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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十三章 伊勢太守編(本願寺膠着編)

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第二百二話 吹き飛ぶ憂鬱

信長が退出すると、張り詰めていた大広間の空気が一気に緩む。

重臣たちはそれぞれ小声で談笑を始めた。


そのざわめきの中、明智光秀が静かに秀政へ歩み寄ってくる。


光秀は扇を閉じ、低く声をかけた。


「伊勢守殿、副将とは……そういうことか」


秀政は肩をすくめ、苦笑を浮かべた。


「はぁ、俺も先ほど知りました」


光秀はわずかに息を吐き、その表情には安堵と焦燥が入り混じっていた。


「いずれにせよ、これは心強い。

 実はどうにも西方の動きが鈍く、攻めあぐねていた。


 このままでは我が東方も殿の御不興を買ってしまう。

 今年、風向きが変わると良いのだが」


秀政は深く頭を下げる。


「はぁ、尽力致しまする。

 明智殿も、今後ともよろしゅう頼みます」


光秀は背後へ視線を向け、何かを察したように小さく会釈した。


「では、また後ほど」


そう言って足早に去っていく。


(……ん?佐久間か?)


案の定、光秀が去った直後、佐久間信盛がずしりとした足取りで秀政の前に立った。


「伊勢守」


「これは佐久間殿」


佐久間は腕を組み、その目には妙な自信と警戒が同居していた。


「貴公の力はよう知っておる。

 期待している」


秀政は丁寧に頭を下げる。


「恐れ入ります」


佐久間は続けた。


「だがな、まだ貴公は本願寺について詳しく知るまい。

 油断ならぬ敵だ。

 それに周りは敵だらけぞ。

 決して浅慮を致すな」


「は、肝に銘じましょう」


(なるほど……

 この“慎重さ”が、明智殿の頭痛の種か。

 三介は扱いやすかったが、佐久間殿は“我”と“誇り”だけは強い。


 やりづらいかもしれん。

 ……胃痛の次は頭痛か)


佐久間は満足げに頷き、話を続けた。


「いつ頃参られる?

 確か伊勢は十四万石であったな。

 一万余りは動員してもらいたい」


「承知しました。準備が必要です。

 二月末までには伊勢を発ちましょう」


「うむ、ようやく本願寺に一泡吹かせてやれるわ」


秀政は微笑を浮かべた。


「はい、明智殿とも協力して当たりましょう」


佐久間の眉がぴくりと動く。


「ん?明智か……

 切れ者か何かは知らぬが、殿に気に入られているとはいえ、何でもかんでも上から物申しおって。


 気に食わん。

 総大将は儂じゃ」


(あちゃぁ……

 これか。

 これが本願寺戦線の“足かせ”か)


秀政は表情を崩さず答えた。


「はい、何はともあれ、殿に認めて頂けるように共に尽力致しましょう」


「うむ!」


佐久間が去ると、秀政の肩を突然、ぽんと叩く手があった。


「ん?」


振り返ると、羽柴秀吉がにやりと笑っていた。


「よぉ、芋。

 相変わらずの便利屋じゃの」


秀政は眉をひそめる。


「好きで便利屋をやってはおらんわ」


秀吉は手をひらひらと振った。


「それを言いに来たんやない。

 お前のおかげで儂の国が富んだわ。

 助かった。


 それだけやない」


秀吉は声を潜め、にやりと笑う。


「加藤と福島じゃ。

 見違えるほど逞しゅうなって帰って来たぞ」


秀政は鼻で笑った。


「感謝しているなら、言葉ではなく銭か、

 それ以上のもので払え」


「全く可愛げがないのぅ。

 まぁ、感謝はしとる」


秀吉は急に真顔になった。


「儂が出来ることで言えば、毛利への牽制じゃ。

 毛利と長宗我部が後ろから本願寺を支援するじゃろう。

 海はお前の領分じゃ。心配はしとらん。


 陸からの毛利は儂が責任もって押さえる。

 お前は長宗我部を押さえろ」


秀政は目を細めた。


「ん? 俺の今年の狙いは本願寺じゃぞ」


秀吉は鼻で笑った。


「芋、お前ほどの者が、今年本願寺を黙らせることが出来ると思うのか?

 おそらく本願寺は今年全く揺らがんぞ。

 明智殿と佐久間殿があれじゃしな。


 それに付き合っていると、お前も足を引かれるぞ」


秀政は沈黙した。


(……なるほど。

 東方の明智殿は長宗我部とは戦えまい。

 西方の佐久間はおそらく本願寺に目が行き過ぎて、動けるわけがない。


 そうなれば――

 本願寺はあの二人に任せて、俺は長宗我部で地道に功を稼げ。

 ということか)


秀政は口元を歪めた。


「ふん、秀吉。

 その見立てには感謝するが、まだまだ足らんからな。

 ちゃんと返せよ」


秀吉も負けじと睨み返す。


「馬鹿ぬかせ。

 お前の方こそ、儂の加藤と福島に大分救われたんじゃろうが。

 もっと儂にも美味い汁吸わせた所で罰は当たらんぞ」


二人はしばらく睨み合い、

次の瞬間、同時に吹き出した。


「まぁ、いいわ。一旦貸し借り無しにしてやる」


秀政が告げると、笑いながら秀吉が言い返す。


「誤魔化しおったな。

 まぁ、互いに張り切ろうぞ」


「おう」


そうして重臣たちはそれぞれ雑談を終え、本拠へ戻っていった。



鈴鹿館へ戻ると、政成が玄関で待ち構えていた。


「おかえりなさいませ。

 今年も浮かない顔をしておいでですな」


秀政は苦笑した。


「あぁ、次はやはり本願寺攻めだ。

 だが、明智殿の副将ではなく、佐久間殿の副将だった。


 二月末には発たねばならん。

 三介殿の副将とはまた別の苦労が思いやられる」


政成は深く頷いた。


「はぁ、それは難儀な事でございますな」


秀政はふと周囲を見回した。


「ところで今日はお悠は来ておらんのか?」


政成が口を開こうとしたその時――奥からお悠が姿を現した。


「父上、私の口からご報告します」


秀政は目を瞬かせた。


「ん?どうした?」


お悠は両手をそっと腹に添え、微笑んだ。


「お腹に……弥八様のやや子が出来ました」


秀政は固まった。


「え? えぇぇぇ! 真か!」


(確かに去年末はゆっくりお悠とも過ごせたが……まさかな)


秀政は思わずお悠の肩を掴んだ。


「でかしたぞ!

 むぅ、急に出陣したくなくなってきたわ。


 だが、此度の戦は厳しいものとなる。

 我儘も言っておられぬ」


秀政は深く息を吐き、お悠の腹にそっと手を添えた。


「ぬぅ……立ち会えぬことを許せ。


 男子であれば千種の“千”をとって『千丸』、

 女子であれば海への想いを込めて『澪』と名付けよ」


お悠は目を潤ませ、深く頭を下げた。


「はい、ありがとうございます。良い名です」


秀政は優しく頷いた。


「体を大事にせよ。そして良き子を産んでくれ」


「はい!」


秀政は大きく息を吐き、天井を仰いだ。


「佐久間のせいで憂鬱だったが……

 ふふふ、一瞬で吹き飛んだわ!

 これで俺は頑張れる!」


その声は、鈴鹿館の廊下に明るく響いた。

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― 新着の感想 ―
佐久間を動かすか、あえて動かせないで周りが動くか、最終的に本願寺に一当てして削れたら満足はしてくれそうですが……いっそ芋殿がパパ頑張っちゃうぞの幸せオーラ全開で走り回ります?信雄もそうでしたけど、否定…
なんだかんだ成果上々な美濃衆(信忠ら)・筑前・柴田丹羽・芋様と異なって相当焦ってますな佐久間は。 あと一応筆頭家老だからいろんな意味でなおさらめんどくさい。 頼むから今作では折檻状出されないように協力…
四人目かぁ。秀吉の養子に、とか言われそうな予感。
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