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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十二章 伊勢太守編(秀政胃痛編)

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202/228

第百九十八話 瑞鶴城

当初予定していた地点の切り取りが完了した。

時は五月の上旬、想定よりも早く落ち着きを得た。


新宮城の完成を待ち、その間には、

新たに信雄領となった地域の足固めが必須だった。


それは現地の実態把握に止まらず、

防衛の配備にも追われることになる。


新宮新城の完成予定は七月十五日頃になるだろう。

新城完成と足固めの期間も考慮し、

信長への紀伊遠征の完了報告は九月中旬に行うことを決めた。


ただし、信雄の意向でこれ以上の戦は行わず、

現状維持のままで足固めに専念することになる。


現状把握と一言で言ったとしても、

やることは山ほどある。


湊の規模や船の数、

廻船問屋の勢力、

地元豪商の顔ぶれ、

捕鯨・漁業の収入、

熊野三山との関係、

国人の不満・不安などだ。


当の秀政は新宮の守備と治安回復を福島に任せ、

新城建築を加藤に丸投げした後は、

鬼兵と九鬼を連れて、勝浦の整備に回っている。


どうやら秀政自身、勝浦のことで頭がいっぱいで、

信雄の紀伊支配に協力する気は皆無のようだった。


柴垣と岡部が死ぬ思いで、その任務にあたっている。



勝浦の湊は、朝の潮風にきらめいていた。

秀政は海を見下ろしながら、

まるで遠足に来た子供のように目を輝かせていた。


「ほう、あれが捕鯨船か。思ったより大きいな」


九鬼嘉隆が笑う。


「秀政殿、湊を見る時だけ声が弾んでおりますぞ」


「当たり前だ。これが俺の湊になるんだぞ。

 九鬼殿とて、ここを自由に使えるのだ。

 心躍るだろう?」


「ふ、言うまでもない」


朧は帳面を片手に淡々と報告を続ける。


「船は四十余。廻船問屋は三家。

 豪商の顔ぶれは――」


「湊は帳面だけでは分からぬ。

 人の顔を見ねばな」


秀政はそう言って、湊の方へ軽い足取りで降りていく。


霞が小声で呟く。


「……殿は完全に楽しんでますね」


九鬼が肩をすくめる。


「戦より湊の方が好きなんでしょうな」


秀政は漁師たちの網を覗き込み、

捕れた魚を見ては「これは旨そうだ」と笑い、

豪商の店先を覗いては「この荷はどこから来た?」と質問し、

湊の子供に手を振られては「おう」と返す。


朧は苦笑しながら帳面に書き込む。


「……殿が楽しそうなのは良いことですが、

 こちらは仕事が増えますね」


霞もため息をつく。


「でも、殿が楽しそうだと、

 湊の者たちも安心してますよ」


九鬼が頷く。


「確かに。

 “この大名なら湊を潰さぬ”と、皆が思っておる」


秀政は振り返り、海風に髪を揺らしながら言った。


「勝浦は良い湊だ。

 ここを押さえれば、紀伊は動く。

 ……面白くなってきたな」


その顔は、

戦場では決して見せない、

心から楽しんでいる男の顔だった。



七月十七日。


白漆喰の天守が、まだ新しい木の香りを漂わせていた。

三層の望楼は小ぶりながらも、海風を受けて堂々とそびえている。


信雄は馬上からその姿を見た瞬間、

目を輝かせて叫んだ。


「おおっ……!

 これが……俺の新宮城か!」


若い清正は、少し照れたように膝をついた。


「はっ。この加藤清正、

 全身全霊をもってして四ヶ月半にて、

 三介様の“華ある城”を形にいたしました。

 まだまだ未熟ではございますが……どうかご覧くだされ」


信雄は石垣へ駆け寄り、思わず声を上げた。


「おい清正!

 この石垣……なんだこの反り返りは!

 見たことがないぞ!」


清正は、少し頬を赤らめながら説明する。


「は、はい……。

 これは、拙者が考案いたしました“反り石垣”にございます。

 

 まだ試作段階で反るのはごく一部のみ。

 形は粗うございますが……

 敵が登ろうとすると、

 足場が滑り落ちるように角度を付けております」


信雄は石垣に触れ、驚きの声を漏らす。


「粗いどころか……十分すぎるわ!

 これは……、むぅ敵は登れんぞ!」


清正は首を振る。


「いえ……まだまだでございます。

 石の継ぎ目も甘く、角度も浅い。


 もっと高く、もっと鋭く、もっと反らせれば……

 “誰も登れぬ石垣”が作れるはずです。

 これは……その、試しでございます。


 いずれはもっと立派な反り石垣を築きとうござる」


信雄は目を丸くした。


「試しでこれか!

 清正、お主……天賦の才を持つか!」


清正は照れ隠しに天守を指さした。


「天守も、殿のご威光にふさわしく見えるよう、

 外観だけは立派にいたしました。


 中身はまだ質素にございますが……

 殿が立てば、誰もが“新宮の主”と認めましょう」


信雄は天守を見上げ、子どものように跳ねた。


「すごい!

 俺の城が……俺の城が……

 こんなにも立派に……!」


清正は続ける。


「海側の曲輪は、元の地形をそのまま活かしております。

 土木の手間は少のうございますが、

 敵は海からも川からも近づけませぬ。

 殿の城は、限られた予算、短き工期ながら、

 これは“落ちぬ城”にございます!」


信雄は清正の肩を掴んだ。


「清正!

 お主は……まだ若いのに……

 こんな城を作れるのか!」


清正は深く頭を下げた。


「未熟ゆえ、まだまだ改良の余地はございます。

 ですが……

 いつか、必ずやもっと腕を上げ、

 後世五百年にもわたって語られるような城を……


 天下に誇れる城を作ってみせます。

 この新宮城は、その始まりの城にございます。


 この城と三介様の名も末代まで語られましょうぞ」


信雄は胸を張り、満面の笑みを浮かべた。


「よし!

 この城は俺の誇りだ!

 清正、お主の夢も、俺が背負ってやるぞ!」


信雄がしばし考えた後、したり顔で呟いた。


「我が城が新宮城のような地味な名では恰好が付かぬ。

 加藤、お前が作ったこの華がある城に相応しい名を思いついた。


 新宮城改め、瑞鶴城と名付けよう」


芸術肌の信雄の美意識があふれ出た名である。

清正が感激して声を漏らす。


「瑞鶴城……白き天守、海に面した城。

 これは確かに鶴が如く優雅な城にございますな。


 拙者が三介様の瑞鶴城を手掛けた事、誇りに思いまする」


「うむ、加藤よ、あっぱれである。

 この瑞鶴城は俺の紀伊支配の象徴となろう!」


潮風が吹き抜け、

稚拙ながらも力強い石垣が、未来の熊本城を予感させるように輝いた。



そして九月も中旬となり、防備を固めた紀伊を見て秀政は呟いた。


「そろそろ頃合いか。

 明日、俺は岐阜へ発つ。

 殿に紀伊遠征の完了を報告して参ろう」

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― 新着の感想 ―
後々数寄者で名を残すだけあって、審美眼とネーミングセンスは一級品なんですねえ信雄 単独で重要な仕事を任せちゃいけないけど、出来上がった仕事の仕上げに箔をつける、いい意味でお飾りには向いてるんですな
戦の本当の怖さを知った三介さん。 このままのいい感じの、人に愛されるお坊ちゃん風に行ってくれたら各方面の人達の胃もにっこりな気がする。
史実の三介様は突き抜けた点だけは目を引く物はあるんだけど、一般的な目線で評価される箇所についてはね…(T ^ T)
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