが響いた。


ザラ……ザラ……


「平蜘蛛よ。

 お前と散るのなら、悪くはない」


久秀は袋を空にすると、次の袋を開けてさらに詰め込んだ。

火薬の匂いが部屋に満ちていく。


階段の方から、兵の叫びが近づく。


「敵だ! 天守に松永弾正がいるぞ!!」


「急げ! 久通を討ち取った!!」


「名物を探せ!傷一つ付けるな!」


久秀は平蜘蛛の蓋を閉じると、部屋の入口へ向かった。

そこに火薬袋を積み上げ始めた。


一袋、二袋、三袋――

積み上げた袋にゆっくりと刀で切り口を入れる。

そこから火薬が部屋の床へ流れ出た。

袋の山が入口を塞ぎ、踏み込めば火薬が散乱するように配置した。


「よし……これでよい」


久秀は平蜘蛛の前へ戻り、名物を傍らに並べて座った。


階段の下から、兵の足音が迫る。

平蜘蛛をはじめとした名物に一度目をやると、久秀は静かに目を閉じた。


「お前達が儂の黄泉路の供だ。

 地獄においても、愛で続けてやろうぞ」


兵の影が入口の火薬袋の向こうに現れた。


「松永弾正! そこまでだ!!」


「ま、待て!?この匂いは?」


「退け、退けぇ!炸裂するぞ!」


芋粥の兵たちが一斉に宝物の間から距離を取った。

久秀はゆっくりと立ち上がり、火薬袋の山越しに、外の兵へ向けて声を張った。


「儂と共に地獄の旅路に出たい者は踏み込んで参れ!」


芋粥兵は壁に隠れて様子を見守るしかできなかった。

久秀は窓際に立つと、芋粥軍本陣に向けて、張り裂けんばかりの声を上げた。


「芋粥伊勢守――聞こえておるか!」


天守奥から響く声は、怒号にも足音にも負けぬほど強く、澄んでおり、秀政たちの耳にもわずかに届いた。


「儂は松永弾正久秀!

 乱世を駆け抜け、策を巡らし、人を欺き、人に欺かれ、それでも己の道を歩んできた男よ!」


兵たちが動きを止めた。

その声は、天守全体に響き渡った。


「お前の大筒は見事だ!

 儂の城を砕き、儂の策を破り、儂の夢をも踏みにじった!」


久秀は平蜘蛛の縁を撫でた。


「だが――お前は全てを成したわけではないぞ!

 この名物だけは、渡さぬ!」


声が天守を震わせた。


「わしは織田に屈せぬ!

 芋粥にも屈せぬ!

 誰にも奪われぬ!」


久秀は燭台の蝋燭を掴んだ。


「乱世の華は……散る時こそ美しいものよ!!」


火薬袋へ火を入れた。

その瞬間――天守が白く光った。



バァァーーーーーンッ!



山が揺れた。

大砲の火花が児戯に見えるほどの爆発が、幾人かの芋粥兵をも巻き込んで、信貴山城の天守を吹き飛ばした。

瓦が空へ舞い、黒煙が渦を巻き、名物の破片が火花のように散った。


爆風が本陣まで押し寄せ、芋粥兵が地面へ叩きつけられる。


政親は咄嗟に腕で顔を覆った。


「な、なんだこれは……!」


綾芽は息を呑み、爆風に押されて後ろへよろめいた。


「天守が……爆ぜた……!」


明は声にならない声を漏らし、炎の柱を見上げた。


「こんな……こんな最期が……!

 長政様、鷺山様はご無事で?!」


天守の上階は完全に消え、炎と黒煙だけが夜空へ伸びていた。


瓦礫が雨のように降り注ぎ、火の粉が本丸の石畳に散る。


兵たちは混乱し、誰もがその光景に目を奪われた。


その中で――秀政だけは、瞬き一つせずに天守を見つめていた。


爆風にも動じず、炎にも怯まず、ただ静かに、崩れゆく天守を見届けていた。


政親が叫ぶ。


「義兄上!

 危険です、下がってくだされ!」


秀政は動かなかった。


炎の柱が夜空を裂き、瓦礫が落ち続ける中で、秀政はただ一言、静かに呟いた。


「……お見事」


その声は、爆裂の轟音にも負けず、政親・綾芽・明の耳に確かに届いた。


松永弾正久秀の最期を、秀政は武将として、同じ乱世を生きる者として、確かに見届けた。

まるでこの結末を予期していたかのような秀政の横顔に、政親はただその姿を見つめるしかなかった。



やがて、政親が我に返った。


「義兄上……!

 大殿より回収を命じられた名物……平蜘蛛をはじめ、宝物の間は……!」


綾芽も慌てて声を上げる。


「長政様と玄蕃様は!?

 あの爆発に巻き込まれては……!」


明も続いた。


「父様、あの二人は……!」


秀政はようやく我に返って視線を天守から外した。


「……そうだ。

 あの二人は無事か?!」


声に焦りが滲んだ。

秀政はすぐに兵へ命じた。


「捜索隊を出せ!

 長政と鷺山を最優先で探せ!」


兵たちが走り出す。

瓦礫の雨がまだ落ち続ける中、芋粥兵が天守跡へ駆け上がった。


ほどなくして――二人の影が炎の向こうから現れた。


「殿!」


鷺山が駆け寄り、長政も肩で息をしながら続いた。


秀政が安堵の声を漏らす。


「無事か……!」


鷺山は首を振った。


「五名ほど、様子をうかがっていた鬼兵が巻き込まれました。

 ですが、ほとんどは無事です」


長政も続けた。


「天守の上階は完全に吹き飛びました。

 宝物の間も……あの有様では……」


鷺山は秀政を見て、静かに告げた。


「名物は宝物の間ごとあのざま。

 もはや欠片すら残っていまい」


秀政は二人の顔を見て、深く息を吐いた。


「いや、……お前たちが無事でよかった」


その声は、爆裂の余韻の中で妙に静かだった。


秀政は続けた。


「こうなる予感がしていた。

 お前たちを突入させなければ良かった。

 すまぬ……五名の命を失わせてしまった」


長政は首を振った。


「いえ、義父上は間違っておりませぬ。

 あのような最期を遂げようとは、誰も思いもよりませぬ」


鷺山も頷いた。


「松永弾正の最期……

 あれは、武士としての覚悟そのものでした」


(いや、俺にはわかっていた。

 だが、それでも歴史が変わることを期待していたのやもしれん)


政親が秀政へ向き直る。


「さて、松永の仕置きは済ませましたが……

 名物は失われました。

 大殿にはどう報告されますか?」


秀政は天守跡を見つめたまま、静かに答えた。


「どうも何も、正直に話すさ。

 あれが失われるのは……運命だったのよ」


炎の柱が夜空を照らし、瓦礫の山が赤く染まっていた。


秀政はその光景を見つめながら、誰にも聞こえぬほどの声で呟いた。


「乱世の華か……」


(この有名なシーンを目の前で見ることになるとは……な。

 松永弾正、美しき乱世の華よ。見事だった)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
天下人三好パワーで成り上がった人なんで 後ろ盾がいなくなればこうなるのも世の流れですよね でも芋粥って名前が出る毎にじわる、味わい深い
き、貴重な文化財がぁ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ