第百六十一話 届かぬ技術、届く策
年明けには信長の元へ年賀の挨拶に訪れることになる。
そうなると武田攻めの与力を命じられる可能性が高い。
今のうちに内政の方針も政成と論じておきたい。
鈴鹿館の奥の間に政成を呼ぶ。
「俺の留守の間はどうだった?」
政成が答える。
「そうですね。真っ先に伝えるべきご報告としては、
良い話が二つ、悪い話も三つありますが。
どちらからご所望されますか?」
「そうだな、気軽に聞ける方が先にしたい。
良い話を先に」
「はい、ではまず一つ目。
開発は順調です。この一年で鈴鹿を中心に、
新田開発と、肥料による上田化が進み、
それに伴う二毛作も安定しております。
たったの一年で四万石の増加が見込まれます」
「四万石?!
一国追加したようなものだな。
よくやった。これで二十四万石か」
「はい、お悠はこの辺りの帳票を整合させるのに、
長けておりましてな。
表向きの検地台帳を不備なくまとめあげ、
大殿には十二万石で報告済みです」
「良い良い。あまり強くなりすぎると要らぬ警戒をされる」
「今は鈴鹿と桑名の中間地、
それと南勢にも新田開発を進めております。
来年にはさらに増加しましょう」
「楽しみだ」
「二つ目の話ですが、これにも関係します。
神崎に伊勢の最大石高を測らせました。
伊勢はまだまだ開発の余地があります。
十年、二十年かかる仕事ではありますが、
七十万石にはなりましょう」
「おぉ、一国で七十万石か。
俺は畿内に封じられている代わりに伊勢しか頂けぬかもしれぬ。
だが、一国でも大大名になれるわけだ」
「はい」
「いや、良い話だった。
それで悪い話とは?」
「はい、まずは軽い方から参ります。
鳥羽の南蛮船修理湊ですが、それ自体は順調で、
南蛮人からも認知されつつあります。
時折、壊れた船や掘り出し物も手に入ります」
「それが悪い知らせ?」
「いえ、いくつもの船の解体も行い、
木村殿を通訳にして南蛮人船大工から、
直接技法についても聞けたようです。
そこで分かったことですが……
我らが誇る名船大工をもってしても、
ガレオン船の建造は不可能との報告がございました。
見て覚える範疇を超えている、と。
あれは“木造船”ではなく、
造船所・鉄・規格・工具・釘・帆布・索具
すべてが別物だと申しております」
秀政は一瞬だけ残念そうな顔をしたが、
すぐに内心で頷く。
(さもありなん。
ガレオンは曲木加工、大型フレーム、三層甲板、
多砲門、高い船楼、複雑な索具、大量の鉄釘、
厚い外板……、難しい技術の結晶だ。
戦国日本の技術体系では土台無理だったか)
「……そうか。
あの威容は敵を圧倒できたのにな」
だがすぐに切り替える。
「いや、実は想定内だ。
むしろ本音では“できる”とは思っていなかった。
紙と墨をくれ」
政成から紙の束を受け取る。
そして秀政は写実的な筆致で一隻の軍船の絵を描く。
それは、船楼が低く、船体が細長い。
大砲が大量に側面に並び、マストは三本、
船首楼は低く、船尾楼も控えめ、
喫水が浅く、重心が低い。
「殿……これはガレオンとは全く違う形にございますな」
秀政が静かに言う。
「これは“フリゲート船”という。
南蛮でも試作中の船だ。普及するにはあと五十年はかかるだろう。
ガレオンより重心が低く、速く、扱いやすい。
大砲も多く積める。
そして――
小柄で、日本の造船技術でも手が届く。
海の城ともいえる威圧感だけがガレオンに劣るが、
それ以外は圧倒的にフリゲートが勝る。
これを我ら日本人が南蛮人よりも先に開発する」
「南蛮を超える船を作ると?」
「これなら作れるはずだ。
鳥羽の船大工に渡せ。
研究せよ、と。
物事の改良は日本人の得意とするものだ。
先に開発できないと決めつけるな」
「は、これを船大工共に伝えます。
あ奴らも無理と判断するに至るまでに、
相当ガレオンを研究したはずです。
新たなきっかけとなる発想を与えれば……あるいは」
秀政がうっすらと笑う。
「――ガレオンは大きく、重く、背が高い。
あれは海の城であり、我らには難しかった。
おそらく骨と丸底が日本の伝統とはかけ離れており、
理解が難しいのだろう。
本当はあの威容こそが俺としては欲しかったのだが、
手に入らぬ物は仕方ない。
夢よりも現実が大事よ。
ガレオンとの違いをよく聞け。
これを押さえれば、我らにも作れる」
こういう時には続く説明に必ず熱が入る。
政成はそれを承知している。
紙をむしり取り、筆に墨を浸して覚書を書き込む準備をする。
「一つ。背を低くせよ。
ガレオンは楼が高く、
風に押されて揺れる。
この船は背を低くし、重心を下げる。
それだけで波に強く、速くなる。
二つ。骨(肋材)を細かく多く入れよ。
これは“人の肋骨”と同じだ。
骨が多いほど、胸は強く、しなやかに動く。
船も同じである。
ガレオンは大きいゆえに、骨が太く、間が広い。
だが、この船は“細い骨を数多く”入れることで、
軽くても強く、波に合わせてしなる。
板を支える骨が増えれば、
板は薄くでき、船は軽くなる。
軽くなれば、速くなる。
骨と骨の間は“人の手の幅”ほどでよい。
その間に“短い横木”を渡して固めよ。
これで船は“籠のように”強くなる。
三つ。船底は丸く、側は少し寝かせよ。
これは“瓢箪”の腹のような形だ。
角を作るな。丸くつなげよ。
平底は波を受け止めてしまう。
だが、丸い底は波を“いなす”。
受け止めず、受け流すのだ。
側を立てると、風に押されて倒れやすい。
だが、側を寝かせれば、
風も波も“滑っていく”。
肋材を“弓のように”曲げて並べよ。
その弓の形が、そのまま船の丸さになる。
丸い底は難しく見えるが、
要は“肋材の形を揃える”だけでよい。
一つ作れば、あとは写せる。
四つ。帆柱は三本。
前の二本は“横帆”、後ろは“縦帆”だ。
横帆は風を受けて速く走り、
縦帆は風上へ切り上がる力を持つ。
これが“自在に走る船”の肝だ。
五つ。大砲は横腹に並べよ。
上に積むな。船が揺れる。
横に並べれば、船は安定し、
砲の力も増す。
その分沢山積める。
六つ。船底に重り(バラスト)を置け。
下が重ければ、船は倒れぬ。
石でも鉛でもよい。
これで外海でも安心して走れる。
七つ。板は縦に張れ。
水を切り、波に強くなる。
これはガレオンよりも作りやすい。
八つ。必要以上に重くするな。
この船は“速さ”こそ命だ。
速ければ追えるし、逃げられる。
速ければ戦わずに勝てる。
――ガレオンは城。
フリゲートは“槍”だ。
今後、我らが目指すのは城ではない。
海を駆ける槍である。
この絵と書付をもとに、
南蛮より先に、この船を作れ。
我らが誇る船大工どもの腕ならば、必ずできる」
一通りの覚書を書き終えて、政成が汗を拭く。
「作れそうな気がしますな。
相変わらず殿は面白いお方です。
夢を見せて頂ける」
「ふっ、これが出来れば天下も夢ではないぞ。
これは最高の機密として扱え。
では頼む」
力強く政成が頷く。
「はっ!
では、悪い知らせの二つ目です。
ジョアン殿が主導してきたカラコール種子島銃騎兵隊ですが……。
部隊化は難しそうです」
「なぜだ?」
「はい、カラコール戦術とはいわゆる指揮官狙撃です。
これは高速で近づき、高みの馬上から銃撃、
そして反転して逃げる――
の繰り返しです。
ですが、“撃って退く”が成立しませぬ」
「ほぉ?」
「ジョアン殿が言うに、
日本の馬が小柄すぎるからだとのこと。
武者を乗せた馬は瞬発力が落ち、方向転換が遅れます。
これは退く動作にも繋がり、射撃後に迫る槍兵に常に突かれました。
また仮に反転が間に合ったとしても、加速が遅く、背中を突かれました」
「そうか……想定通りかもしれんな」
「また、どうしてもですが、指揮官狙撃となると欲が出ます」
「欲?」
「功名心ですな。
敵の反撃が速い場合など、安全距離を保つ必要がありますが、
どうしても功名心から“一撃”に拘り過ぎて逃げ遅れるのです」
「討てば兜首だからな、その気持ちもわからんでもない」
(なるほど……馬・心理・戦術、三要素が嚙み合わぬか。
……ん!? おぉ、いい事を閃いた!
我ながら中二だがな)
「その対策も今、考えた」
「どのような?」
秀政の口角が上がる。
また面白いことを考えている顔だ。
政成は期待して次の言葉を待つ。
「カラコール銃騎兵は白鬼隊とする」
「白鬼?」
「カラコール女人銃騎兵隊を作るのだ」
「なんと女子を戦場へ?」
「そうだ、それが理にかなっているのだ。
一つ、女子は軽い。
もとより斬り合わぬ、具足も最低限とする。
さすれば、馬の負担が少なく、馬の加速が速い。
方向転換も鋭く、日本馬の性能が最大化する。
二つ、裁縫などを良くする手先が器用な者を取り立てよ。
種子島は扱いが繊細だ。
火皿の調整、火縄の管理、馬上ではより一層気を遣わねばならぬ。
だが器用な女子なら丁寧にそれを扱おう。
三つ、女子は現実的で冷静な者が多い。
女子は功名心よりも生存を優先しがちだ。
退くべき時に冷静に退きに回れる。
四つ、敵に与える効果だ。
馬鹿らしいと思うが、女子に討たれると
恥に思う武士は多かろう。
敵の士気を大きく下げる。
五つ、槍も刀も持たせぬ。
持つのは種子島と軽量化した予備武器として三連軽連弩だ。
狙うは種子島、近づく敵は連弩で牽制する。
連弩も種子島も軽い。女子でも容易に扱える。
そして女子は刀に対して固定観念がない。
刀を持たずとも女侍になれるのだ。
六つ。ジョアンが張り切るであろう。
相当な女好きと聞いた。
女人兵の訓練にも身が入ろう。
案外、相当な手練れが出来上がるかもしれんぞ」
政成が嬉々として語る秀政を見つめ、呆然とする。
そして少しの間を開けて笑い出した。
「ははは、それは面白うございますな!」
秀政は戦略家の冷静さではなく、
中二魂の熱が宿った声音で熱く応じた。
「そうであろう。そして戦場の華にしたいのだ。
映えるようにな。
まず、具足はいらん。
切り結ばぬ。
近づかせぬ。
撃って退く。それだけだ。
装束は白の狩衣だ。
白は目立つ。
敵は侮る。
侮れば、撃たれる。
白は清廉、無垢、そして幻影。
鬼兵の黒と対になる。
黒が地を固め、白が空を舞う。
この対比が美しい
控えめな角を模した白い額当てだな。
白銀の種子島。
白い矢羽根の三連軽連弩」
「楽しんでおられますな」
「ははは、こういうのを考えるのは好きだ。
白鬼は、戦場を舞う。
白い幻影として。
敵にとっては――悪夢としてな」
「分かりました。武具は手配しますが、
女人兵を編成せねばなりませんな。
志願兵を百人ほど募ります」
「頼む」
政成が笑顔で頷くと、すぐに真顔に戻った。
「それでは三つ目の悪い知らせです。
これまでの二つとは比べ物にならぬ――
芋粥を揺るがすほどの悪い知らせです」




