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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十四章 織田家宿老編

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第二百二十三話 新体制

澪を抱きしめる秀政の笑顔がようやく落ち着いた頃、奥の間の襖が勢いよく開いた。


「父様っ!おかえりなさいませ!」


蘭の声だ。

その後ろから、少し背が伸びた松丸が顔を覗かせる。


「父上!おかえりなさいませ!俺も兄上様になりました!」


二人とも、まるで競うように秀政へ駆け寄ってきた。

秀政は思わず吹き出した。


「おお、蘭、松丸……!

 そんなに急ぐでない、襖が壊れるぞ」


蘭は頬を赤らめながらも、

澪を抱く秀政の姿を見て、ふっと表情を緩めた。


「だって……父様に早く会いたかったんですもの」


松丸も胸を張って言う。


「俺だってだ!

 父上が帰ってきたら、まず俺が挨拶するんだって決めてた!」


明が笑いを堪えきれず、肩を震わせた。


「松丸、順番は守らないとだめですよ」


松丸は口を膨らませる。まだまだ子供だ。

蘭は少し落ち着いた声で弟をたしなめる。


「松丸、澪が驚くでしょう。

 声が大きいのよ」


松丸は慌てて口を押さえた。


「す、すまぬ……」


だが澪は驚くどころか、松丸の声に反応して小さな手を伸ばした。

秀政は笑いながら松丸を手招きした。


「松丸、来い。澪が呼んでおるぞ」


松丸は慎重に近づき、澪の手をそっと握った。


「……澪。俺は兄上様だ。

 これからは俺がお前を守るぞ」


その言葉に、政成とお悠は目を細めた。

明は感動したように口元を押さえ、蘭は照れたように視線を逸らした。

秀政は松丸の頭を軽く撫でた。


「松丸。十歳か……背も伸びたな。

 立派になったものだ」


松丸は胸を張った。


「俺も父上の役に立ちたい!元服はいつだ?」


蘭がすかさず言う。


「松丸はまず勉強。

 元服して役に立つのはその後よ」


明も続ける。


「そうだよ松丸。

 私だってまだまだ勉強中なんだから!」


松丸はむっとした顔をしたが、澪が手を握り返してくれたことで、すぐに表情が緩んだ。


その様子を見ていた秀政は、ふと蘭の方へ視線を向けた。


蘭は澪を見つめながら、少しだけ寂しげな笑みを浮かべていた。

そしてそっと呟いた。


「……父様。

 来年には、私は千種屋に輿入れしますから……

 こうして父様にすぐ会えるのも、あと少しですね」


秀政は一瞬だけ固まった。


「……蘭。

 急にそんなことを言うでない。

 父はまだ心の準備ができておらんぞ」


蘭はくすりと笑った。


「でも、千種屋伊勢本店は城下ですよ?

 歩いて行ける距離です。

 そんなに寂しがらなくても大丈夫です」


秀政は思わず咳払いした。


「そ、そういう問題ではない……

 娘が嫁ぐというのは……もっとこう……心の……」


明が横で吹き出した。


「父様、動揺しすぎです!」


蘭は頬を赤らめながらも、どこか嬉しそうに秀政を見つめた。


「父様がそう言ってくれると……少し安心します」


秀政は照れくさそうに視線を逸らした。


「……蘭も、松丸も。

 見ない内に皆、よく育ったものだ」


その言葉は、家族の温かさと帰国の喜びを包み込むように響いた。



翌月、政親が一通りの引継ぎを終えて、残りの全軍を率いて摂津から帰国した。

ようやく兵たちも安堵の表情を浮かべ、それぞれ家族の待つ家へ帰っていった。


秀政は政親の帰国と共にすぐに一部の家臣を鈴鹿館に招集した。


鈴鹿館・大広間。

冬の光が障子越しに差し込み、畳の上に柔らかな影を落としていた。


秀政は上座に座り、その左右に政成とお悠。

政親、長政、明、蘭、松丸、南條、木曾、荒木、泉川、そして神崎が並ぶ。

芋粥家の政務を担う者たちが一堂に会した。


秀政はゆっくりと視線を巡らせ、口を開いた。


「皆、よく集まってくれた。

 まずは……芋粥家がこれほど内政に長けた人材を抱えていること、誇りに思う」


南條達四人衆は静かに頭を下げ、政親は真剣な眼差しで秀政を見つめていた。


秀政は続けた。


「義父殿には、これまで随分と無理をさせてきた。

 今まで政務の大半を担ってくれたが、これ以上負担をかけるわけにはいかぬ」


政成は苦笑しながら頷いた。


「儂ももう歳ですでな……。

 だが、芋粥のためならば、まだ働きます。隠居させないで下されよ」


「ははは、死ぬまで隠居はさせぬよ。

 だから長生きできるように無理はするな」


秀政が笑いながら答えた。

お悠が横で支えるように政成の肩に手を添えた。


秀政は二人を見て、穏やかに言った。


「芋粥家は織田家宿老となる。

 これを機に芋粥家の体制を強化し、義父殿の負担を減らす。


 義父殿とお悠を“家中宿老”とする。

 この二人は、家老を含めた家中の者に指示を出すことを許す。


 政務の最終承認はこの二人が担うことになる。

 そして実務は新たに置く奉行職に任せる」


四人衆が息を呑んだ。

政成の負担を減らすための再編――その核心が示された瞬間だった。


まずお悠に向けて語り掛け、お悠が力強く返事する。


「お悠。勘定惣奉行は、引き続き頼むぞ」


「はい!」


続いて秀政は、政親へ視線を向ける。


「政親。お前は“政務家老”として、内政全体を統括せよ。

 奉行たちを束ねる執権。芋粥家の政務全体を統べる役目だ。


 伊勢惣奉行に任命する」


政親は深く頭を下げた。


「はっ。身命を賭して務めまする」


「政親出陣中は惣奉行をお悠が代理で兼務せよ」


「はい!」


お悠がしっかりと返事する。

それを見て秀政は頷き、四人衆へ向き直る。


「南條、木曽、泉川、荒木。

 お前たちは郡代を卒業し、奉行職へ昇格する」


四人衆は驚きながらも、誇らしげに姿勢を正した。


秀政は一人ずつ名を呼び、役目を告げた。


「南條利昌――“開発奉行”。

 新田、水利、湊、港湾の整備の総責任者を担え」


南條は静かに微笑んだ。


「芋粥の地を豊かにすること、我が本懐にございます」


「木曽与英――“普請奉行”。

 道路、区画、都市計画の総責任者を任せる」


木曽は胸に手を当てた。


「鈴鹿を、伊勢を、より良き地にしてみせます」


「泉川清允――“商務奉行”。

 市舶、商業、商人との交渉を任せる」


泉川は深く礼をした。


「畏まりました。商いの道で芋粥を富ませてみせます」


「荒木重直――“警固奉行”。

 治安と国人衆の監督を任せる」


荒木は力強く頷いた。


「治安はお任せを。乱れは決して許しませぬ」


秀政は満足げに頷き、続いて神崎へ視線を移した。


「神崎――お前は政親の臣であるが、芋粥のために当家の職も兼務してもらうぞ。

 部将待遇を与える」


「は!何なりとお申し付けください」


「申次奉行――文書、行政、調略、お悠と政親の実務を担え」


神崎は静かに頭を下げた。


「はい、今後は御台様、政親様の手足となり、政務全般を滞らせませぬ」


秀政は明と蘭にも視線を向けた。


「明は“戦時勘定奉行”。

 出陣の際は長政と共に兵站を担え」


明の表情が一気に晴れる。そして力強く頷いた。


「私にもお役目を頂けるのですか?!

 はい!戦場の勘定は任せてください!

 ……これで戦の際も長政様とご一緒できるということですね?」


長政は笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。


蘭は少し緊張した面持ちで秀政を見つめていた。


「蘭は“勘定補佐”。

 お悠の下で財務を学び、支えよ。

 この経験は将来千種屋の奥になった後でも必ず役に立つ」


蘭は深く礼をした。


「精一杯務めます……!」


その横で松丸がそわそわしている。

明と蘭がじっと睨むように見ているので、松丸は口をつぐんでいた。

それでも我慢できずに口を挟む。


「父上、俺は?」


「ん?松丸か。お前は……」


少し考えこむ。


「松丸、お前は見習い惣奉行だ。

 義父殿、お悠の傍で皆の働きを観察せよ。

 そして、国がどう動くのかを学べ!」


「見習い……?!」


松丸が少しだけ不満そうな顔をするが、すぐに政親が笑顔で語りかけた。


「私は惣奉行です。

 松丸様も同じ惣奉行。十歳にして家老職ですね」


「お!?そうか!松兄と同じ職か!

 補佐だな!?」


「はい、そうです。しっかりと父上、姉上、そして私の補佐をお願いいたします」


「任せろ!」


そのやりとりをみて、秀政が笑みをこぼす。

そして最後に全員へ向けて言った。


「これが芋粥家の新たな政務の形だ。

 義父殿の負担を減らし、政親が政務を束ね、奉行職が実務を担い、宿老が承認する。

 これで芋粥は揺らがぬ」


政成は目を細め、静かに言った。


「……殿。まことに良き家になりましたな」


お悠も微笑んだ。


「皆が支えてくれるからこそ、芋粥は強くなります」


政親は深く頭を下げた。


「この体制、必ずや芋粥を安定させてみせます」


四人衆、神崎、明、蘭、長政――

全員が一斉に頭を下げた。


その中心で、松丸は胸を張っていた。

まだ役職は見習いだが、この家の未来を担う者として、その場に立つ資格があることを理解していた。


そして秀政が場を締めた。


「芋粥は強くなる。各々、励め!」


新たな芋粥家の政務体制の幕開けを告げるものだった。



会議の終了と共に皆が決意を込めて退室していく。


「お悠、政親、少し残れ」


政成が二人を呼び止めた。

二人は留まって政成の傍に座った。


「父上、どうかなさいましたか?」


政成はそれに答えず穏やかに微笑み、他に誰もいなくなったことを確認してから口を開いた。


「お悠、政親。此度の新体制は実に良いな、さすが殿だ」


政親が怪訝そうに問い返した。


「父上、何か気になることでも?」


「二人とも、よう聞け。

 儂は間もなく死ぬ」


「父上、何を弱気な」


「儂はどうやら労咳を患うた」


お悠と政親が言葉を失う。


「今後、不用不急の場合は直接儂には会いに来るな。

 それはお前たちの子らもだ。


 特に松丸様はどれほど言い繕ってでも決して近づけてはならん」


「父上、それほど重いのですか?」


「今日、明日で死ぬほどではない。

 だがお前たちの未来を奪うわけにはいかん。


 殿のおかげで儂は時間が出来た。

 鈴鹿の町造りにおいて、やり残したことが山ほどある。

 それをこれから書にまとめる。

 お悠、政親、この書を松丸様にお渡しして、松丸様の手で鈴鹿を完成させよ。


 戦国の世はいずれ終わる。

 その後に必要なのは武者ではない。

 政ができる者だ。


 松丸様は天下に必要とされる名君になって頂く。

 お前たち二人でお支えせよ」


これはまるで遺言のようであり、お悠は涙が堪えきれなくなった。


「そのような顔を致すな。人は必ず死ぬ。

 儂の番が回ってきたに過ぎぬ。

 

 儂はこの世で十分に名を成した。

 後は殿や松丸様、お前たちのことが気にかかるのみだ。

 儂を心配させるな」


そこまで言うと、政成はいつもの穏やかな笑みを浮かべ、そのまま退室した。


お悠と政親はしばらく顔を上げることができなかった。

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― 新着の感想 ―
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