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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十四章 織田家宿老編

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第二百二十四話 見習い惣奉行

二月半ばになろうとしていた。

鈴鹿の空気はまだ冬の冷たさを残していたが、館の中には新体制が動き始めた熱気が満ちていた。


その朝、長政が秀政のもとを訪れた。


「義父上、政務に関しては新体制が整いました。

 では、四国攻めの軍団はどのようになさいますか?」


秀政は文机の上に置かれた地図から目を離し、

ゆっくりと長政へ視線を向けた。


「うむ、まだ深くは考えておらぬが……

 先の本願寺攻めと同じ編成で良い。

 一万も連れて行けば十分だろう」


長政は静かに頷いた。

その頷きには、秀政の判断への信頼が滲んでいる。


「いつ頃出陣を?」


秀政は少しだけ笑みを浮かべた。


「一領具足は農期には動けぬ。

 ゆえに、我らも今年は多少米の収穫が減ろうとも……

 あえて農期に四国に渡り、拠点となる一城を得るというのも策だな」


地図の上に置かれた秀政の指が、伊予と讃岐の境目をなぞる。


「となると三月半ばには出陣する」


長政はその指の動きを見つめながら言った。


「なるほど……当家は確かに常備兵が強うございます。

 兵農分離ができていない長宗我部家の弱点を突けましょう」


秀政は軽く頷いた。

その表情には、すでに戦の先を見据える者の静かな自信があった。


「まぁ、もう一つ待っているものがある。

 殿からのお達しなのだが、もうすぐのはずだ」


「大殿様から?」


長政が言ったその瞬間、廊下の向こうから足音が響いた。

織田家の急使が、息を切らしながらこちらへ向かってくる。


秀政は立ち上がり、襖の方へ視線を向けた。


「噂をすればだ」


急使は深く頭を下げ、信長からの文を恭しく差し出した。


秀政はそれを受け取り、封を切ると静かに読み進めた。

その表情がわずかに引き締まる。

読み終えると、秀政は使いに向かって短く告げた。


「承知しました。三月半ばには出陣致しまする」


急使は満足げに頷き、そのまま踵を返して去っていった。

長政が秀政へ視線を向ける。


「大殿様は何と?」


秀政は文を長政へ差し出した。


「正式な軍団編成のお達しだ。

 俺の四国遠征軍団の副将として、与力大名が当てられた」


長政は文を受け取り、その内容を読み進めるにつれ、目の奥に戦場の光が宿っていった。


『上意。


 伊勢守秀政、

 四国攻伐之儀、其方を軍奉行として差遣すべく候。


 一、

 関盛信・一政父子を与力として付属せしめ、

 陸路の軍勢、悉く其方指揮に属すべし。


 一、

 和泉国岸和田之城、松浦肥後守信俊を与力として付属せしむ。

 海路・兵粮・舟手之儀、悉く肥後守に任せ、

 其方軍勢と相備え、四国渡海の拠点と為すべし。


 右二名、

 皆独立の大名にて候へども、

 今回の軍役に限り、其方軍令に随うべき旨、

 既に申し含め置き候。


 四国之地、長宗我部未だ驕慢にして、

 諸国の乱端、猶止まず。

 其方、軍勢を率い、

 伊予・讃岐・阿波の境目を鎮定し、

 時を見て土佐へ兵を進むべし。


 此度の軍、

 其方を以て総大将と定め置き候。

 怠慢無きよう、心懸けあるべし』


長政は文を読み終えるとゆっくりと息を吐き、戦を見据える目で秀政を見つめた。


「与力大名は関殿親子と、岸和田の松浦殿ですか」


秀政は頷き、文机の上に広げた地図へ視線を落とした。

伊勢から摂津、そして海を隔てた四国へ――その道筋が、

まるで一本の太い線のように秀政の脳裏に浮かんでいる。


「四国攻めの拠点として岸和田城を貸してもらえるのはありがたいな。

 海城ゆえ、兵も物資も集まりやすい。虎王丸との連携も容易だ」


長政は地図の岸和田の位置を指でなぞりながら問う。


「副将となられる関殿はどのようなお方で?」


秀政は少しだけ表情を引き締めた。

戦場で共に立つ者を語るときの、重みのある声音だ。


「父親の盛信殿は剛毅、実直にして忠義厚い人物だ。

 融通は利かない所があるが、裏切らない。

 いわゆる武断派の国人大名だな。

 堅実な押しつぶす戦法を得意とし、場が整えば確実に勝利できる――

 信頼に値する将だ」


長政は深く頷いた。

その頷きは、盛信の戦ぶりを想像し、その堅実さを評価する頷きだった。


秀政は続けた。


「その息子の一政殿は、盛信殿よりは柔軟だ。

 だが父の血を引き、武勇にも優れる。

 水軍にも興味があるようだ。

 若いだけにまだまだ伸びる余地のある将と言えよう」


長政はわずかに笑みを浮かべた。


「それは心強い限りですな。

 では松浦殿は?」


秀政は地図の岸和田に指を置いたまま、静かに言った。


「理知的、冷静。海運に長けた商人系の武将だ。

 海戦、湾口管理、兵站に強い。

 我が芋粥家とは相性が良いかもしれんな」


秀政は指を離し、軽く肩をすくめた。


「何しろ居城の岸和田城を貸してくれるのだ。

 仲良くしなければならん」


長政は笑った。


「松浦殿がおられれば、明の兵站にも手助けしていただけそうですね」


秀政も笑みを返した。


「そうだな。陸の関殿、海の松浦殿。

 悪くないな」


秀政は文を軽く叩きながら続けた。


「ただ、それほど大きな領地は持っておらん。

 関殿は四百、松浦殿は七百――

 兵を出してもらえれば御の字よ」


長政は静かに頷いた。


「主力は芋粥ということですね」


秀政は地図を見つめながら、

その視線の奥に四国の山々を思い描いた。


「そうなるな。

 だが、居てくれるだけで取れる手が増える。

 十分に働いてもらおう」


四国遠征軍団の骨格が固まった。


「長政、今より関殿と松浦殿に文を出す。

 話した通りだ。三月中旬には発つ。


 四月には岸和田城だ」


「は、三日後に政親殿、鷺山殿を呼び寄せて軍議を開催しましょう。

 手配いたします」


「うむ、頼むぞ。

 芋粥の躍進の始まりだ」



翌朝、お悠は珍しく松丸だけを呼んだ。


「松丸。今日は母と一緒に外へ出ましょう」


松丸は目を丸くした。


「母上と……外へ?

 俺、何かしたのか?」


お悠はくすりと笑った。


「いいえ。

 あなたは見習い惣奉行でしょう?

 惣奉行は文字を見るだけでは務まらないの。

 今日は現場を見せるわ」


松丸は胸が高鳴った。

母に仕事を任される――それだけで嬉しかった。



白鬼兵に守られながら、お悠と松丸は白子湊に到着した。

普段松丸はこの辺りにもよく遊びに来る。


だが、お悠は松丸を連れて湊の奥へと歩いていく。

普段は柵で閉ざされ、遊びでは入れない区画だ。


「母上……ここ、入っていいのか?

 俺、いつもここで止められるぞ」


お悠は静かに頷いた。


「今日は特別よ。

 今日は遊びではなくて惣奉行のお仕事ですから」


「そ、そうだな!

 今日の俺は奉行だった!」


柵の向こうには、松丸が見たことのない光景が広がっていた。


鉄で補強された船腹を持つ巨大な軍船。

兵糧を積むための倉庫。


船大工が槌を打ち、火花が散る。


松丸は思わず息を呑んだ。


「母上……ここ、すごい……

 俺、こんな船、見たことない」


お悠は静かに言った。


「ここは芋粥家の軍港よ。

 父上が四国へ渡る時、使う船。

 兵も米も鉄も、すべてここから出るの」


松丸は船を見つめ、胸が熱くなる。


「……父上の戦は、ここから始まるんだな」


次の商業区画に入る。

商人たちが帳簿を広げ、値段を叫び、役人が取引を監督する。

荷が次々と運ばれ、船が出る準備をしている。


「す、すごい」


その熱気に松丸が感嘆の声を上げる。


「商いは国の血流。

 ここが止まれば、父上の兵も動かない。

 米も鉄も布も、すべてここから流れるの」


松丸は商人たちのやり取りを見つめる。

その一つ一つが四国方面軍を支え、国さえも動かしていると気づき始める。


その時、商人の一人が役人に詰め寄っていた。


「お役人様!

 予定の材木がまだ届かぬのです!

 このままでは船の修繕が間に合いませぬ!」


役人が返答に窮していると、お悠がゆっくりと近づき声をかけた。


「こっこれは御台様……。

 はい、実は材木を運ぶはずの商人が、別の荷を優先したようで……」


お悠は松丸を見た。


「松丸。

 あなたならどうする?」


松丸は必死に考えた。


「えっと……その商人を叱る?

 急がせる?

 別の商人を呼ぶ?」


お悠は首を横に振った。


「それでは解決しないわ。

 商人は叱られたところで動かない。

 別の商人を呼んでも、材木はすぐには来ない」


松丸は悔しそうに唇を噛んだ。

お悠は役人に穏やかに指示した。


「材木を運ぶ商人には、次の取引で税を一割軽くすると伝えなさい。

 その代わり、今日中に材木を届けるよう条件を付けるの。

 そして、船大工には別の作業を先に進めさせなさい。

 材木が届いたらすぐに取り掛かれるよう段取りを整えるのよ」


役人は走り出した。


しばらくすると――商人が材木を届けるために忙しなく動き出し、船大工が槌を打った。

荷が動き、船が整い、湊全体が一斉に動き出した。


松丸はその光景を呆然と見つめた。


「母上……。

 母上が一言おっしゃっただけで……全部が動いた……。

 人も、物も、船も……国が……」


お悠は静かに微笑んだ。


「これが政よ、松丸。

 為政者は“叱る”のではなく“動かす”の。

 人を動かし、物を動かし、国を動かす。

 それが惣奉行の仕事よ」


材木の目途が立った商人がお悠へ深く頭を下げた。


「御台様……ありがとうございます。

 これで船が修繕できます」


船大工も、役人も、周囲の者たちも、お悠へ敬服の目を向けていた。

松丸はその光景を見て、胸が熱くなった。


「母上……。

 俺も……民に喜ばれる殿さまになりたい……。

 父上や母上のように、人を動かせる殿さまに」


お悠は松丸の肩にそっと手を置いた。


「松丸。

 あなたなら、きっとなれるわ。

 今日からあなたは本当の“見習い惣奉行”よ」


春の風が吹き抜け、松丸の心に“為政者への憧れ”が初めて灯った。

それを見つめるお悠の瞳の奥には一欠けらの寂しさがあった。


(松丸、頑張って。

 あまり時間がないの。

 父上が生きている間に、あなたが立派になった姿を見せてあげて)

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― 新着の感想 ―
後の統治を考えないのなら、進行と連動して水軍から複数の関船を派遣して、土佐沿岸の町や港を襲撃させれば、守備兵を置く必要が出て迎撃部隊を減らせそうだな。 *後に統治をまかされる人の負担が半端なく増えそう…
時代的に政治家と言う言葉には違和感がありますので、 為政者等他の言い回しの方が良いと思います。
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