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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十章 伊勢太守編(転戦編)

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第百五十二話 秀吉の腹、毛利の初手

佐久間信盛への出立の挨拶を終えた後、

秀政は花隈城の二の丸にある自室へ戻った。


花隈に来た時は、

ここをただの仮宿としか見ていなかった。


だが、佐久間が持ち直し、

多少住み慣れてきたところでの出立だ。


障子を開けて中へ入ると、すぐに鷺山と長政が寄ってくる。


二人とも顔つきは真面目で、

先ほどの羽柴小一郎との会談を、

ただの援軍要請としては受け取っていないことが分かった。


先に口を開いたのは鷺山だった。


「殿。

 此度の播磨攻め、どこを落とすおつもりで?」


その問いに、秀政は荷を机の上に置きながら、

さも当然のことのように答えた。


「どこも落とさぬ。

 おそらく秀吉が落とさせてはくれまい」


長政と鷺山は、ほとんど同時に首を傾げた。


「……?」


「……どういうことにございます?」


秀政は肩をすくめる。


「播磨は秀吉にとって“出世の種”だ。

 他人に荒らされたくはあるまい」


この一言で半ば答えは出ている。

羽柴秀吉にとって播磨は単なる戦場ではない。


自らの勢力が一段上がるための踏み台であり、

領地の質の悪さを外征で補うための最重要地である。

そういう土地を、援軍とはいえ他家に、

横から功を持って行かせるような真似をするはずがない。


鷺山が眉を寄せる。


「では、我らの役目は?」


秀政は少し考える素振りを見せた。

だが実のところ、答えはもう出ている。


「おそらく……姫路の防衛だ」


その言葉に、鷺山の目がはっきりと見開かれた。


「なるほど。


 確か、小寺を調略したと申しておりましたな。

 羽柴殿は姫路に入り、

 播磨攻略の拠点とされるわけですか?」


「そうだ」


秀政は頷く。


「播磨を取るには、

 一城二城落とせば済むという話ではない。


 国人を寝返らせ、道を確保し、兵站を通し、

 反抗する城を一つずつ潰していく。

 しかも毛利が背後で糸を引いておる。


 二年で済めば早い方だろう。

 下手をすると三年かかる」


ここは曖昧にしない。

播磨攻略は派手な一会戦で終わる類の戦ではない。


国人衆の国である以上、

勝敗よりも「どちらに付くと得か」を一つ一つ積み上げていく必要がある。

時間がかかるのは当然だった。


「その間の足場になるのが姫路だ。


 城の規模もよい。

 港も近い。

 内陸にも西にも手が届く。


 あそこを失えば、秀吉の播磨攻めは最初から組み直しになる」


長政もそこで理解したらしく、静かに頷く。


「姫路に籠る、というわけですね」


「そうなるだろうな」


秀政は続ける。


「籠城というものは、

 中の兵だけが強くても意味がない。


 外からの援軍が来る見込みがあるからこそ持つ。

 逆に言えば、援軍が来ぬ城は、

 どれほど堅くともいつか落ちる」


この辺りは長島や大和の経験がものを言う。

城は単体で生きるものではない。

補給線と周囲の勢力関係の中で初めて意味を持つ。


「一度、毛利勢を追い返せばよい。


 そうすれば秀吉なら、その間に堀を掘り、

 兵糧を溜め、城番を固め、国人を動かす。

 姫路と官兵衛が揃えば、秀吉なら播磨を落とせる」


そこで秀政は、さらに先まで口にした。


「播磨を落とせば、ようやく本来の中国攻めに取り掛かれる」


鷺山が顎を撫でながら呟く。


「姫路を攻める毛利の将、

 誰が来るのでしょうな?


 正直、毛利と事を構えるとは思ってもおりませなんだ。

 誰の名を聞いても、我らには皆同じに聞こえますが」


それも無理はない。

東海と伊勢の戦を主としてきた芋粥家にとって、

中国筋の将はまだ遠い。


名は知っていても、その力量までは肌で分かっていない。


秀政は少し考え、それから冗談めかした顔で笑った。


「うーむ。

 吉川元春、小早川隆景が出てきたら……逃げようかの」


長政が驚いた顔になる。


「義父上、それでは羽柴殿が……!」


秀政は手をひらひらと振った。


「冗談だ」


言葉は軽い。

だが、その二名の名を挙げたこと自体に意味があった。


鷺山が首を傾げる。


「その吉川や小早川というのは、

 それほどの将にございますか?」


秀政は今度は真顔に戻る。


「間違いなく、長宗我部元親と同格の名将だ。


 いや、戦の種類によっては、それ以上に厄介かもしれん。

 両名とも、この日本でも最強の将の一人だ」


これは誇張ではない。

吉川元春は武断の柱であり、

小早川隆景は智略と調略の柱である。


毛利が中国地方に覇を唱えられたのは、この両輪があったからだ。


鷺山は肩をすくめた。


「ひえぇ……。


 あの長宗我部の山猿と同格ですか。

 それは確かに、戦いたくありませんな。


 やはり逃げましょうか」


「鷺山!」


長政がすかさず叱る。

だが鷺山は悪びれもせず笑って受け流した。


「若、冗談です。

 しかし殿、策はお有りで?」


ここで秀政はあっさりと言った。


「策? ないぞ。

 だから逃げようと申したのだ」


これもまた本音だった。

勝ち筋の薄い相手と正面からぶつかるのは愚策である。


戦は勇ではなく計算だ。


どうにもならぬ相手には近づかぬという判断もまた、

立派な兵法であった。


だが、そのままでは終わらせない。


「安心せぇ。

 十中八九、いや間違いなく、今はその両名はまだ来ぬ」


長政が問い返す。


「なぜそう断じられます?」


「毛利にとって播磨は重要だが、

 最重要ではないからだ」


秀政は理を順に置いていく。


「中国筋そのものの押さえ、

 九州への備え、四国との繋ぎ、西海の海運。


 毛利が抱える戦線は多い。


 その中で、まだ“取られたばかり”の姫路に、

 いきなり元春や隆景を切るほど切羽詰まってはおらぬ。

 まずは配下の将で様子を見る」


ここは戦国大名の兵の使い方の基本でもある。

大将格はそう易々とは動かせない。


動かすからには、その背後の防備や次の一手まで含めて構成しなければならないからだ。


「そうだな……」


秀政は指を折りながら名を挙げた。


「粟屋元親、福原貞俊、桂元澄、児玉就英。

 この辺りがまず考えられる」


鷺山が感心したように頷いた。


「殿は詳しいですな。

 さすがにございます。


 既に中国にも目を向けておられましたか」


秀政は苦笑した。


「目を向けておらぬと、

 いずれ戦う相手の顔も知らずに死ぬからな」


真実はゲームの知識に過ぎない。


鷺山はさらに踏み込んだ。


「では、その四名であれば勝てますか?」


秀政は迷いなく答える。


「勝てる。

 一気に叩く」


その断定に迷いはなかった。


「此度の戦も消耗を最小限にして、伊勢に無事帰るぞ」


長政も鷺山も同時に頭を下げる。


「「はっ!」」


二人の声が、花隈の石壁に反響した。


その横で、秀政は静かに自分の中の算盤を弾いていた。


姫路を守る。

秀吉に貸しを作る。

播磨の入口で毛利に一泡吹かせる。

しかも、大きくは減らさぬ。


(これなら悪くない)


秀吉の腹は読めた。

毛利の初手もおおよそ見えた。


(お前の腹が俺の思う通りであれば、

 この戦は負ける要素がない)



花隈を発って間もなく、

先行して走らせていた伊賀忍びが戻ってきた。


「殿。

 敵勢、判明いたしました」


秀政は馬上で手綱を軽く引き、忍びの報告を促す。


「申せ」


「粟屋元親を主将に、福原貞俊が副将。


 毛利兵二千に、播磨国人千。

 合わせて三千にございます」


長政と鷺山が息を呑む。


「三千……!」


しかし秀政の表情は揺れない。

むしろ、わずかに口元が緩んだ。


「なるほど。

 思ったよりも多いな」


忍びが続ける。


「今の進軍経路であれば、

 敵が姫路を囲む前に、

 飾磨の海沿いで野戦に持ち込めます」


秀政は頷いた。


「よし。

 花隈から明石を抜け、飾磨へ向かう。

 狭道で叩くぞ」


海沿いの道は細く、

三千の大軍でも隊列を整えられない。


多勢に無勢であっても、

また持ち込んだ鉄砲二十丁と少なくとも十分に刺さる地形だ。


秀政は馬を進めながら、

静かに呟いた。


「この戦いで我らは必要以上に血を流すことはない。

 毛利を追い返せばよい」


長政が横に並び、問う。


「殿、本当に……三千を相手に?」


秀政は笑った。


「あぁ、厳しい戦いになるな。

 くれぐれも無茶はするなよ。


 勝てばいいんだ。楽に勝つぞ」


やがて、海風が強くなる。


潮の匂いが濃くなり、

遠くに土煙が立ち上る。


鷺山が目を細めた。


「殿……見えました。

 毛利勢、三千。

 飾磨の手前にて進軍中」


秀政は馬上で姿勢を正し、

前方を見据えた。


「よし。

 ここが野戦の場だ」


右は海、左は丘陵の海沿いの狭道。

大軍が広がれぬ、絶好の地だ。


秀政は手を挙げ、号令をかける。


「全軍、備えよ。

 ――ここで毛利を止める」


芋粥軍千五百が一斉に動き、

海沿いの狭道に布陣を敷く。


その先、

粟屋元親の旗が風に揺れ、

毛利三千が迫ってくる。


潮騒と蹄の音が混じり合い、

戦の気配が濃く満ちていく。


秀政は静かに息を吸った。


「……来たな」


芋粥軍と毛利軍が対峙した。

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