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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十三章 伊勢太守編(本願寺膠着編)

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第二百十二話 救援の名目

政親は花隈城を出ると、すぐさま天王寺・平野郷の明智本陣へ向かった。

光秀は政親の説明を聞くや否や、迷いなく頷いた。


「……なるほど。攻めるのではなく、救援として動くか。

 佐久間殿も咎められぬ。よい策だ」


こうして両者は作戦を共有し、日程を定めた。


明智勢の天王寺砦への出陣は三月二十日。

芋粥が荷駄隊を動かすのは三月二十五日。



二十日、明智軍八千は天王寺砦を包囲した。


主攻である明智本隊四千が大手門を押さえた。

そして牽制として搦手門に細川の一千五百。

補給路遮断を目的として、南側に高山五百が配置された。


目的は砦を“落とす”ことではない。

「砦を固定し、外へ出られなくする」こと。

落城させるのは今ではない。

まずは芋粥が動くまで、封じるのが狙いであった。


天王寺砦は籠城に徹し、外へ兵を出さない。

だが――その外側で、別の勢力が蠢いていた。



二十五日。

荷駄隊が動く日。


早朝から長政の赤鬼隊を除く芋粥軍は“定期訓練日”として招集されていた。

普段通りの訓練に見えるが、実際には「いつでも出陣できる状態」を意味する。


鷺山と青鬼精鋭五百は、あえて襤褸をまとい、動員農兵のように見える格好で荷駄隊に紛れた。

部隊の外側には本物の農兵五百を配置し、敵からは「士気と練度の低い荷駄防衛兵」にしか見えないように仕立ててある。


政親と光秀は、敵が動くことを確信していた。



鷺山は荷駄隊の先頭に立ち、襤褸姿の農兵のように歩いていた。

青鬼五百も同じ格好で荷駄の周囲に散り、

その外側には本物の農兵五百が緩く列を作る。


敵から見れば、兵だけは多いが、守りの薄い荷駄隊にしか見えない。


政親は黒鬼兵の訓練を見つめながら、静かに呟いた。


(……来る。必ず来る)


明智もまた、天王寺砦の包囲線から同じ予感を抱いていた。


(敵は必ず兵站を狙う。

 おそらく近隣の砦から奇襲されるだろう)


その予測は、間違っていなかった。



荷駄隊が世鬼衆の潜む村の外れに差し掛かった瞬間――

乾いた破裂音が響いた。


最初に倒れたのは、荷駄傍を歩いていた農兵の伍長たちだった。

雑賀の鉄砲が、迷いなく心臓を撃ち抜いた。


「敵襲ッ!」


鷺山が叫ぶと同時に、青鬼たちは竹盾を構えて荷駄を囲んだ。


敵は住吉口砦から出陣した門徒衆僧兵九百、それに荷駄の焼却・強奪を目論む工兵三百だ。

おそらく周りの林に雑賀鉄砲衆が三十人ほど潜んでいる。


門徒衆が声を上げて突撃してくる。

その背後には、工兵が火を放つ準備をしていた。


兵站を破壊するための奇襲――本願寺の常套手段である。

だが今回は違った。


荷駄の周囲にいるのは、“農兵の皮を被った青鬼五百”である。


門徒衆が押し寄せても、青鬼はびくともしない。

飛んでくる鉄砲弾は竹盾で受け、僧兵を槍で押し返し、乱戦に持ち込んで雑賀の射線を潰す。


雑賀は乱戦になれば鉄砲は撃てない。

彼らは早々に退き始めた。


しかし門徒衆は止まらない。

工兵も火を放とうと前に出る。


明智軍は天王寺砦の主戦に集中しており、

この脇戦に兵を割く余裕はない。


だが――それでよい。


これは“救援”のための布石である。

開戦と同時に早馬が秀政の訓練場へ向けて走っている。

今頃は黒鬼騎馬と白鬼騎馬鉄砲がこちらに急行しているだろう。


そして、芋粥の五千五百の本隊も遅れてこちらに向かっているはずだ。

戦場は、仕組まれた通りに動き始めていた。



門徒衆九百が押し寄せ、工兵が火を放とうと前に出る。

青鬼は荷駄を守り抜いているが、外側の農兵は次々と倒れていく。


鷺山は歯噛みしながら叫んだ。


「耐えろ! 援軍はすぐ来る!」


その言葉が終わるより早く――

南側の林の奥から、地を震わせる蹄音が響いた。


黒鬼騎馬五百。

白鬼騎馬鉄砲百。


政親が率いる“迅速救援部隊”が、煙を割って姿を現した。


「来たぞッ! 黒鬼だ!」


門徒衆の列に動揺が走る。

だが政親は、黒鬼に突撃を命じなかった。


(……突撃すれば勝てる。だが犠牲が出る。

 今回の目的は“救援の名目”と“農兵の損害軽減”。

 黒鬼を失うわけにはいかぬ)


政親は手を挙げ、短く命じた。


「黒鬼、前へ。だが突っ込むな。

 “見せる”だけでよい。敵を怯ませろ」


黒鬼騎馬は一斉に前へ出た。

だが速度は抑えられてはいるものの、黒い鎧と迫りくる馬の威圧だけで門徒衆はたじろぐ。


「ひ、ひるむな! 押し返せ!」


門徒衆の伍長たちが叫ぶと、一斉に門徒たちは片膝をついて重心を低くし槍をしっかりと握って突き上げた。


政親の命通り、黒鬼騎馬はその槍衾に突撃しない。

まるであざ笑うかのように進路を変え、槍衾の届かぬ所で曲がって高速で走り抜ける。


「な、なんじゃ!?」


門徒たちは慌てるが、高速に走り抜ける馬を前にして、何も動けない。

その一瞬――政親は次の手を打った。


「白鬼、前へ! 伍長を狙え。

 一撃で良い、すぐに離脱せよ!」


白鬼騎馬鉄砲百が、黒鬼の走り抜けた影から滑り出た。

馬上で火縄を構え、わずかに距離を詰める。


狙うは門徒衆の伍長。

混乱を生むための一点突破。


「撃てッ!」


百の火縄が一斉に火を噴いた。

白煙が広がり、門徒衆の前列が崩れ落ちる。


指揮を執っていた伍長が胸を撃ち抜かれ、

その場で倒れた。


「伍長が……!

 くそ慌てるなッ!次の発射までにあの女人どもを討ち取れ!」


敵門徒が慌てて立ち上がり、白鬼に槍を向けて駆け寄った。

白鬼は撃つや否や、即座に馬を返し、自陣に向けて退いた。

判断は早い。敵兵が詰め寄るよりも早く距離を空けた。


「くそぉ!なんとすばしっこい!」


門徒兵が悪態をつくが、その瞬間に身構える。

振動、怒声。


怒りに任せて白鬼を追っていたため、黒鬼が折り返して向かってきていることに気づいていなかった。

今度は十分に速度が出ている。槍も低く下げている。


迫りくる黒鬼騎馬を前にして足がすくむ。


「ひ、退けぇっ!」


門徒は騎馬に追われる恐怖から、完全に背を向けて逃げ出した。

逃げ切れるわけがない。

訓練で研ぎ澄まされた槍の一撃が背後から門徒たちを刺し貫いていく。


それでも深追いせずに一定の線で黒鬼騎馬も引き返した。

“敵の心を折る”……その目的は十分に達せられた。


門徒衆は指揮を失い、工兵も火を放つ前に混乱へ巻き込まれた。

雑賀はすでに退いており、もはや戦線を維持できない。


そこに訓練場から急行した秀政の本隊五千五百の地鳴りのような足音が迫る。


「だ、駄目だ! 勝ち目はない!

 住吉口砦へ退けッ!」


門徒衆は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

工兵も荷駄を焼くどころか、道具を捨てて走り去る。


鷺山は深く息を吐き、槍を下ろした。


「……助かった。

 黒鬼も白鬼も、よくぞ被害なく抑えてくれた」


政親は頷き、荷駄の無事を確認した。


(これで良い。

 敵を退け、農兵の犠牲を最小限に抑えた。

 多少荷駄は焼かれたか……致し方ない。

 兵糧そのものは守れた。

 おそらく死者は四十から六十。負傷者も八十から百二十といったところ。

 黒鬼も白鬼も無傷。


 奇襲を受けた身としては上出来だ)


鷺山も政親も逃げる住吉口砦の兵を追うことはしない。

目的は彼らの殲滅ではない。

隊列を整え、秀政の到着を待つ。


秀政は到着すると同時に被害の少なさに満足そうな表情を見せた。


(政親……案外戦場でも使えるな)


「皆の者、よく荷駄を守り切った!

 兵糧は今の織田にとって命に等しい。

 そなたらの功は必ず報いようぞ!


 よし、今より逃げる敵を追撃するぞ。


 ついてまいれ!」


「「おぉぉぉ!!!」」


鬨の声を上げて芋粥軍が秀政に続く。


秀政は逃げる住吉口砦の兵ではなく、天王寺砦に向かって全速で駆けた。


「はっはっは!

 我らは慣れぬ地ゆえ、迷うて敵を追ううちに天王寺砦に出てしもうたぞ!」


政治的にぎりぎりの言い訳だ。

だが、それが許されるのが戦国時代とも言える。


芋粥軍七千が天王寺砦搦手を押さえた。

細川軍、高山軍はそれを受けて大手門側に移動する。


明智軍八千、芋粥軍七千で天王寺砦を包囲した。

籠もる敵は千五百から二千。


これほどの兵力差で挑めば、難攻不落の天王寺砦と言えども耐えられない。

光秀は芋粥軍の到着を聞くと満足げに呟いた。


「ふっ、早速……伊勢殿参戦の効果が出たか。

 伊勢殿が佐久間殿によって引き揚げさせられる前に片を付けるぞ。

 皆の者、明日より力攻めよ。

 一気に天王寺砦を落として、この膠着状態を打ち破れ!」


「「おぉぉぉ!!!」」


明智軍の士気も一気に弾けた。

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― 新着の感想 ―
明智が城を一つ落とせば佐久間との対比が明瞭になりますね。焦る佐久間がとんでもない事をしないと良いのですが。
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