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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十章 伊勢太守編(転戦編)

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第百五十八話 戦後の勘定

姫路城。


血の匂いと土の臭いを纏ったまま、

芋粥軍は一足先に城内へ入っていた。


城内に満ちるのは、勝利の安堵ではなく、

損耗の重さであった。


鬼兵の数は明らかに減っている。

農兵に至っては、列そのものが痩せ細っていた。


戦は終わっても、戦の結果は残る。


その事実を、誰もが理解していた。



やがて、城外に再び土煙が立つ。

羽柴軍の帰還であった。


必要な礼を尽くすために門前に出迎えた。

それだけであった。


門が開く。


先頭の騎馬から、一人の男が姿を現す。


羽柴秀吉。


秀政の姿を認めた瞬間、

秀吉は馬上で手綱を引き、勢いよく飛び降りた。


そのまま歩み寄る。


いや、歩み寄るというより、踏み込んでくる。


「おぉ、芋。久しいな!」


声は明るい。

だが、その目は戦場帰りのそれであった。


「秀吉、お前も無事で何よりだ」


応じる秀政の声は平坦である。


労いではない。

確認である。


秀吉は構わず続ける。


「いや、お前が囲まれとると聞いて、儂は気が気ではなくてな。

 褌を履き忘れるほど慌てて急行したのだぞ!」


軽口である。

だが、秀政の表情はわずかに曇る。


(よく言うわ)


内心の評価はそれで終わる。


だが秀吉は、その視線を意に介さぬ。

距離を詰め、両肩を掴んだ。


力が入っている。

芝居ではない。

だが、計算は入っている。


「九死に一生を得たな!儂のおかげで命拾いしたぞ」

「お前が手薄にした姫路を代わりに守ってやったぞ」


秀吉と秀政が同時に口を開き、

自分の恩を売りつける。


二人とも目を丸くする。


「いやいや、お前、わしが出向かねば今頃死んでおったろうに」

「いやいや、お前、俺が出向かねばそもそも姫路は毛利の物だ」


再び二人が同時に恩着せがましく言う。


沈黙が一瞬だけ生まれる。


だが、それは対立ではない。

呼吸である。


「……もうその辺にしておけ、兄者」


横から入った声が、それを断ち切った。

秀長である。


苦笑を浮かべながらも、視線は冷静であった。


秀吉と秀政が、同時にその方を見る。


そして――

笑った。


「「お前のおかげで助かった」」


今度は同じ言葉を重ねる。


だが、先ほどとは違う。

これは終わらせるための言葉である。


互いに理解している。


ここでこれ以上やれば、

ただの子供の張り合いになる。


だから引く。

だが、譲ったわけではない。



秀吉が腕を組む。

そのまま、城内の様子を見回しながら言った。


「芋、お前のおかげで姫路は押さえられた。

 此度は織田の勝ちだ」


断定である。

戦の評価を、まず確定させる。


「これでしばらくは、播磨の国人も揺れる。

 どちらにも付かぬ以上、補給線は確保できる」


戦術ではない。

政治の話であった。


秀政も頷く。


「あぁ、そうだな。

 その間に、お前なら周りを切り崩せる」


これは評価である。

そして同時に、仕事の押し付けでもある。


秀吉はそれを笑って受けた。


「時間さえあれば、容易いことよ」


軽く言う。

だが、その中身は重い。


続けて、視線を戻す。


「それにしても……

 まさか毛利がお前を狙いに来るとはな。

 名を上げたな」


「……少々、目立ち過ぎたようだ」


自覚はある。

だが、それを悔やんではいない。


結果として、狙われた。

そして予測できなかった。

それだけである。


秀吉が肩をすくめる。


「まぁ、ゆっくり休め。

 ――もう戦えまいな。伊勢に帰るのだろう?」


確認ではない。

読みである。


秀政は否定しない。


「あぁ。

 想定以上に痛手を受けた」


事実である。

数字は口にしない。

だが、双方とも理解している。


鬼兵の損耗。

農兵の壊滅。


あれを見れば、誰でも分かる。

秀吉はわずかに視線を落とした。


「……すまんかったな」


短く言う。


「正直に言うが、出陣が遅れた。

 毛利の動きが儂らを誘い出しているようにしか見えなんだ。

 本来なら救援すら出れぬところであった。

 礼は官兵衛に言え」


「ん?」


「こ奴の諜報力は馬鹿にできん。

 即時、毛利の動きを多角的にとらえ、

 取捨選択して正しく把握した。

 

 ゆえに芋、お前の救援に全力を注げた」


黙って控えている官兵衛に秀政が目をやる。


「小寺官兵衛孝高、よく知っている。

 天下一の知恵者よな。

 お前にはもったいないほどの男だ。

 いや、お前だからこそ使える男かもしれないがな」


「買いかぶりすぎです」


官兵衛が静かに反論するが、秀吉はそれを無視して続けた。


「なんじゃ、お前もこいつに目をつけとったか。

 もう儂のもんじゃ。やらんぞ。


 とにかく、お前には血を流させてしもうた」


だが、それで終わらせない。


「帰りの米は用意しておく。

 それと、お前の兵は荼毘に付した。

 陣僧に弔わせてある」


事務処理である。

だが、必要な配慮でもあった。


秀政は静かに頷く。


「かたじけない。

 奴らは俺が那古野城代の頃からの兵だ」


一瞬だけ、間が空く。


「……死なせてしまった」


言葉は短い。

だが、重い。


秀吉はすぐに返す。


「無駄ではない」


断言である。


「西の包囲に、一石を投げ込んだ。

 ここから織田が押し返す」


戦の意味を与える。

死に意味を与える。


それは、武将の務めであった。


秀政もそれを否定しない。


「あぁ。

 お前の働き次第で、大きく動く」


秀吉は笑う。


「殿にはお前に助けられたことも、ちゃんと伝えておくでな」


その言葉に、秀政は視線だけを流した。


(嘘をつけ)


思うだけで、口には出さぬ。

ここで否定しても意味はない。


言った者のものになる。


それが戦国の論功である。



秀政は軽く息を吐いた。


「今日は休む。

 三日後には発つ」


それで話を切る。

秀吉も追わない。


「あぁ。ゆっくり休め」


それだけで終わる。

互いに背を向ける。


だが、その背中は語っていた。


この戦は終わった。


だが――

お互いの次の戦はすぐに来る。



姫路城奥の間。


そこで交わされる言葉は、

戦場と同じ重さを持つ。


秀吉は胡座をかき、

向かいに座る秀長を見据えていた。


「……ちょうどええ所に芋が来たな」


ぽつりと落とす。


軽いようでいて、計算の入った声である。


「小一郎。お前、伊勢へついて行け」


唐突であった。


だが秀長は驚かない。


ゆっくりと顔を上げる。


「あれのことか」


「ああ」


即答である。

秀吉は続ける。


「徳川は、芋の農政の仕組みを盗んだ」


言い切る。


評価ではない。

断定であった。


「三河、遠江、駿河。

 あの三国にそれを布き、地盤を固めた。


 結果はどうだ。

 百万石だ」


指を折るように、言葉を積む。


「もはや徳川は、織田の中でも無視できぬ。

 あれは“力”を持った」


秀長が小さく息を吐く。


「百万石、か。

 そりゃあ、すげぇな」


素直な感想であった。


だが秀吉は、そこを流さない。


「噂では、隣国の立場を利用して、

 民を使い吸い上げたらしい」


視線が細くなる。


「上手い事やったもんじゃ。

 だが、それで芋も警戒しておろう。

 今は探るのは難しい」


秀長もまた、言葉を継ぐ。


「……だが、羽柴もやらねばならん。


 このままでは、立ち行かんぞ。

 領地は細い。

 兵も銭も足りぬ」


現実であった。


「だから行けと言うんだな、兄者」


「そうじゃ」


秀吉は頷く。


だが、すぐに釘を刺す。


「ただし――

 欲しがっておると思われてはならん」


ここが肝である。


「足元を見られる。

 あいつは銭にうるさい」


秀長が苦笑する。


「ああ、確かにな。

 何を吹っかけてくるか分からん」


秀吉はわずかに肩をすくめる。


「だからな。

 ふと思いついたかのように、

 成り行きでついて行け」


「……無理があるじゃろうて」


秀長は率直に言う。


「芋粥殿には、素直に頭を下げた方が早いのでは?」


だが秀吉は首を振る。


「それでは駄目じゃ。

 “欲しがっている”と悟られる」


丸投げする。


「上手くやれ」


命令は、それだけであった。



二日後。

出立を前にした姫路城。


「おう、芋、明日には発つか」


秀吉が軽く声をかける。


「ああ。世話になった」


秀政は簡潔に返す。

やり取りは短い。

それで十分であった。


「もう少し手伝って貰いたかったが仕方ねぇの。

 気を付けていけよ」


そこへ――

秀長が、ふと口を開いた。


「なぁ、兄者。俺も一回伊勢に行っていいか?」


「何言っとる、小一郎。

 これから忙しくなるのに、遊んでくる気か?」


「いや……そういうわけではないが」


歯切れが悪い。

演技である。

だが、やや粗い。


秀吉が唸る。


「むぅ……」


わざとらしく考える。


「普段我儘言わんお前の頼みじゃ。

 叶えてやりたいのは山々じゃがなぁ……」


そのやり取りを、秀政が見ていた。

やがて、頭を掻く。


「……おい」


一言で割って入る。


「茶番はよせ」


空気が変わる。

秀吉が目を細める。


秀政は続けた。


「なんだ、お前も徳川殿のように俺の農政を猿真似する気か?

 猿だけに」


「こら、芋。

 上手い事を言った顔をするな」


すぐに言い返す。


「別に小一郎が見たい言うとるだけじゃ」


「そうか」


秀政はあっさり引く。


「ならば、小一郎殿、諦められよ。

 秀吉がそう言っておる」


秀長が苦笑する。


秀吉が即座に乗る。


「あー、待て待て、芋」


声が少し低くなる。


「お前も性格が悪い奴だなぁ」


本音が混じる。


「羽柴は国が細い。

 友なら助けてやろうとは思わんのか?」


踏み込む。

秀政は間を置かず返す。


「ただでか?」


即答であった。

秀吉が困った顔で両手を広げる。


「儂にはお前にやれるもんがないんじゃ!」


開き直りである。

そこで、話は一度終わりかける。


だが――

秀政が、黙って考え込んだ。



「……俺は伊勢に戻れば」


ゆっくりと口を開く。


「殿から、滝川殿の与力を命じられるだろう。

 おそらく次は武田攻めだ」


状況を提示する。

秀吉が頷く。


「ははっ。

 殿の目に留まる働きをした証やな」


だが、秀政は続ける。


「……だが、兵を率いる将が足りん」


秀吉の顔がわずかに変わる。


「将が足りん、か」


「そうだ」


断定である。


「浅野も鷺山も優秀だ。

 だが、それだけだ」


言い切る。


「軍団を任せられる若手がいない」


そして核心。


「俺の軍は“技”と“兵站”は強い。

 だが、“武人”が足りん」


秀吉が腕を組む。


「……で、何が言いたいんや」


秀政は一切濁さない。


「小一郎を預かり、教育するのは構わん。

 だが対価がいる。

 ――若手の武人を貸せ。期間で良い。」


秀吉が即座に反発する。


「軽う言うな!

 将は儂の宝やぞ!」


秀政は平然と返す。


「死なせたら、すまんな」


「軽う言うな言うとるやろ!!」


怒鳴る。


だが、それでも話は止まらない。


「だが貸せ」


秀政は押す。


「福島でも、加藤でもいい」


名前を出す。


「お前の若手は、戦場で暴れるために生まれたような連中だ。

 うちで預かれば、必ず強くして返す」


秀吉が黙る。

計算が走る。


「……待て」


ゆっくりと口を開く。


「あんな小童どもでええのか?」


疑念ではない。確認である。


「小一郎を預ける以上、何かは払うつもりやったが……」


秀政は短く返す。


「どうだ。乗るか?」


沈黙。

そして――


「……分かった」


秀吉が決断する。


「市松と虎之助。

 期間で貸したる」


低く言う。


「死なせたら承知せんぞ」


「決まりだ」


秀政が笑う。


だが、その瞬間。


「待て」


秀長が割って入った。


空気が再び止まる。


「芋粥殿。

 少々、吹っかけ過ぎではないか」


静かな声である。


だが、芯がある。


秀吉が驚く。


「小一郎?」


秀長は続ける。


「農政の知見は確かに欲しい。

 だが――市松と虎之助では割に合わぬ」


言い切る。


「奴らは小童だが、いずれは大名になれる器だ」


秀政が目を見開く。


そして――笑う。


「ははは……なるほど」


楽しげであった。


「小一郎殿も見抜いたか」


すぐに頷く。


「同感だ。

 あいつらは大名にもなれる器だ」


秀吉もすぐに何事もなかったかのように乗る。


「芋、割に合わぬ。もう少しお前も手札をだせぃ」


流れが変わる。


秀政は肩をすくめる。


「調子のいい奴め」


だが、引く。


「分かった」


条件を重ねる。


「小一郎殿には、我が芋粥流を教える。

 だが時間がかかる」


ここで畳み掛ける。


「福島と加藤を貸してくれるなら、

 こちらも南條と木曾の弟子を遣わそう」


交換条件である。


「市川と杉野というのが居る。

 若いが郡奉行を任せても、十分に成果を出している。

 即戦力の文官だ。

 それならば、すぐに羽柴でも農政改革に取り組める」


秀吉の顔が明るくなる。


「おぉ、それは良い」


思い出したように言う。


「芋、昔言うとったな。

 南蛮の言葉で何とか……」


秀政が短く答える。


「ウィン・ウィンだ」


秀吉が笑う。


「おぉ、それやそれや」


満足げに頷く。


「これで羽柴は肥える。

 芋粥は戦に備えられる」


「……あぁ」


秀政も応じる。


「明日発つ。

 福島と加藤には準備させておけ」


すでに話は終わっている。


「こちらも文を伊勢へ送り、

 市川と杉野に今から引き継ぎをさせておく」


秀吉が頷く。


「頼むぞ」


戦は終わった。


だが――

彼らの次の戦の準備は、すでに始まっていた。


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