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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十章 伊勢太守編(転戦編)

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第百六十話 戦の後を継ぐ者

播磨からの帰還より、幾日かが過ぎた。


傷は癒えたとは言い難い。

だが、止まっているわけにはいかぬ。


秀政と長政は、まず最初に手を付けるべきことへと向かった。


戦で失った兵の後始末である。



伊勢各地。


鬼兵として名を連ねていた者たちの家を、一軒一軒訪ねる。


香典米を持たせる。

それは形でしかない。


本当に渡すべきものは、別にある。


最期である。


どこで戦い、どう戦い、どう死んだか。

それを、将の口から伝える。

それが責務であった。


ある家では、老いた母が静かに頭を下げた。


「……あの子は、役に立ちましたか」


問いは短い。

だが、その内にあるものは重い。

秀政は迷わず答える。


「役に立った。

 最後まで列を崩さず、味方を支えた」


それだけで十分だった。


母は深く頭を下げたまま、顔を上げなかった。

涙を見せぬためである。


またある家では、妻がその場に崩れ落ちた。

言葉にならぬ声を上げる。


子がその袖を引く。

何が起きたのか理解していない。

ただ、母が泣いていることだけを感じている。


長政は、その光景から目を逸らさなかった。

逸らしてはならぬと、知っていたからだ。


さらに別の家では、誰も声を出さなかった。

ただ、座ったまま動かぬ。

放心である。


受け入れるには、あまりにも唐突であった。

同じ死でも、受け止め方は異なる。


だが、共通しているものがある。


それは――

一人の兵ではない、ということであった。


誰かの子であり、

誰かの夫であり、

誰かの父である。


代えの利かぬ、一個人である。

それを、嫌というほど思い知らされる。


長政は、帰りの道で言葉を失っていた。

秀政もまた、何も言わない。

言葉にする必要はなかった。


見たものが、全てである。



戦の後始末は、死者だけでは終わらぬ。


軍は常に欠ける。

ゆえに、常に埋めねばならぬ。


鬼兵の枠もまた、同じであった。

今回の戦で失われた分を、常備兵の中から補充する。


選ばれるのは、元よりあと一歩で届かなかった者たちである。

力が足りぬわけではない。


ただ、経験と安定が僅かに及ばなかった者たち。

その差は、戦を経れば埋まる。


むしろ、今回の戦を目の当たりにしたことで、

彼らの意識は変わっていた。


鬼兵とは何か。


それは強さではない。

崩れぬことだ。


支え続けることだ。

その意味を、彼らは理解している。


ゆえに、育つのは早い。

すぐに穴は埋まる。


だが――

それで失ったものが戻るわけではない。

あくまで補うだけである。


浅野は並行して、新たな常備兵を雇い入れていた。

戦は続く。


兵を途切れさせぬことが、すなわち戦力である。


新兵は未熟だ。

だが、芋粥の軍は、未熟なまま戦場に出すことはしない。


鍛え上げる。


運ばせる。

作らせる。

支えさせる。


戦の裏を徹底的に叩き込む。

それができて初めて、前に出る資格を得る。


鬼兵とは、その先にあるものだ。



この鬼兵に、強い関心を示した者がいた。


福島市松と加藤虎之助である。

両名とも若い。

だが、天性の軍才か。

鬼兵の死線を越えた強さに興味を持った。

ゆえに見物だけでは終わらなかった。


「中に入れてくれ」


そう言って、鍛錬の列へと入る。

止める理由はない。


長政もまた、特別扱いはしなかった。


初めの数合で差が出る。


市松は強い。

だが、前に出すぎる。


虎之助は崩れぬ。

だが、押し切れぬ。


どちらも一人で戦っている。


鬼兵の中では、それでは噛み合わぬ。


だが――

長政は口を出さない。


代わりに、自ら前に入った。


左右に兵を置く。


一歩踏み込み、止める。

半歩引き、受ける。


その動きに、市松と虎之助が自然と合わせる。


言葉はない。

だが、動きが合う。

三人で一つの流れになる。


市松が押す。

長政が受ける。

虎之助が繋ぐ。


その循環が崩れない。


「……なるほどな」


市松が息を吐く。


理解したのは、技ではない。

戦い方の前提である。


虎之助も小さく頷く。


「一人で勝つ場ではないな。

 ここは、崩れぬことが勝ちだ」


長政はそこで初めて口を開いた。


「そうだ。

 崩れなければ、勝てる。


 俺も最初は分からなかった。


 だが――

 戦に出て嫌というほど知った」


短い言葉であった。

だが、三人の認識はそこで揃う。



それからは早かった。


市松は踏み込みを抑える。

無駄に出ない。


虎之助は受けに徹しない。

押し返す瞬間を逃さない。


そして長政は、それを見て調整する。


三人とも、役割を固定しない。


状況で入れ替わる。

誰かが押せば、誰かが支える。


それが自然にできる。



軍事演習でも同じであった。


模擬戦の中で、三人は馬上から鬼兵の動きを追う。


若い二人は兵を率いたことがない。


自らの意志で兵が動く。

言い換えれば、自らの失策で兵が死ぬ。


この場で学ぶことは“将として統率”である。


長政はあえて口を出さなかった。

市松と虎之助に任せる。


「市松殿、虎之助殿、やってみるか?」


それだけである。


「おう!」


市松が前に出る。

虎之助がそれを支える形で布陣する。


鬼兵は従う。


だが――

噛み合わない。


相手は浅野である。


黒鬼兵が静かに動く。


押さない。

だが、引かない。


市松が圧をかける。

前へ出る。


黒鬼兵は半歩下がる。


追う。

その瞬間、左右が閉じる。


「……っ!」


気付いた時には遅い。

横を取られる。


虎之助が支えに入るが、既に形が崩れている。


前に出た分だけ、深く入っている。

退けない。


押し返そうとすれば、さらに包まれる。

動けば動くほど、絡め取られる。


「参った」


市松が歯噛みしながら宣言した。



二度目。


今度は虎之助が主導を取る。

無理に攻めない。


距離を保つ。

崩れを待つ。


だが、崩れない。

黒鬼兵は動かぬ。


いや、動いている。


前に出ず、後ろにも引かず、

位置だけをずらす。


圧だけが変わる。

気付けば、じわじわと外側へ押し出されている。


「……囲まれているのは、こっちか」


虎之助が低く呟く。

その通りであった。


押していないのに、位置が悪くなる。

形が削られていく。


「かかれ!」


急遽、浅野の黒鬼兵が襲いかかった。


多方面で状況が動く。

どこが有利でどこが不利か。

考えることが多い。


その考えることを一つでも減らすために、

先手を打つ、有利な立場を作る。


浅野はそれを積み重ね、虎之助はただ時間を使った。


「参った」


二人とも、言葉に力がなかった。



浅野は馬上で静かに一礼する。


「無理に勝とうとされましたな。

 それでは形が崩れます。


 まずは勝てる形を作る。

 状況の判断も必要、また読み合いも必要」


責める口調ではない。


事実を述べただけである。


市松が舌打ちする。


「分かってはいる。

 だが、崩せねぇ」


虎之助も頷く。


「守りが固いのではない。

 崩れぬ」


その言葉に、長政が初めて口を開いた。


「それが将の差だ。

 それには将器もあれば、場数を越えた経験もある。


 市松殿、虎之助殿。

 貴公らの器は俺よりも大きい。

 だがな、一日の長がどれほどか見せてやる」



三度目。


長政が手綱を握る。


指示は少ない。

だが、全てが意味を持つ。


「前へ出るな」


まず止める。

市松が眉をひそめる。


だが従う。


黒鬼兵は動かない。

待っている。


「まだだ」


長政は動かない。

圧だけを見る。


どこが強いか。

どこが薄いか。


兵ではなく、流れを見る。


やがて――

一瞬、浅野の列が動いた。


わずかな前進。

その裏で、側面が遅れる。


「そこだ」


短い命令。


市松が踏み込む。

虎之助が外を回る。


深追いしない。


追わせる。


黒鬼兵が反応する。


前を支えに来る。

その瞬間、逆が空く。


「回れ」


既に動いている。


一歩先に。

気付いた時には、形が反転していた。


押されているのは、黒鬼兵であった。

逃げ場はない。

囲んでいる。


浅野が槍を下ろす。


「参り申した」


静かに告げる。


「さすが、若。

 いくさ場で随分、鍛えられましたな」



市松と虎之助が、同時に息を吐いた。


目が変わっている。


「……今のは何だ」


市松が問う。

長政は簡潔に答える。


「攻め時と、耐え時だ」


それだけである。


だが、意味は重い。


虎之助が深く頷く。


「ただ先に動いたのではない。

 耐え時に場を捉え、攻め時が来たから動いた……」


長政は否定しない。

その通りだからだ。



市松が槍を握り直す。


「浅野殿」


浅野が顔を上げる。


「もう一勝負、頼む」


虎之助も続く。


「今のままでは終われぬ」


浅野はわずかに笑った。


「よろしい。

 何度でも参りましょう」


長政は何も言わない。

だが、その目は満足していた。

この二人は伸びる。


戦場で通じる。


そして――

同じ場で戦うことになる。


そう確信していた。



一方で、槍働きとは別の戦も動いていた。


秀長である。


姫路から伴った秀長は、休む間もなく南條と木曾の元へ入った。

目的は明確である。


芋粥の根幹――農政の吸収。


区画を切り、地を均す。

水を制し、流れを作る。

そこに数字が入る。


統一された升。

曖昧であった量を、正確に測る。

これだけで徴収も分配も変わる。


さらに肥料。

現代知識を元に組み上げた配合は、

従来の経験則を一段引き上げる。


二毛作。

土地を遊ばせぬ発想。

収穫は単純に倍にはならぬ。

だが、確実に増える。


治水設計。

水は恵みであり、災いである。

それを制御する。


農具の改良。

一人あたりの作業量を引き上げる。


どれも単体では決定打ではない。

だが、積み上げれば国が変わる。


秀長は、それを一つ一つ噛み砕いていった。


理解するためではない。

持ち帰るためである。


この施設団の中には木村常陸介や増田長盛、片桐且元、藤堂高虎などが

秀長の家人として同行していた。


これら者たちは、史実では後に名君・名宰相と呼ばれる面々たちである。

その若き日に、鈴鹿で芋粥の内政術を目の当たりにした。


ここで得た知識は秀長はじめ、

史実における後の豊臣政権を支える、優秀な彼らに計り知れぬ影響を与えた。



入れ替わるようにして、二人が伊勢を発った。


朝明郡の郡奉行、市川雄一郎。

三重郡の郡奉行、杉野考太郎。


それぞれ南條と木曾の弟子筋にあたる者である。


単なる技術ではない。

運用を知る者。

現場で回せる者。


それが選ばれていた。


芋粥においては、役を持つ者は例外なく後継を育てる。

一代で終わらせぬためである。


ゆえに、市川と杉野が抜けても、

郡は止まらない。


痛手は小さい。


だが――

羽柴にとっては違う。


南條と木曾の知見を、形として引き継いだ者が入る。

それは、単なる模倣では終わらぬ。


理解した上での展開になる。


徳川がそうであったように、

外から取り入れ、内で回す。

それができた時、国は変わる。


羽柴は、確実に一段上がる。


戦は、兵だけで決まらぬ。

国力で決まる。


そして国力とは――

積み上げたものの総量である。

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― 新着の感想 ―
そもそも本能寺が起こるのかが不明ですものね。四国が長宗我部の支配下に入るのが早過ぎて大和山中にまで兵を送ってくる始末。
ゲームやってたらまず西の毛利、島津がね… それ抑えるためには秀吉を肥えさせて壁にしないと毛利が拡大しすぎる 毛利は秀吉が抑え島津は交易で芋が封殺か味方に引き込みか?今後の展開に期待 この世界線だと武…
「これらの後に名君・名宰相と呼ばれる者たち」「後に豊臣政権を支えることになる若者たち」 この文章はどう捉えればいいのでしょうか。 正史においてはまだ先のことということなのか、この物語の確定した未来の話…
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