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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十三章 伊勢太守編(本願寺膠着編)

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第二百十七話 虎

芋粥家は、長政の秘策を実行に移した。

お悠が三千貫という破格の予算を用意し、政成が既に切り札のために動き始めている。


だが、この策は一朝一夕で実を結ぶものではない。


そうして数ヶ月が過ぎた。


相変わらず秀政は花隈を離れられず、今日も政親と茶を飲んでいた。


「あれはまだか?」


「義兄上、あれとは若の策のあれのことですか?」


大きく息を吐いてから不貞腐れる。


「それ以外何がある?」


「姉上がそろそろかと思いますが?」


「な!?おぉ、そうであったな!」


政親が呆れたような顔をする。


「姉上のことをあれほど大事にされているのに、まさか忘れてたんですか?」


(むぅ、これもそれも佐久間のせいだ!)


「いや、忘れるわけがなかろうが!

 あれというのはお悠のことに決まっておる。」


「姉上が怒るかもしれませんので、黙っておきますね」


「忘れておらんっ!」


ばつが悪そうに、明後日の方向を向く。


そんな時、芋粥家の小母衣を纏った使いが、慌ただしく駆け込んでくるのが見えた。

秀政は勢いよく立ち上がった。


「ま、まさか?!」


使者は秀政の前に滑り込むと、慌てて頭を下げて、興奮気味に報告した。


「も、申し上げますっ!」


「うむ、落ち着け。どうした?何の件だ?」


「は、はい!

 御台様、姫君をご出産あそばしました!」


「おぉ、姫か。では澪だな」


「はい!澪姫様と名付けられました」


亀状態で常に憂鬱そうだった秀政の表情が晴れ渡った。


「お悠の体は大丈夫か?」


「はい、御台様、姫様、お二方様とも何も問題はございませぬ」


「そうか、そうか!

 おぉ、会いに行きたいのぉ!」


政親も嬉しそうに茶化す。


「おめでとうございます。

 ですが、ここを離れるのは駄目ですよ。

 義兄上はこの花隈を守る切り札ゆえ、佐久間様がお許しになりませぬ」


秀政が頭を掻きむしる。


「くそぉ、佐久間めぇ!」


「義兄上、ここは佐久間様の城ですよ」


そう言いながら政親も、笑みを絶やさない。


(でかした!姉上!

 澪姫こそ、我が嫡男桂丸が頂くのだ!

 それで千種家の一門としての立場は盤石となろう)


秀政が鼻息を荒くする。


「分かっている!

 こうなれば早くあれが完成せぬものかな?

 海を開きさえすれば、俺が澪に会いに行くくらいの時間は取れようものを!」


政親もいつもの表情に戻って応じた。


「そうですね、あれを待ちましょう」



結局それからさらに数ヶ月が経った。

年の暮れが近い。


羽柴秀吉も、明智光秀も、荒木村重を攻めきれずにいた。

毛利と本願寺が背後から圧力をかけ続け、二人は常に兵を割かざるを得ない。

有岡城は落ちる気配を見せなかった。


佐久間信盛もまた、摂津の国人たちが反織田の姿勢を見せ始めたことで、攻めに出るどころか守りに徹する他なかった。

そのあおりを最も強く受けているのが、芋粥家である。


花隈の守備に追われ、半年の間にただ一つの功も挙げられなかった。

得意の兵站も、伊勢と尾張などの遠方からの米を買い集めて、ようやく体裁を保っているだけだった。


それでも、輸送費を含む割高な経費を極限まで抑え、兵たちの腹を満たし続けられているのは、明とそれを支える長政の努力の賜物だった。



花隈城の一室で、秀政は苛立ちを隠そうともせず歩き回っていた。


「くそぅ……政親。伊勢からの知らせはまだか?」


政親は呆れたような表情で、首を振った。


「まだです」


「出陣の下知は?」


「あると思いますか?」


その言葉に、秀政は天を仰いだ。


「はぁ……俺はこれから病にかかる。

 来年はお前が新年の軍議に出てくれ」


政親は苦笑しながら答えた。


「義兄上。

 童みたいなことを言わないでください。無理です。

 それに来年からは安土城で行われます。

 楽しみにしていたじゃないですか」


秀政は肩を落とした。


「あぁ、安土城をこの目で見てみたいのはその通りだ。

 だが叱られに行くために行きたいわけではない。


 しかもだ。今年の俺は佐久間並みに亀だ。

 ど叱られるのが見えている」


「佐久間“殿”です。

 

 義兄上、腐りすぎです。

 苛立つのは分かりますが、もう少し冷静に……」


秀政は手を振った。


「分かってはいる。冗談で駄々をこねているだけだ。

 ……しかしまぁ、こうも早く、しっかりと明智殿の気持ちが分かることになるとはな」


「明智殿も会った当初から腐ってましたからね」


秀政は苦笑した。


「自らの要因ではなく、力を発揮する場がない。

 これがこんなにも辛いこととはな。

 ……そりゃあ、明智殿も頭痛が絶えなかったわけだ」


政親は小さく息を吐いた。


「……確かに。

 今は父上を待つしかありませんね。


 しかし……若はよくあれに気づきましたね」


「そうだな、まだ長政の策がある分、望みは繋いでいる」


政親は頷きつつも、不平そうな顔をした。


「私はあれの存在を知らされておりませんでした。」


「あぁ、そうだったか?すまんな。

 俺も完全に忘れていた。オワコンだったからな」


政親が不思議そうな顔をした。


「おわこん?」


「いや、何でもない。

 取るに足らないどうでも良いものというものだ。


 そのどうでも良い物が、いまや一石三鳥の種になっている」


「そうですね。

 海を開き、大殿の機嫌を取り、大功と大金を手に入れられる。


 言っておきますが、義兄上が私にあれの存在を伝えていたら、もっと早くに私なら気づきましたよ」


「ん?なんだ、政親。

 長政と張り合っているのか?」


政親は誤魔化すように鼻で笑った。


「いーえ、張り合ってなどいませぬ。

 若の成長を私も喜んでおりますよ」


秀政も苦笑して返した。


「そうか、ならいい。

 まぁ、お前に伝えていたら、もっと早くに打開できたというのは確かだったな」


政親はそれには返さずに、真面目な顔で伊勢の方を見つめた。


「三千貫もつぎ込めば半年は進捗が前倒しになるはずです。

 そろそろのはずなんですが……。


 しかも今回は父上が陣頭指揮を執っているはずです。

 もっと効果が出ているかもしれません。


 まぁ、義兄上は“おわこん”などと仰いましたが、普通に考えれば夢の兵器ですよ」


政親が伊勢の方角を見つめていたその時、

花隈の静かな廊下に、急ぎ足の音が響いた。


二人が同時にそちらへ目を向けると、

埃を巻き上げながら早馬の使者が駆け込んでくるのが見えた。


「伊勢からの使者……!」


政親が息を呑むより早く、秀政は口元を吊り上げた。


「噂をすればなんとやら、とはこのことだな」


使者は部屋の前に膝をつき、声を張り上げた。


「急使にございまする!

 伊勢の千種筆頭様より、至急の御報せにございます!」


「入れ」


秀政が短く命じると、使者は両手で包むように文を差し出した。

秀政はそれを受け取り、封を切る。

紙を広げた瞬間、彼の目がわずかに見開かれた。


「……来たか」


政親が身を乗り出す。


「義兄上、何と?」


秀政は文を政親に渡しながら、ゆっくりと息を吐いた。


「ガレオンの完成だ」


政親は文を読み、思わず声を失った。


数年前からフリゲート開発の裏で、ひっそりと建造が続けられていた芋粥版ガレオン船。

本来は献上用の“飾り物”にすぎず、秀政自身も「隠れ蓑としての価値しかない」と考えていた。


今までは、急ぐ必要がなかったため、最低限の予算でその作業は行われていた。

だが研究開発と異なり、最も難しい骨組みが解決済みのガレオン船は、金さえ積めばいくらでも建造期間の短縮が行えた。


冬の瀬戸内は風が強い。

巨大な帆を張ったガレオンは、海を滑るように進む。

風さえあれば、手漕ぎの和船では追いつけない。


その重量は、まさに“動く城”。

ぶつかるだけで小早は沈む。

積まれた南蛮大砲は、関船も安宅船も一撃で沈めるだろう。


高速で縦横無尽に動き回る城――瀬戸内の海で、こんな化け物に対抗できる船は存在しない。


まさに……瀬戸内無双。


秀政は、かつてこう語った。


『織田のガレオンは森の王者・虎の如く。

 他家の水軍は虎を恐れて穴に縮こまる兎の如し』


そこから名付けられた名――『虎王丸』。


秀政は豪快に笑った。


「……これを殿に献上する。

 有料でな。一万貫だ」


政親が目を丸くした。


「い、一万貫……!?」


「安いものだ。

 殿はすぐに計算されるだろう。

 本来なら研究開発だけで二万、三万貫かかる代物だ。

 それが一万貫……たったの一万貫で虎が手に入る」


(ふっ……今回、三千貫を余分にかけたが、それでも芋粥にとっては利益が出る)


秀政は窓の外、冬の空を見上げた。


「そして殿に乗艦していただく。

 目の前で瀬戸内無双をお見せするのだ。

 この半年の“亀”を吹き飛ばす大功になるだろう」


「確かに」


「まぁ、ガレオンは一隻しかない。

 孤高の虎であるガレオンは、瀬戸内全てを押さえるには至らないのは事実だ。

 だが間違いなく海の状況は一変する。

 制海権の一部は織田が取り戻す。


 それで佐久間も考えを変えるだろうよ」


秀政の声には、久しく忘れていた熱が宿っていた。

その熱が政親にも移り、語気を強めながら呟いた。


「一石三鳥とは、よく言ったものだ」


半年間、摂津の闇に沈み続けた芋粥家。

功もなく、動けず、ただ耐えるだけの日々。

その中で、唯一前へ進んでいた策――

それが今、形となって現れた。


「……義兄上。これで、ようやく……」


「ようやく、だ」


秀政は拳を握った。


「明日早速、殿の元に向かう。

 虎王丸の初陣に立ち合い頂くのだ。


 これほど気持ちよく安土城見物が出来るとは格別だな!」


花隈の外では、冷たい風が城壁を鳴らしていた。

だがその音は、もはや絶望の風ではなかった。


虎王丸の完成は、芋粥家にとって――長い冬を破る、最初の光だった。

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― 新着の感想 ―
名前は信長様に決めて下さいがポイント高くないかな?後は帆に格好いい文字がいいか、絵がいいか、あ!海賊旗かジョリーロジャーを漢字で除離炉邪とかか。信長ニッコリ(笑)
安宅船が子供の玩具にみえる笑笑 瀬戸内海では巨大ガレオンが通行出来ない所が結構あるのが運用上の難点なんだよなー岸に近づけない場所もあるし、測量して海図を作製しないとあかんですな
船作っても実際動かしてるのは人やから水兵育成に今度は瀬戸内海用のガレオン船のドックの建設とかとても時間足りないと思うが本願寺の海上妨害するだけでも万単位の民兵抱えてる本願寺は頭痛いやろうな
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