第二百三十一話 信貴山崩壊
八月十二日、サンパイオ商会から上質の南蛮大砲が届いた。
城攻めに用いると伝えていたため、カノン砲三門とカルバリン砲三門を用意していた。
遅れた詫びとしてロレンソは南蛮人の砲手も連れてきていた。
南蛮砲手が秀政たちを前にして、大型の大砲を掌で叩き、何やら告げる。
その言葉を通訳が秀政たちへ伝えた。
「我らはいつでも砲撃できます。
こちらのカノン砲は砲弾も大きく反動も大きいですが、一撃が非常に重いです。
城壁、曲輪、石垣、どんなものでも粉砕します」
南蛮砲手が続いて軽量の大砲を撫でながら告げた。
「こちらのカルバリン砲は脆い部分を貫通したり、城内の構造物を狙い撃つのに適しております。
櫓や物見、カノン砲で粉砕した壁を狙い撃ってさらに広げるのに最適です」
「うむ。任せる。南蛮砲撃、見せてもらおう。
政親、黒鬼兵にも邪魔にならぬよう見学させよ」
「はい」
「それで、具体的にはどう撃つ?
見る限り、カルバリン砲の弾の方が多いようだが」
秀政が砲弾を見てから、南蛮砲手に向けて問いかけた。
通訳と砲手が何やら会話した後で再び通訳が秀政に告げた。
「はい。まずはカノン砲とカルバリン砲を一門ずつ組み合わせ、三列に分けます。
撃つ列、冷却する列、装填する列を順に入れ替えます。
こうすることで“三段砲撃”が成立します。
まずカノン砲は城壁や曲輪の壁、城門を粉砕します。
カルバリン砲は各種櫓を狙い撃って破壊します」
「ほぉ、城自体を崩壊させつつ、物見やぐらも早々に吹き飛ばすわけか」
「はい。そしてカノン砲は五発ずつ撃てば十分でしょう。
城壁は崩れ、城門は人が通れるほど穴が開くでしょう。
曲輪の壁も崩れて兵が通ります。
残りの六十発はカルバリン砲のみで一斉に撃ちます。
カルバリン砲は冷却が速いため、一段撃ちでもそれほど時間はかかりませぬ。
そして、この時点で敵は大混乱しておりましょうな。
後はカルバリン砲で残りの櫓や崩れかけた城壁、曲輪、あるいは兵そのものを狙い撃ちして止めを刺します。
九十発全弾を撃ち切った頃には城として機能しておらぬでしょう」
「城攻めのやり方が変わりそうですね」
政親が呟いたが、大砲を見つめたまま秀政がそれに答えた。
「いや、何事にも対策がある。
これが通じるのは初見だけだ。
筒井城は隠し通せたが、信貴山城は隠せまい。
相手が松永なので仏罰も信ぴょう性が高いが、さすがに二度は都合が良すぎる。
芋粥が大砲を使うことは筒抜けになるさ。
三度目に同じことをしようとしたら、動けぬ砲兵は真っ先に狙われるだろうよ」
「確かにそうかもしれませぬな……。
ところで義兄上。
茶釜はどうされるので?
大殿より平蜘蛛は確保するように命じられておりますな?」
思い出したかのように秀政が返した。
「あぁ、そうだったな。
だが、無駄だ。弾け飛ぶよ」
「いえ、天守には当てぬように無力化すれば、あの松永殿も城を砕かれて降るのでは?」
「そうだな、そうしてくれると嬉しいが……。
良かろう。天守は狙うな」
(残念だが弾け飛ぶと言ったのは砲撃によるものではない。
俺の予感が正しければ……平蜘蛛は松永弾正と共に爆発するのさ)
「よし、決行は三日後の日没後だ。
それまでに砲兵どもは準備と休憩をしておけ」
*
砲撃戦までの間、秀政は悪あがきのように松永弾正に向けて開城勧告を繰り返した。
(これで平蜘蛛が守れなくても、致し方ないと言えるかな。
素直に降ってくれるなら良いのだが、まだまだ松永は諦める状況でもない)
秀政の予想通り、松永は一切降ろうともせず、ついに砲撃の日を迎えた。
*
八月十五日、日没。
信貴山城の山影が赤く染まり、蝉の声が途絶えた頃――
芋粥軍の砲兵隊は静かに陣を敷いた。
三段構成。
前列・中列・後列に、
カノン砲とカルバリン砲が一門ずつ並ぶ。
南蛮砲手が合図を送る。
秀政が短く頷いた。
「――撃て」
ドォンッ!!
山が揺れた。
信貴山城の曲輪の壁に巨大な火花が散り、
石垣が一瞬で粉砕される。
続いてカルバリン砲が火を噴く。
パァンッ!
細身の砲弾が崩れかけた壁の隙間を貫き、
奥の櫓の柱を折り砕いた。
櫓の灯が一つ、闇に落ちる。
城内の兵が叫び声を上げた。
「な、何だ!? 雷か!? 地震か!?」
「南蛮砲だ! 南蛮砲が来たぞ!」
だが砲撃は止まらない。
*
前列が撃つ。
中列が装填し、後列が冷却する。
役目を入れ替えながら、次々と砲撃を続けていく。
ドォンッ!!
曲輪の壁が大きく崩れ、
石が滝のように流れ落ちた。
カルバリン砲がその穴を狙い撃つ。
パァンッ!
櫓の屋根が吹き飛び、
物見台が崩れ落ちる。
後列が続く。
ドォンッ!!
城門の上部が砕け、
門扉の片側が外れた。
城内の兵は混乱した。
「門が……門が崩れたぞ!」
「櫓が全部やられている! 物見ができぬ!」
「敵はどこだ!? どこから撃っている!」
*
南蛮砲手の言葉通り、カノン砲は五発ずつで十分だった。
カノン砲の十五発目が本丸門を直撃した瞬間――門は音を立てて崩れ落ちた。
門前の石畳に瓦礫が散らばり、兵たちはその場で膝をついた。
「……もう守れぬ……」
曲輪の壁は大きく崩れ、本丸へ続く道が一直線に開けている。
主だった櫓は沈黙し、物見もほとんど機能していない。
信貴山城は全壊こそ免れたが、半壊――防御機能は完全に失われていた。
それでも秀政は砲撃を止めなかった。
これから突撃する芋粥兵の犠牲を一人でも減らすため、城兵が集結できる場所を徹底的に潰す必要があった。
*
カノン砲は冷却へ回り、カルバリン砲が三門並んで連続射撃を開始した。
パァンッ! パァンッ! パァンッ!
細身の砲弾が次々と城内を貫き、崩れかけた壁をさらに広げ、兵の集結を許さない。
城内の兵は逃げ惑い、指揮は完全に崩壊した。
「どこへ逃げれば……!」
「本丸へ戻れ! 本丸へ――!」
「無理だ! 道が砲撃で塞がれている!」
砲撃は止まらない。
兵の密集する一角へ着弾すると、人が吹き飛び、そのまま動かなくなった。
信貴山城は、もはや“城”としての形を保てていなかった。
それでもカルバリン砲が火を噴き続けた。
*
九十発を撃ち尽くし、ようやく砲撃が止まった。
秀政は静かに息を吐いた。
「……よし。砲撃止め。最後の仕上げに行くぞ」
夜の静寂が戻った。
だが、信貴山城はもう追い詰められて、弱り切った獣のようだった。
秀政は鷺山と長政を呼んだ。
「鷺山、長政」
二人が膝をつく。
「――突撃せよ」
鷺山の目が燃える。
「承知!」
長政は槍を握りしめた。
「本丸まで一直線……行けます!」
秀政は頷いた。
「城門は崩れた。曲輪の壁も落ちた。櫓は沈黙している。
城兵の戦意も、もはや残ってはおるまい。
今なら本丸まで一気に駆け上がれる。
松永弾正を追い詰めろ」
鷺山と長政は立ち上がり、
兵たちに向けて声を張り上げた。
「――突撃ッ!!」
「本丸へ駆け上がれ!!」
兵たちが一斉に走り出す。
砲煙の残る城門を越え、
崩れた曲輪を踏み越え、
信貴山城の本丸へ向けて突撃した。
その先に――松永弾正の“壮絶な最期”が待っていることを、秀政以外はまだ誰も知らなかった。




