第二百五話 娘の願い
軍議を終え、三人が席を立つ。
まず先に政親が歩き出し、それに長政が続いた。
政親が障子を開けて外へ出た途端、珍しく驚いた声を上げた。
「め、明姫様?!」
障子の外には明が控えていた。
あまりに議論に熱中したせいか、
明の気配にすら気づけていなかった。
「明?」
慌てて長政が外に出て声をかける。
「どうした?何があったか?」
明はその場で黙り込む。
異変に気付いて秀政も外に出た。
「何があった?あ?明?どうした?」
ずっと黙っていた明だったが、
そこで初めて秀政を見つめて、
弱々しい声ながらも決意の籠った口調で告げた。
「父様。
お願いがございます」
「ん?なんだ?」
「この明も此度の戦に同行させていただきとうございます」
三人が一斉に驚いた顔をする。
「待て待て、どういう意味だ?
無理に決まっておろう。
戦だぞ?堺見物に行くのとは話が違うぞ」
「分かっておりまする。
此度の戦は長引くとお聞きしました」
そこで少し溜めた後、決意を持って一気に言い切る。
「私は戦は致しません。
ですが私でも役立つことがあります!
私は兵站、勘定に関して母様から色々学びました。
自惚れではありませぬが、
勘定奉行や兵站奉行の面々にも負けておりませぬ」
困った顔で秀政も返す。
「それはそうかもしれぬが、
この伊勢は攻められたこともない。
お前は戦の恐怖を知らぬ。
今度の戦では籠城することもありうる。
それは死と隣り合わせだ。
そんなところにお前を連れていける訳がなかろう」
「死と隣り合わせであれば、尚のこと、行きとうございます!
もう長政様を不安の内で待ちたくはないのです。
長政様のためにも、兵站を万全に行い、
後ろの心配がない状態で戦って頂きたいのです」
「我儘を申すな。
お悠は身重じゃ。余計な心配を増やすな。
近くで母を支えてくれ」
明は揺るぎない目で秀政を見つめる。
「母様にはお許しを頂いております。
もうずっと前から相談しておりましたから。
母様は私が折れぬことを分かっております。
先に折れて頂きました」
「おい、待て。
駄目だと言ったら駄目だ」
そこで涼しい顔の政親が割り込んだ。
「義兄上、昔、姉上のことを姫武将と仰いましたな。
世の中には戦に出る女子も居ると。
明姫がその姫武将なのでは?
それにです。
客観的に見ても明姫様の参陣は願ってもないことです。
義兄上は一万の兵站を甘く見過ぎです。
数ヶ月でどれだけの米を消費するか考えたことがございますか?」
「松兄!」
政親の援護射撃に、明は思わず子供の頃に呼んでいた呼び名で叫んだ。
「いや……その」
秀政が返答に困っていると、明がここぞとばかりに答える。
「一日に五十石です。
一月で千五百石。
さらに運搬時の損失、盗難、腐敗、
馬の飼料に、予備の兵糧、兵站の者達ですら米を食べます。
そうなった場合、一日七十五石。
一月で二千二百五十石。
ここまでになると、持っていくだけでは足りませぬ。
長引くと仰せならば、三ヶ月で終わりませぬよね?
現地での調達も必須です。より安く買わねばなりませぬ。
帳簿の処理を誰が行いますか!」
政親は驚いた顔をした。
予想以上の答えが返って来たからだ。
「決まりですな」
政親が呟いて、秀政と長政を交互に見た。
「……はぁ。負けたよ。
必ず後方の安全な場所にいること。
護衛として耀を連れていくこと。
いいな?
長政、明のことは頼むぞ」
「はい」
「ありがとう、父様!」
政親は優しい笑顔を明に向ける。
明もそれに応えて笑顔を見せた。
政親は笑顔の裏で一つの考えが思い浮かぶ。
(明にもし何かがあれば、
長政は一門には居られなくなるであろうな……。
戦とは何が起きるかわからん)
*
慌ただしく準備を行う日々が続く。
あっという間に二月二十日が訪れた。
芋粥家一万の軍勢は花隈城に向けて出発した。
伊勢を守る常備兵、そして浅野も残している。
後顧の憂いはない。
お悠たち家族に見送られ、
芋粥最強の布陣をもって本願寺攻めへと出発した
*
三月八日。
芋粥軍は花隈城に到着し、兵を休ませる。
芋粥軍の到着を待つように、
花隈城には明智光秀も到着していた。
秀政到着と同時に軍議を開くよう、
佐久間によって調整されていたのだ。
軍議の場には副将の同行は許されている。
秀政が長政に声をかけた。
「長政、軍議に向かうぞ」
ゆっくりと振り返ると、長政は少しだけ躊躇しながら告げた。
「義父上、副将は私ではなく、政親殿にすべきです」
秀政と政親が驚いた顔をする。
「ん?」
怪訝な顔をする二人に向けて、冷静に長政が言葉を続けた。
「この軍議、佐久間様と明智様の御意見がぶつかるものと推察します。
その際、私では何の役にも立てませぬが、
もし政親殿が参加していただいていれば、
何かしらの良案を提案出来るやもしれません」
政親は黙ったまま無表情に長政を見つめている。
二人の様子を流し見た秀政は、少しだけ間を空けてから答えた。
「分かった。
政親、ついてまいれ」
「は!」
秀政と政親は軍議が開かれる評定の間へ足を向けた。
既に佐久間と明智は席についていた。
秀政と政親も一礼して席に向かう。
軍議は始まった。
だが、佐久間と明智は目を合わせることもなく、
冷たい壁で遮られているように思われた。




