第二百十六話 長政の秘策
明は秀政の許しを得て、ようやく活路を見出した。
急いで文を書きに席を立った。
「あ、明」
長政が呼び止めたことも気づかないほど慌てて部屋から出ていく。
その姿を見て、秀政の頬が緩む。
「ようやく一手打てるのだ。
明としても、気が逸ってならんのだろうな」
「はい、随分悩んでいるようでした。
申し訳ありませぬ。私の力が及ばぬばかりに」
長政の顔が曇る。
「そう腐るなと申しただろう。
お前はようやっておるよ。
難しい局面なだけだ」
慰めの言葉を受けて、長政がしばらく黙って考え込む。
そして意を決して声を発する。
「義父上……。
浅はかかもしれませぬが、私は海に解決の道があると思います。
陸路輸送を続けていては、いずれ国が痩せてしまいます」
「……ふ、そうか。お前もそこに至ったか」
「と、申されますと義父上も海に?」
「そうだな、俺もそうだが、政親も、そして明智殿も海に目を向けている。
だが、残念だが海を開く方法がない」
「少し安心しました。私もようやく義父上の考えに追い付けたのですね。
義父上、今こそ南蛮帆船……確かフリゲートでしたか。
南蛮帆船を繰り出して瀬戸内を押さえる事は出来ませんでしょうか?」
秀政は意外そうな顔を一瞬みせたが、すぐに苦笑する。
(そんなチート兵器が都合よく用意できたら、俺も高野山の心配はしておらぬ)
「そうしたいのは山々だが、フリゲートは研究段階の次世代の帆船だ。
まだまだ実用には遠い。
あの船が二年、三年で開発完了したら、芋粥は天下を狙えるぞ」
長政の顔が再び曇る。
「そうですか……まぁ、そうですよね。
はぁ、なかなか上手くいきませぬ。
南蛮帆船の開発は無理……か。
うーむ……ならば。
そうだ。代わりに――――という案はどうですか?」
長政は浮かない表情のまま、代案を呟いた。
「ん?待て、長政。今、何と申した?!」
その呟きを聞いた秀政が、目を見開いた。
「え?あ、はい、代わりに――――で、海を開けないかと」
再び、先ほどの案を口にする。
最後まで聞き終えずに、秀政が叫んだ。
「それだ!
なぜ俺はそれに気づかなかったんだ。
でかしたぞ、長政」
「え?あ、はい」
秀政の食いつきに長政もたじろいだ。
「いや、これは一石二鳥、いや三鳥か。
うむ、盲点だったわ。
長政、高野山対策としてすぐに実行に移す」
「高野山……?一体何のことですか?」
「いやいや、こちらの話だ。
とにかく二千貫、いや三千貫は必要だな。
どう捻出するか。
既に陸送で相当な出費だ。
ここから三千貫ともなると……お悠が黙っておらんだろうな」
「義父上、この案、明の発案として義母上にお願いさせてはいかがでしょうか?
明の初めての仕事です。
義母上も義祖父上も協力を惜しまないと思いますが……」
秀政が目を丸くする。
「ははは……その手があったか。
可愛い娘、孫娘が本気で困っている。
三千貫くらい、ポンと出すかもしれんな。
うむ、長政、お前も悪いことを考えられるようになったな、ははははは」
「ははは……左様ですか。
褒められたようには聞こえませんが」
「心配するな、政親ほど性格は悪くはない。
これくらいの悪知恵は戦国大名としては、当然の嗜みだぞ」
ようやく長政が微笑んだ。
「はい。私も早く義父上や政親殿に近づきたいものです。
さて、そうと決まれば、明に文を書かせまする」
「頼んだぞ」
*
部屋に戻ると明が一生懸命、文を書いている。
静かに近づいて、その隣に座る。
そこで初めて明は長政に気づき、顔を上げる。
「長政様!?」
「ん?驚かせてすまぬ。
先ほど義父上と今後について話をしてきた。
明、一つだけこの状況を打開する方法がある」
明が驚いた顔をする。
「打開する……方法?」
「そうだ。陸送はどうしても銭と時間がかかる。
それを打開するのは海だ」
「いえ、海は佐久間様に封鎖されております。
また瀬戸内は毛利水軍が押さえていると聞きます。
織田の兵糧を海で運ぶのは難しいのでは?」
「そうだな、だから海をこじ開ける必要がある。
その策を義父上と語り合ったのだ。
それには三千貫必要だ。
明、その文に――――と追加で書いてほしい」
「さ、三千貫!?」
さすがに明も目を丸くする。
「頼るなら、徹底的に頼ると自ら申したであろう?」
「そ、それはそうですが……」
「明、芋粥の未来はお前に懸かっている」
明はしばらく考えるように黙り込む。
だが、苦笑しながら頷いた。
「分かりました。任せてください。
母様と祖父様を頼ります」
そこでにっこりと笑う。
「徹底的にっ!」
「あぁ、三千貫使わせてもらえるならば、今度こそ海をこじ開け、お前の兵站を実現して見せる」
「はい!」
*
伊勢。
お悠の元に、明からの文を持った政成が訪れた。
そして穏やかな口調で、お悠に話しかける。
「明姫から文が届いた。
殿から受けていた陸送の指示と、全く同じ依頼が書かれていた」
お悠が目を見開いた。
「まぁ?明も弥八様と同じことを考えたということでしょうか」
「そうなるな。
明姫はお前に似て勘定・兵站に関して天賦の才を持つ。
殿と同じ結論に至ったとしても不思議ではない」
お悠が微笑んだ。
「何か不思議なものですね。
少し前まではこんなに小さかった子だったのに……」
「うむ。そうだな。
お悠、実はもう一つ依頼が書かれていた。
――――するために三千貫用立てしてほしいとのことだ」
「さ、三千貫!?」
驚くお悠を横目に淡々と政成が続けた。
「あぁ、だが今の摂津の状況を聞くに、必要な銭とも言える。
しかしな、これは明の知恵ではないな。
裏で入れ知恵したものがいるだろう」
「入れ知恵?弥八様か政親ですか?」
「いや、殿や政親なら、明を使ったこんな面倒な依頼はしない。
誇らしげに策を披露してこよう。
これはおそらく若だ」
「まぁ!長政が?」
「お悠、出せるか?
儂としては可愛い明のために協力するはやぶさかでない。
だが、この三千貫を出せば若の名が間違いなく上がる。
松丸様にとっては望ましくない。
お悠、お前はどう考える?」
意味深に問いかける政成に向けて、お悠は迷わずに答えた。
「悩むまでもありません。
明も私の大切な娘です。
あの子が困っているのです。
出さない理由はありません」
「そうか、分かった。
では三千貫を用意してくれ。
あとは儂が上手くやる」
「はい、三日お待ちください」
お悠は心の内で呟いた。
(万事、弥八様を信じれば良いのです。
松丸も長政も、弥八様なら悪いようにはなさいません)
【あとがき】
今回は推理遊びができるように、長政の秘策を伏せ字にしました。




