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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十三章 伊勢太守編(本願寺膠着編)

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第二百十五話 遠回りの答え

荒木村重の乱は、摂津の空気を一夜にして変えた。


花隈城に釘付けとなった芋粥家は、まるで閉じこもる亀のようだった。

秀政は何度も攻勢に出ようとしたが、そのたびに佐久間から冷たい言葉が返ってくる。


「荒木を討つまでは動くな。花隈を空にするわけにはいかん」


秀政は拳を握りしめた。


(……これでは功も立てられぬ。飼い殺しではないか。

 来年の正月は殿に叱責されるぞ)


仕方なく、秀政と政親は摂津の国衆の調略に乗り出した。

だが、村々の門を叩くたびに、冷たい現実が突きつけられた。


村の長は、芋粥の使者の顔を見るなり首を振った。


「今は……動けませぬ。荒木殿の動きを見てからでないと」


別の村では、国衆が怯えた目で言った。


「織田に味方したと知られれば、門徒衆に殺されまする。

 反織田の兵どもも近くを巡っております。今は……何もできませぬ」


商人は荷駄蔵の前で肩をすくめた。


「本願寺の目がございます。荷駄を出せば、夜に焼かれまする」


夜になると、村の外れに松明の影が揺れた。

門徒衆が脅しに来ているのだ。

世鬼衆はさらに巧妙で、村の内部に潜り込み、誰が織田に通じたかを監視していた。


政親はどれだけ理を説いても、村人たちの顔から恐怖が消えることはなかった。


(……理では動かぬ土地だ。

 荒木一人の裏切りで、摂津全体が凍りついた)


秀政も胸の奥で同じ思いを抱いた。


(天王寺を落としても、何の意味もなかったのか……)


二人の調略は、ことごとく失敗に終わった。


秀政は花隈へ戻ると、城壁に背を預けて深いため息をついた。


「このままでは……来年の正月は功無し叱責確定だ。

 高野山に入りとうない」


政親は苦笑した。


「大げさな……」


「殿を甘くみるな……」


秀政の声は、焦りと苛立ちが混じっていた。



一方その頃、長政と明もまた、摂津の現実に押し潰されつつあった。


天王寺砦を落とした時、確かに流れは傾いた。

だが荒木謀反で全てが逆流した。


明は天王寺陥落後、こう信じていた。


「これで村々も協力してくれるはず……」


しかし現実は残酷だった。

村々は口を揃えて言った。


「荒木殿が動いた。織田は危ない」

「本願寺がまた強くなる」

「米を出せば門徒衆に何をされるかわからん」

「荷駄を出せば荒木の兵に焼かれる」


明の帳簿は、日に日に白紙に近づいていった。


納入予定の欄は空白。

荷駄は動かず、船頭は沈黙し、商人は本願寺にしか売らない。


明は帳簿を抱えたまま、膝をつきそうになった。


「どうして……天王寺を落としたのに……

 どうして前より悪くなるの……?」


長政は明を支えるため、村の入口に兵を置き、寺社の出入りを監視し、夜回りを強化した。

だが、荒木謀反で門徒衆の動きは一変した。


「荒木殿が裏切ったぞ!」

「織田は弱い!」

「村々よ、米を出すな!」


長政の兵がいても、門徒衆は別の道から入り込む。

世鬼衆はさらに巧妙で、長政の兵がいない時間帯を狙い、村長の家族を脅し、荷駄持ちの馬を盗み、船頭の家に火をつけた。


長政は頭を抱えた。


「守っているはずなのに……なぜ被害が増える……?」


その夜、二人はついに言い争いになった。


「どうして兵を出して村々の恐怖を拭って下さらないの……?

 荷駄も米も、また止まりました……」


「兵は出している!だが敵の勢いが強すぎる!」


「伊勢と全然違いまする!」


「いいか、明。ここは摂津だ!

 伊勢と同じように考えるな」


言葉が途切れ、二人はしばらく黙った。

やがて長政が静かに頭を下げた。


「……すまぬ。俺が未熟なんだ。

 守ると言うたのに、全く明の役に立てておらぬ」


明も涙を拭った。


「いえ……私の不手際なのに……長政様のせいにしてしまいました。

 長政様は、誰よりも動いてくださっています」


二人は互いの手を握り、息を整えた。


長政はふと明を見つめた。


「……明。

 少し気持ちと視野を変えてみよう。

 二人で堺へ行かぬか?」


明は驚いた顔をした。


「堺……ですか?」


「あぁ。

 堺は摂津の商いの中心。

 兵站の糸口があるやもしれぬ。

 それに……気分転換にもなる」


明は小さく笑った。



堺に着くと、長政は迷わず千種屋堺支店へ向かった。


「長政様……どちらへ?この先は千種屋では?

 あの……気が乗りませぬ。

 今回は私の力で何とかしたかったのです。

 千種屋に頼ると祖父様じじさまの力を借りているような気がして……」


長政は優しく言った。


「そうだな。我らの力だけでやりたかった。

 だが、そんなことも言ってられぬ。


 事を成し遂げるには、手段を選ばぬことも必要だ。

 私はこれまで何度も戦で死線をくぐり、多くを学んだ。

 綺麗ごとと強い想いだけでは解決せぬことも多い。


 使える者は敵でも使え。

 ましてや義祖父上様はお味方。

 明から頼られれば喜んで力を貸してくださるだろう」


そういうと無理やり明を千種屋に連れてきた。



番頭は深々と頭を下げた。


「備前様、明姫様……申し訳ございませぬ。

 堺では千種屋は新参。

 “会合衆”に入れておりませぬゆえ、米の買い付けも、船の手配も、ほとんど力が及びませぬ」


明の顔が曇った。


「……そう、ですか」


番頭は続けた。


「堺の商いは会合衆が全てを決めます。

 新参の千種屋では、米一石すら自由に買えませぬ……」


明は静かに息を吸い、長政を見た。


「……長政様。

 私は……今回の兵站を、

 私の力だけで何とかしたかったと意地になっておりました。


 ……祖父様を頼るなら、徹底的に頼ります。

 堺が駄目なら――伊勢と尾張から陸送しましょう」


長政は目を見開いた。


「……随分と高くつくぞ」


「はい。

 この地で買えない以上、陸路で運ぶ値段こそが“今の相場”です。

 遠くても、非効率でも、必要ならやる。

 それが兵站です」


長政は明の手を握った。


「……明。お前は強いな」


明は首を振った。


「いいえ。摂津が酷すぎるだけです」


二人は静かに笑った。


「それしかないな。

 義父上に二人でお願いしに行こう」



その帰り道、堺の湊の傍を通りかかる。

船が引っ切り無しに往来する。


長政はふと明の顔を見た。

浮かない顔をしている。


(明にしても不本意だろうな。


 陸送はあくまで暫定の対策。

 やはり海を使って運ばねば割に合わない。

 海……どうすれば……)


長政は海に活路を見出そうとしていた。

だが、今はその手が思いつかない。


(何とかして明に笑顔を……。

 考えろ、長政。

 明を支えると言うたではないか。

 何か手があるはずだ) 



明が城へ戻って説明すると、秀政は満足げに頷いた。


すでに政親に命じて政成とお悠へ文を送り、

秀政は陸送用の米を買い集めさせていた。


(ほぉ、自力でそこに行きついたか。

 さすが明と長政だ。

 そうなれば、俺が裏で動いていたことは伏せていた方が良いな)


「分かった。それが一番良い。

 明、お前が義父殿に文を出せ。

 今回の兵站はお前が仕切っているのだからな。

 銭は心配するな。お悠が何とかしてくれるだろう」


明は力強く頷いた。


「はい!」


摂津は闇に沈んだままだった。

だが、その闇の底で――わずかな光が、確かに灯り始めていた。

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― 新着の感想 ―
荒木の裏切り、大河ドラマに映画となかなかタイムリーな話題。 半兵衛が官兵衛に転生したり。 ドラマでは安国寺が暗躍し摂津の国衆が毛利に加担したのに形勢不利になると寝返られる。 なんとも責任だけ村重に押し…
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