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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十三章 伊勢太守編(本願寺膠着編)

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第二百十四話 振り出しの地獄

天王寺砦が落ちた翌日から、摂津の空気は目に見えて変わった。


これまで本願寺の顔色を窺っていた国人たちが

「織田が遂に本気を出した」

と囁き合い、芋粥や明智の陣へ密かに使者を送り始めた。


兵站もわずかに改善した。

天王寺砦が落ちたことで、本願寺の外郭線が一つ崩れ、

周辺の村々が兵糧の供出や荷駄協力に応じ始めた。


秀政は政親と共に花隈の城下を見下ろしながら呟いた。


「……ようやく、風向きが変わり始めたな」


政親も頷いた。


「はい。国人衆の中には

 “今のうちに織田へ恩を売っておこう”

 と考える者も増えております」


鷺山は笑った。


「明智様の評判も上がっておりますな。

 天王寺砦を落としたのは大きい」


秀政は腕を組んだ。


「これだけ好転し始めれば、佐久間殿も動くやもしれん。

 好きで亀になっているわけでもあるまい。

 一度失敗しておるから、極端に慎重になっているだけだろうからな」


政親が視線を南へ向けた。


「ですが、織田の勢いを黙って見ている奴らでもありますまい。

 おそらく毛利が動きます。

 本願寺も呼応しましょう。

 そして四国では長宗我部が再び勢いを増しております」


秀政は苦い顔をした。


「織田が摂津を固めつつあると見れば、敵は一斉に牙を剥くか。

 政親、今後の動き、どう見る?」


政親は静かに続けた。


「そうですね……今のところは盤石。

 一度吹いた織田の追い風はしばらく続きます。

 天王寺砦を死守し、次の砦を落とすのが良いかと。

 やはり日和見の国人どもを動かすのは、分かりやすい戦果ですね。

 砦などがそれです」


「そうか、西方を動かす方策を考えるのが良さそうだな。

 明日、佐久間殿と面会しよう。

 政親、お前もついてこい」



秀政と政親は、摂津情勢の好転を受けて、

「今こそ西方軍団を動かすべき」と判断した。


二人は花隈城の奥へ向かい、佐久間右衛門のもとを訪れた。


佐久間は珍しく上機嫌で、二人を迎えた。


「伊勢守、千種。

 天王寺砦の件、よく働いたな。

 摂津もようやく落ち着き始めたわ」


秀政は深く頭を下げた。


「佐久間殿、今こそ東西が協力して一気に仕留める時と存じます。

 国人もなびき始め、兵站も改善しつつあります。

 この勢いのまま、次の砦を――」


政親も続けた。


「はい。今ならば敵も動揺しております。

 毛利も本願寺も、まだ大軍を動かす余裕はありません。

 摂津を固める好機にございます」


佐久間は大きく頷き、一歩前へ踏み出した。


「うむ、確かに今こそ攻め時よ。

 儂もそろそろ動かねばならんと思っておった。

 では――」


その瞬間だった。


花隈城の廊下を、血相を変えた足軽が駆け抜けてきた。


「大変ですッ!!」


三人が同時に振り返る。


足軽は息を切らしながら、声を振り絞った。


「有岡城より急報――荒木村重殿、謀反の構えありと!!」


空気が凍りついた。


秀政は言葉を失い、政親も目を見開いた。

佐久間は一歩踏み出した姿勢のまま固まった。


「……荒木が、謀反……?

 馬鹿な……!」


秀政は震える声で呟いた。


「荒木殿が……?

 あの摂津の柱が……?」


(よりにもよって――今かよっ)


政親も信じられぬという顔で首を振った。


「そんな……荒木殿は織田の要。

 摂津の顔役……謀反など、あり得ませぬ……!」


だが急使は続けた。


「毛利方の使者が密かに出入りしていたとの噂……

 周辺の国人も動揺し始め……

 有岡城は、すでに兵を集めているとのこと……!」


秀政は拳を握りしめた。


(……何の前触れもなかった。

 摂津は好転していた。

 荒木殿も安定していたはずだ。

 だが―― 毛利が手を伸ばしたのか……。


 佐久間殿が周辺の国人調略を怠っていた。

 確かに有岡城の周りは勢力が確定していない。

 大きな隙と言える)


政親も唇を噛んだ。


(なぜ今……!)


荒木村重は、自身のことをもっと厚遇されるべきと思っていた。

現状では……飼い殺しになると危惧していた。

そこへ毛利が“摂津・和泉の領有”を囁き、荒木はそれに乗った。


佐久間は震える声で叫んだ。


「荒木め……!

 この期に及んで裏切るとは……!」


秀政は深く息を吸い、静かに言った。


「……佐久間殿。

 摂津が、再び燃え上がります」


政親も続けた。


「はい。これは……天王寺砦の勝利など吹き飛ぶ大事にございます」


花隈城の空気は、一瞬で戦の前夜へと変わった。

摂津の陽炎は、完全に破れた。



荒木村重謀反の急報は、摂津の空気を一瞬で凍らせた。


佐久間が花隈から急ぎ信長へ報告を上げると、返ってきたのは、短く、鋭く、怒気を孕んだ命であった。


「荒木を討て。

 羽柴を主軍とし、明智を副軍として有岡へ差し向けよ」


信長は激怒していた。

摂津の柱である荒木が裏切ったのだ。

その衝撃は、織田家中を震わせた。


だが――時期が最悪だった。


四月初旬。

田起こしが始まり、各家の農兵は一斉に帰郷していた。


明智は細川・高山勢を合わせても四千。

佐久間は中川勢を含めても三千。

芋粥も常備兵の五千のみ。


政親は地図を前にして呟いた。


「……農兵が去った以上、これで戦うしかありませぬ」


秀政も苦い顔をした。


「この兵力で有岡と本願寺の両方と同時に争うのか……」


羽柴秀吉は五千を率いて有岡城へ向かった。

明智光秀も四千で包囲に加わる。

だが、誰もが理解していた。


この兵力では、有岡城は一年は落ちぬ。


その一年の間に――

毛利、本願寺、長宗我部、そして荒木が連携して摂津へ襲いかかる。

織田を畿内から追い出す算段が整ってしまう。


明智から天王寺砦の引継ぎの打診があった。

佐久間右衛門は顔を青ざめさせた。


「儂は……本願寺と荒木の双方に備えねばならん。

 天王寺砦へ兵を回す余裕など、どこにもない……!」


秀政は一歩前に出た。


「では、我ら芋粥が天王寺砦を守りましょう。

 あそこを失えば、摂津は再び本願寺の手に落ちます」


だが佐久間は首を振った。


「ならぬ。

 花隈を空にするわけにはいかん。

 荒木が動いている以上、摂津西方の守りが最優先だ。

 芋粥は花隈を守れ。出陣は許さん」


秀政は唇を噛んだ。


(……分かっている。おそらくそういう判断をするのは予想通りだ。

 だが、このままでは天王寺砦が危ない)


政親も静かに言った。


「佐久間殿、天王寺砦は摂津の要。

 あそこを失えば、兵站は再び崩れます」


「分かっておる!

 だが兵が足りぬのだ……!」


佐久間の叫びは、苦悩そのものだった。


その不安は、最悪の形で現実となる。

本願寺は荒木謀反の報を聞くや否や、即座に兵を動かした。


天王寺砦は――わずか一ヶ月も持たずに奪い返された。


秀政は花隈の城壁から遠くの煙を見つめ、拳を握りしめた。


「……また、振り出しか」


政親は静かに頷いた。


「はい。摂津は再び、地獄の膠着に戻りました。

 さらに悪い状況です」


天王寺砦を失い、有岡は落ちず、毛利・本願寺・長宗我部が同時に動き始める。

摂津は、荒木村重の裏切り一つで、再び炎に包まれた。


政親が苦々しい表情のまま呟く。


「そして、羽柴殿、明智殿はまだよい。

 荒木を追い詰める役目を頂いた……。


 我が芋粥はどうでしょう?

 花隈防衛に飼い殺しです」


勢いよく秀政が政親の方を振り向く。


「まずい……このままでは一年も二年も功無しで、花隈で亀をやらされるぞ。

 殿から折檻状を受けて追放されるやもしれん」


「いえ、さすがにそれはないでしょう?」


「あるんだ!!」

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― 新着の感想 ―
前の感想に激しく同意。
いつも楽しく拝読させていただいております。感想になりますが、荒木村重の謀反はとても有名なエピソードなので主人公が現代知識で知っている方が自然に感じます。主人公が知らない・忘れていた理由が但し書きである…
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