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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十章 伊勢太守編(転戦編)

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第百五十三話 狭道の均衡、隆景の策

花隈を発した芋粥軍は、

飾磨の手前の海に迫る狭道に布陣した。


右手は白波の砕ける海、左手は低い丘陵が連なり、

軍が横に広がる余地はない。


道幅は狭く、三千が来ようと六千が来ようと、

先頭に立てる兵の数は限られる。

すなわち兵数差を削ぐ地形である。


潮風が吹き抜け、

塩の匂いが陣幕の内にまで入り込む。

秀政は中央の席に座し、

扇を膝に置いたまま軍議を開いた。


周囲では赤鬼と青鬼が静かに武具を整え、

無駄口は一切ない。


戦に入る直前の静けさが、

逆に緊張を引き締める。


「殿、どう出ますか。

 敵将の粟屋とは、どのような将にございますか」


問いを発した鷺山の視線は既に前を見ている。

敵を知らぬまま踏み込むことの危険を理解している目であった。


その言葉に、秀政は扇を閉じた。

音は小さいが、場の注意が一点に集まる。


「詳細までは覚えておらぬ。

 だが、吉川元春の与力衆の中でも、

 粟屋は突出した慎重派、堅実派だったはずだ。


 無駄な戦いを嫌い、

 敵の力量を見極めてから勝てる戦しかしない。


 今頃、我らの情報を掻き集めているだろう。

 未知の敵は、最も危険と見る性分だからな」


長政が腕を組む。

視線は地図と前線の両方に向いている。


「毛利からすれば、

 どこに勝ち筋を見ておりますか」


秀政は首を横に振った。


断定はするが、控えめに返す。


「俺とて万能ではない。

 敵の腹の底までは読めぬ。


 ただし一つだけ言い切れることがある。

 ――三千で姫路は落ちぬ」


鷺山の眉がわずかに動く。


「……では、落とす気がない?」


即座に否定が入る。


「いやいや、間違いなく落とす気で来ている。


 播磨は国人の国だ。

 日和見で動く。


 毛利が姫路に取り付き、攻城を始めれば、

 風向きを見て国人どもが一斉に寄る。


 三千は五千に膨らみ、七千にもなる。


 勝ち馬に乗る構造だ」


言葉の先に、因果が続く。


「ゆえに、奴らにとっての勝ち筋は単純だ。


 姫路に“取り付く”こと。


 それだけで盤面が変わる」


鷺山が息を呑む。


「取り付けば勝ち、ですか」


「そうなる可能性がある。

 だから秀吉は我らを呼んだ。


 籠れば負ける。出れば背後を刺される。

 地盤の弱い秀吉には、単独で受け切る手がない。


 ゆえに外からの一撃で流れを止める必要がある」


長政が小さく頷いた。

花隈で見た秀長の焦りが、今ここで理に落ちる。


「……ゆえに、あれほど小一郎殿は急いだ」


「そういうことだ」


潮風が陣幕を大きく揺らす。

外では兵が最後の点検を終え、配置に就いていく。


狭道に杭が打たれ、土嚢が積まれ、射線が整理される。

ここで戦うと決めた以上、地形を武器に変える。


秀政は一度、外に視線を投げた。

敵はまだ動かない。

動かぬのは弱さではない。

様子見の強さである。


(粟屋は来ぬ。来るとしても、形を整えてからだ)


そう結論付けると、静かに次を置いた。


「当面は動かぬ。

 向こうが焦れて動いた瞬間を叩く。

 狭道では横に広がれぬ。


 先頭を崩せば、後列は詰まり、全体が止まる。

 勝ち筋はそこにある」


説明は簡潔だが、やるべきことは明確であった。



一方その頃、毛利の前線陣。


粟屋元親は地図に目を落としたまま、

静かに言葉を置いた。


「得体の知れぬ外様の将。侮るべきではない。

 むしろ危険と見る」


隣に控える福原貞俊が応じる。


「大和を収め、潰走した佐久間を立て直したと聞きます。

 兵も強いと」


粟屋は頷く。

噂の取捨はしているが、無視はしない。


「正面から当たる理由は薄い。


 こちらの利は、姫路に取り付くことにある。

 そこで国人が寄る。

 兵は膨らむ。

 ならば避けて進むのが筋だ」


福原がそれに重ねる。


「理にかないますな。

 姫路に至れば流れは変わる。

 ここでの消耗は不要」


だが粟屋はすぐに次の危険を指摘した。


「ただし、弱く見せれば国人が織田に寄る。

 怖れて退いたと見られれば、播磨は動かぬ。


 慎重と弱腰は違う。

 見せ方を誤るな」


言葉の後、短い沈黙が入る。

決断の重みを測る時間である。


「ここは元春様にお伺いを立てる。

 最終判断は上で下す。


 福原殿、いつでも一当てできる準備は整えておけ。

 動かぬと決めても、動けぬとは言わせぬためだ」


福原は深く頷いた。

戦わぬために、戦える形を整える。


毛利の兵の使い方である。



同刻、上月城。


吉川元春の陣に、小早川隆景が入る。

二人は対面し、余計な前置きはない。


「兄者、厄介な相手が出た。


 芋粥――

 武田を倒し、第一次の包囲網を崩したと噂の男だ」


元春が低く応じる。


「噂は半分に聞け。

 だが半分でも十分に重い。軽視はせぬ」


隆景は首を横に振った。


「軽視ではない。

 優先順位の話だ。


 粟屋は慎重だ。兄者が警戒するほどの相手なら、

 なおの事、前に出れぬ。


 そこで時間を使うより、ここで一手打つ」


元春の視線が鋭くなる。


「何を打つ」


隆景は一歩踏み込む。


「姫路ではない。


 首だ。


 芋粥の首を取る」


場の空気が一段冷える。

だが論は続く。


「姫路は逃げぬ。時間をかければいずれ落ちる。

 だが、あの男は違う。


 自ら寡兵で前線に出てきている今が機会だ。


 軽い気持ちで援軍に来たのやもしれんが、

 こんな機会は滅多におとずれまい」


元春は腕を組む。


「価値はあるか」


「ある。赤備えを討った。

 大和も一年で片付けた。

 頼廉すら手玉に取られたと聞く。


 日和見の城一つより、戦の流れを動かす首一つの方が重い」


理は通っている。

問題は手段であった。


「どうやって取る」


隆景は地図の一点を指した。


「敵は狭道で待つ。

 こちらが姫路へ向かうと読んでいる。


 ならば逆を行く。


 ――兄者の名で播磨に檄を飛ばし、播磨国人を集める。


 三千、いや五千を上積みして八千。


 狭道の前後を押さえ、挟み込む。

 正面で止め、側面から回り、背を断つ。


 元より大軍で相手をするには、好ましくない地形ではある。

 だが、そこは量で押し切る」


元春は短く息を吐いた。


「城は逃げぬ。

 だが機会は逃げる。


 ……良かろう。俺の名で動かす。

 播磨に声をかける」


隆景がわずかに笑う。

決まれば早い。毛利の強さは決断の速度にもある。



その動きなど知る由もなく、

飾磨の狭道では膠着が続いていた。


互いに出ず、互いに測る。


矢も飛ばぬ静けさの中で、情報だけが行き来する。


秀政は前方の毛利陣を眺め、静かに呟いた。


「予想通りだ。粟屋は動かぬ。

 未知を前にして、手を出さぬ。

 これは弱さではない。

 正しさだ。


 だが――」


言葉を切らずに続ける。


「この“動かぬ”は、播磨の国人の心を揺らす。

 どちらが強いかを見ている連中は、動けぬ方を弱いと見る。


 ゆえに、わざわざ攻め来て、敵を前に臆する粟屋に国人はついて来ぬ。


 戦わずして勝つ、これが一番だ」


命令は簡潔に降りる。


「前列は間合いを詰めすぎるな。

 射線を保て。


 青鬼は左の丘を抑え、回り込みを警戒。

 赤鬼は中央で受ける。


 ――敵が動いた瞬間、先頭を叩く」


潮風が強くなり、波音が大きくなる。

空気が変わる。


戦が始まる直前の匂いである。


やがて、遠くに動きが見えた。

毛利の先頭がわずかに前に出る。


小さな動きだが、均衡が崩れる兆しであった。


秀政は息を整え、視線を一点に固定する。


「……来るか?」


狭道の均衡は、今、破られようとしていた。


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