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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十三章 伊勢太守編(本願寺膠着編)

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第二百三話 万を率いる者

三日後の朝。

鈴鹿館の上段の間には、

芋粥家の家臣団がずらりと揃っていた。


冬の冷気がまだ残る広間は、

緊張と期待が入り混じった空気に包まれている。


桑名からは鷺山利玄、

大河内からは千種政親も駆けつけ、

全重臣が正装で整然と座していた。


すでに家中には、お悠懐妊の吉報が公然と広まっている。


そのせいか、どこか柔らかな空気も漂っていた。

やがて、襖が静かに開く。


秀政が姿を現すと、

家臣たちは一斉に平伏した。


「「あけましておめでとうございまする!」」


秀政は軽く手を上げた。


「皆、面を上げよ。よく参った」


最初に声を上げたのは政親だった。

その声音には血縁ゆえの親しみと、

家臣としての礼節が同居している。


「は!それよりも義兄上。

 まずは伊勢守就任、おめでとうございます」


秀政は頷き、口元に笑みを浮かべた。


「そうだな。これで俺も伊勢支配に大義を得た」


伊勢守就任に関して、政親は裏なく喜んでいるようにも見えた。


(やはりそうか。

 政親は自身の伊勢支配を企んでいるわけではない。

 あいつの芋粥に対する愛着は本物なのだ。


 それゆえに、丹羽という異物、すなわち長政に対して強い嫌悪感を持っている。

 その嫌悪感はあやつの合理性ゆえに、時に危険を孕む)


「俺はまだまだ留まらんぞ。どこまでも昇りつめてやる。

 さしずめ、次は侍従か左近衛少将か。

 そうなったら伊勢守は松丸にやる」


「それは良いですね。

 松丸様が伊勢守になれば、この芋粥も安泰です」


政親が笑顔で頷いた。


(備前守を長政に譲ったのも正解だったな。

 長政を備前守という伊勢に関係の薄い所に置き、松丸を伊勢守にすることで、表向きは松丸の正当性が強化される。


 だが、実質は伊勢において、備前守のブランドはかなり強い。

 鬼備前を継ぐものとして、決して長政は軽視されるものではない。

 権威か威信かの違いだ。

 

 仮に長政がこのまま継ぐことになっても、十分に伊勢支配は行える。


 ただ、現時点で権威を重視する政親の警戒を薄めることにはなるだろう)


秀政がそのようなことまで考えているとは思いもよらないのだろう。

政親は上機嫌のまま、さらに身を乗り出す。


「それにもう一つ、吉報を聞きましたぞ。

 姉上がご懐妊あそばしたとか」


秀政は苦笑しつつも、どこか誇らしげだ。


「流石に耳が早いな。

 そうだ。ますます芋粥家は安泰になろう」


政親は深く頭を下げた。


「真に目出度いことにございます」


しかしその裏で、政親も思考を巡らせていた。


(松丸様にもしものことがあれば、

 千種支配が揺らぐ。

 ゆえにもう一人男子がいれば確実だ。


 だが……。


 松丸様は幸い丈夫であらせられる。

 討死でもせねば、立派に世継ぎを果たされよう。


 ならば千種が一門衆筆頭としてあり続けるためには……。

 姉上……今度は女子を産んで下され。


 我が嫡男・桂丸とその姫が結ばれれば、

 千種家は一門衆として揺るぎなき地位を得る。

 

 丹羽の血を引く長政には邪魔させぬ)


そんなことは全く気付かず、秀政は場を見渡して声を張った。


「さて、今日は今年の芋粥家の目標を共有する。

 殿からは本願寺攻めの副将を仰せつかった。

 軍団長は佐久間殿だ。

 なかなかやりにくい。困ったものだ」


言葉とは裏腹に、秀政の表情はどこか柔らかい。

お悠の懐妊以来続く上機嫌は、家臣たちにも隠しようがなかった。


「弥八様、これは動かぬ佐久間様の代わりに弥八様が総大将の働きをせよということでは?

 大殿様は弥八様に宿老としての役割を求めておいでなのやもしれません」


笑顔でお悠が話に割り込む。

これまた上機嫌に秀政が抱負を語った。


「そうか!そうかもしれんな。

 俺はこの戦役で認められて、お悠と生まれ来る子のためにも織田家宿老に昇る」


「はい!」


「さて、一万の兵の動員を指示された。

 大軍だ。精鋭のほとんどを連れていくことになろう。

 よって今回は、しっかりと将編成を決めていく」


秀政の視線がまず長政へ向く。


「副将にして赤鬼の隊長は――

 新たな鬼備前、長政だ」


長政は背筋を伸ばし、力強く応じた。


「は!」


秀政は次に鷺山へ向く。


「青鬼隊長は鷺山だ。

 今度も頼むぞ」


鷺山は胸を張った。


「は! 腕がなります。

 道丸に強き父を見せとうございまするからな!」


秀政は満足げに頷き、

次の名を探すように視線を巡らせた。


「さて……黒鬼隊は誰に任せるかな」


芋粥家は長政・鷺山以外の武官が薄い。

その沈黙を破ったのは政親だった。


「私に命じてください、義兄上」


秀政は目を細める。


「お前が?」


政親は一歩進み出て、堂々と答えた。


「はい。私以外に今回の大軍を扱える侍大将は他にいません。

 それに、私も戦働き出来ることを示したいのです。

 この知略を存分に活かしてください。


 ふふふ――

 私だって桂丸に、強き父を示しとうございますよ」


秀政は一瞬だけ考え込んだ。


(長政と政親を同じ戦場に連れて行って大丈夫か……?

 だが侍大将不足も事実。

 そしてあいつの知略と交渉力は今回役に立つだろう)


やがて、秀政は静かに頷いた。


「分かった。黒鬼は任せる」


政親は深く頭を下げた。


「は!」


その声には、

千種家の未来を背負う者としての自負が滲んでいた。



「編成を決める」


その一言で、広間の空気がぴんと張り詰めた。


「まず総大将は俺だ。


 白鬼百と常備兵二千、動員農兵二千。

 この農兵が兵站と工兵を担う。


 与力は村瀬と白鬼四隊長だ」


村瀬が膝を進め、胸を張る。


「は! 次は鬼伊勢を作って見せましょうぞ」


秀政は即座に切り捨てた。


「いらん」


村瀬は肩をすくめ、周囲に小さな笑いが漏れる。


その時、綾芽が静かに口を開いた。


「殿、本来なら私が与力仕るべきですが……」


秀政は手を軽く振った。


「良い良い。気にするな。

 まだお前は産の病の最中だ。

 無理をするな、次の子が産めなくなるぞ」


綾芽は深く頭を下げた。


「お心遣い、痛み入ります」


秀政は柔らかく笑い、鷺山へ視線を向ける。


「鷺山がその分働いてくれるさ」


鷺山は勢いよく頭を下げた。


「もちろんにござる!」


秀政は頷き、長政へと視線を移した。


「よし。長政は赤鬼千と動員農兵千を率いよ。

 与力に竹内小四郎と佐野兵九郎を付ける」


長政は拳を握りしめ、力強く応じた。


「はい、お任せください。

 今度こそ、無事皆を生きて返します!」


秀政は満足げに頷く。


「その意気よ」


次に鷺山へ。


「鷺山も青鬼千と動員農兵千を率いよ。

 与力は河村兵介と大野甚九郎。

 桑名城代は日根野に任せる」


鷺山は胸を張った。


「は! 必ずや殿のご期待に添いまする」


「期待しておる」


秀政の声には、家臣への信頼が滲んでいた。


そして最後に、政親へ視線が向けられる。


「政親。お前は初陣だな」


政親は背筋を伸ばし、緊張と誇りを胸に答えた。


「はい!」


秀政は静かに告げる。


「黒鬼千と動員農兵千を率いよ。

 鉄砲五百と騎馬五百の編成だ。

 与力は来島小太郎、篠原兵部大輔、香川甚助左衛門。

 大河内城代は神崎に任せる」


政親の口元がわずかに緩んだ。


「はい! 戦でも役立って見せましょう」


秀政は全員を見渡し、声を張った。


「出立は二月二十日とする。

 各々、準備を怠るな」


「「は!」」


その声が広間に響き渡る。


秀政は静かに息を吐き、胸の内で呟いた。


(遂に俺も万を超える軍を扱うか……

 やりづらい戦いになるが、ここで力を示さねば、

 もし機会があったとして天下は取れぬ)

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― 新着の感想 ―
家臣団が薄い、オリジナル武将で行きたいのは十分解るけど流石に家臣団が薄すぎる、史実武将が家臣団に居ないのが却って不自然に感じる伊勢志摩の国人領主や他の織田家臣団配下が出奔し仕官しに来るのはよくある出来…
正面に立つ機会は少なくても作戦面で要所に配される黒鬼だけに、初陣の松親にどれだけ務まるか気になるところですねえ… ここに来て急に前線を志願したのは千種の足場固め狙いか、何か褒美に貰いたいものがあるのか…
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