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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十章 伊勢太守編(転戦編)

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第百五十一話 秀吉の使者

天正三年十月三十日。


花隈城。


城上には、なお硝煙の匂いが残っていた。

先日の攻防で撃ち放たれた鉄砲の黒煙が、

石垣や櫓に染みついている。


毛利派の播磨勢は、

根来・雑賀の鉄砲衆によって正面から押し返された。


狭い進路に押し込まれた攻城軍は、

連射の前に隊列を維持できず崩れ、

再編の暇もなく退いた。


これは単なる撃退ではない。

「花隈は落ちぬ城である」という事実を、

畿内に示した初戦であった。


その余韻を全身にまとい、

佐久間信盛は足取り軽く秀政のもとを訪れる。


「芋粥殿!

 おかげで守り切れたぞ!」


声が弾んでいる。

敗将の影は、もはやその顔にはない。


「まだまだ佐久間には金も米も兵もある。

 二度と花隈を奪われはせん!」


その言葉には誇張が混じる。

だが、全てが虚勢というわけでもない。


城を取り返し、

さらに守り切ったという事実が、

人と銭を呼び戻し始めている。


秀政はわずかに頷いた。


「それは何よりにございます。

 もう安心ですな。


 では――

 十日後には、伊勢へ戻らせていただきます」


この言葉は軽いようでいて重い。

すなわち、芋粥軍はここで役目を終えるという宣言である。


佐久間は気分よく応じた。


「うむ、うむ!

 芋粥殿には世話になりっぱなしよ!」


その声音には引き留める気配がない。

もはや自力で立てるという確信があるからだ。


ここで初めて、秀政の設計は完成したと言える。



秀政は長政、鷺山、村瀬を呼び寄せ、

伊勢への帰国を告げた。


「十日後に発つ。

 花隈はもう持つ」


簡潔だが、全員が理解する。


長政が息を吐いた。


「……ようやく落ち着けますな」


鷺山も肩を回しながら応じる。


「年末年始は伊勢で迎えられそうですな。

 さすがに骨が軋みましたわ」


村瀬は静かに頷くだけであったが、

その顔にもわずかな緩みが見える。


大和から続いた一連の戦役は、

いずれも消耗を抑えるためとはいえ、

一際、緊張させられる行軍だった。


ここでようやく、一区切りとなる。



その数日後。


佐久間信盛が再び秀政のもとを訪れた。

今度は、風呂敷を抱えている。


ただの訪問ではない。

礼を形にするための来訪であった。


「芋粥殿。

 これを……受け取っていただきたい」


差し出された風呂敷を、秀政は受け取る。


「これは何でございましょうか?」


佐久間は深く頭を下げた。


「芋粥殿は我が佐久間家の恩人だ。


 今はこの程度のものしか用意できぬが……

 どうか受け取って欲しい」


風呂敷が開かれる。


そこに置かれていたのは、備前焼の水指。

堂々とした姿を持つ名物である。


《備前亀ノ蓋》


ただの茶器ではない。

名が付く以上、相応の由緒と価値を持つ。


(……三百貫はする)


佐久間は内心で計算していた。

これならば礼として不足はない。


秀政はそれを見て、わずかに目を細める。


「これはこれは……見事な品にございますな。

 ありがたく頂戴致します」


声は淡々としている。


(茶器か……。

 正直、茶の湯には興味がない。


 いくらで売れる?)


内心はまるで別であった。


佐久間はその反応に違和感を覚える。


(……軽い。

 名物に対する反応ではない)


そして思い出す。


(そういえば……こ奴の金銭感覚は頭がおかしかったわ)


このままでは、礼が軽く見られる。

そう判断した佐久間は、即座に次を出した。


「芋粥殿は茶器よりも……武具の方がお好みかな?」


次の風呂敷が開かれる。


現れたのは見事な太刀であった。

拵えも刃も一級の品である。


(これも二百貫はする)


秀政はそれを受け取り、軽く重みを確かめる。


「良い刀にございますな」


やはり反応は淡い。


佐久間は困惑した。


「ははは……芋粥殿は目が肥えておられる。

 儂の家宝では礼にはならんか……?」


秀政も困ったように応じる。


「いえ、そのようなことは……」


場が詰まる。


ここで佐久間は一歩踏み込んだ。


「儂の貴公に対する感謝は真のものだ。

 儂にできることであれば、何でも差し上げるが……」


秀政は少し考えこむが、すぐに閃いた。

ここで初めて、選択肢が開かれた。


秀政の目が、わずかに動く。


「……では、一つだけ」


「うむ、何でも申せ」


秀政は間を置かず、本題に入る。


「以前、佐久間殿は織田家の名代として、

 南蛮のカーザ・デ・サンパイオ商会と誼を結ばれたと聞きます」


佐久間の眉が動いた。


「……ああ、あ奴らか」


秀政は続ける。


「ディオゴ・デ・サンパイオ総帥の商会。

 名門にございます。


 紹介状がなければ取りつく島もない。

 芋粥は何度、門前払いを受けたことか」


ここで要求を明確にする。


「――佐久間殿の紹介状を頂きたく」


佐久間は目を丸くした。


「そんなことで良いのか?」


拍子抜けしたような声である。


「あ奴らの言葉はわからんし、

 良いようにあしらわれている気がしてな。


 正直、好かん連中だ」


そしてあっさりと結論を出した。


「織田の名代を芋粥殿に譲ろう」


これは大きい。


単なる紹介状ではない。

織田家における南蛮商人との窓口そのものの移譲である。


秀政の鼻の穴が何度も大きく膨らみ、

わずかに息が強くなる。


(よし……。

 これで南蛮貿易が開ける……!

 大和の報告と同時に殿にも許可を頂こう)


茶器や刀とは比較にならない。

銭を生む仕組みそのものを手に入れたに等しい。


佐久間はその反応に驚く。


(三百貫の茶器にも動かぬ男が、

 商人一つでここまで喜ぶか……。


 やはり変人よの……)


秀政は紹介状を受け取り、深く頭を下げた。


「かたじけなく存じます」


そして即座に判断する。


「これを頂いたからには……

 備前亀ノ蓋は受け取れませぬ」


佐久間は目を見開いた。


「な、なんと……!」


理屈としては正しい。

だが感覚としては理解し難い。


秀政はすでに満足している。


(これで十分どころではない。

 むしろ貰いすぎだ)


ほくほくとした顔で、その場を辞した。

残された佐久間は、その背中を見送りながら呟く。


「……やはり、頭がおかしいとしか思えぬ」



出立前日の夕刻。

花隈城。


秀政は二の丸の一室で荷の仕分けを進めていた。

その時、城門の方が騒がしくなった。


「……誰か来たか」


秀政が顔を上げると、鷺山が急ぎ足で入ってくる。


「殿。

 羽柴家の使者、羽柴小一郎殿にございます」


「秀吉の使いか。小一郎殿が直接来たと?」


思わず問い返す。


ほどなくして、一人の男が姿を現した。

羽柴小一郎秀長である。


衣は乱れ、息が上がっている。

ただの訪問ではない。

急ぎに急いで辿り着いたことが、

その様子だけで分かる。


「芋粥殿……!

 間に合った……!」


その言葉に、秀政は眉をひそめる。


「小一郎殿。

 これはまた、随分と急がれましたな。

 まずはお入り下され」



座が整えられた後、秀長は深く頭を下げた。


「佐久間殿が復活したと聞きましてな。

 そして――

 ここに芋粥殿が滞在していると知り……」


一度言葉を切り、息を整える。


「帰国前に、どうしてもお会いしたかったのです」


その声音には、明確な“用件”があった。


ただの挨拶ではない。


秀政は静かに頷く。


「それほどまでに急がれるということは……

 ただ事ではございませぬな」



秀長の表情は、普段の柔和なものとは違っていた。


「羽柴家は……ご存じの通り、

 北近江、若狭、因幡を領しておりますが……」


秀政は即座に応じる。


「いずれも、豊かな土地とは言い難い」


断定する。


山がちで耕地は限られ、

商いも太くはない。


兵を養うには、決して恵まれた領地ではない。


秀長は苦笑した。


「ええ。

 お世辞にも良い土地とは申せませぬ」


その上で、現状を重ねる。


「そのため、毛利・長宗我部に抑えられた播磨へ、

 一歩も進出できずにおりました」


ここで因果が繋がる。


羽柴が播磨へ出られない。

播磨が動かない。

その結果、畿内西方の戦線は停滞する。


「追い詰められておりました」


その言葉は誇張ではない。


領地の質が低い以上、外に出て勝たねばならぬ。

だが、その出口である播磨が塞がれていた。


秀長は顔を上げる。


「しかし――

 今、情勢が変わりました」


「……ほう」


秀政は短く促す。


「長宗我部は四国へ撤退。

 毛利は花隈を失い、

 佐久間殿が播磨に睨みを利かせておられる」


ここまでで三つの要素が揃う。


一つ、四国勢の離脱。

一つ、毛利の橋頭堡喪失。

一つ、織田方の前線拠点の復活。


秀長はさらに踏み込む。


「播磨国人の調略が進んでおります」


ここからが本題であった。


「花隈復活。

 大和陥落。

 長宗我部の撤退。


 これらが重なり――」


声を落とす。


「小寺政職の調略が成立いたしました」


秀政の視線が鋭くなる。


「……小寺か」


秀長は補足する。


「実際に兄者が欲しかったのは、小寺官兵衛にございます。

 政職は、その小寺官兵衛に乗った形です」


ここも曖昧にしない。


建前は政職。

本音は官兵衛。


つまり、芋づるで小寺家を取れた。


秀政はゆっくり頷いた。


「なるほど。それは良い。

 今しかない、というわけですな」


秀長は即座に応じる。


「はい。

 今こそ播磨を落とせる唯一の機会。


 兄者も、ここが勝負所と見ております」


結論は明確である。


播磨が動く。

今なら動かせる。

ここを逃せば再び膠着する。


秀長は深く頭を下げた。


「芋粥殿。

 どうか――羽柴にも援軍を」


秀政はわずかに目を見開いた。


「我らに、ですか」


予想外ではある。

だが、筋は通っている。


秀長は迷いなく続けた。


「米は心配いりませぬ。

 羽柴がすべて用意いたします」


この一言の意味は重い。


(羽柴が……米を出す?)


秀政は即座に計算する。


(それほどまでに切羽詰まっている。

 いや、それだけ播磨に価値があるということか)


兵糧を他家に回せるほど余裕はないはずだ。

だが、そのようなことも言ってはおれぬということ。


“ここで勝たねば終わる”という判断である。



秀政は一度席を外した。


奥の間。

長政、鷺山、村瀬を呼び寄せる。


「羽柴が播磨攻めに援軍を求めてきた」


結論だけを先に置く。

長政が静かに応じた。


「……帰りたいのは山々ですが」


一度間を置く。


「秀長殿の言葉、嘘ではありますまい」


鷺山も頷く。


「播磨が落ちれば、畿内は一気に片が付きます。

 ここで羽柴に恩を売れば、後が楽になる」


村瀬は苦笑する。


「年末年始は伊勢で、と思っておりましたが……

 最後に一働きして帰りましょう」


三者三様だが、結論は一致している。


秀政は短く問う。


「……皆、よいか」


三人は同時に頷いた。



再び秀長のもとへ戻る。

秀政は迷いなく告げた。


「小一郎殿。

 我らも播磨攻めに加わりましょう」


秀長の表情が一気に明るくなる。


「芋粥殿……!

 かたじけない……!


 兄者も必ずや喜びましょう!」


秀政は軽く笑みを浮かべる。


「では――花隈を発ち、播磨へ向かいます」


ここで帰国は消えた。


だが、それは逸脱ではない。

より大きな戦場へ移るだけの話である。


こうして芋粥軍は、

伊勢への帰路を自ら断ち、

播磨という新たな戦場へと踏み込むこととなった。

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― 新着の感想 ―
となると相手は下っていない別所かな? 史実では三木合戦粘ったけどあれ加古川流域抑えるのに失敗して補給路繋げられた時点で割と詰んでましたよね。今回舞台の荒木の支えもあったけど続かず。 しかしあの羽柴の…
佐久間も芋殿の扱い方がわかってきたようでw 芋殿相手は名より実、今回みたいなツテや認可を融通すれば利益は勝手に作ってくれるので、ある程度地位のある人にとっては案外扱い易いまであるかもしれませんね そ…
佐久間に続き羽柴も手伝い戦、芋粥が各地の戦力を助けて戦線を打破する形になりました。 〉「播磨が落ちれば、畿内は一気に片が付きます。 ここで羽柴に恩を売れば、後が楽になる」 2つ返事した主君といいこれが…
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