表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十章 伊勢太守編(転戦編)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

153/159

第百五十話 佐久間復活の舞台

天正三年 十月十二日。


花隈城。


血に濡れた槍を握りしめたまま、

佐久間は天守の石垣に背を預け、

深く息を吐いた。


花隈は確かに取り返した。


城門は破り、本丸は奪い返し、

佐久間家の名もまた城内に戻った。


だが、城を一つ奪い返したところで、

それだけで情勢が変わるほど畿内の戦は甘くない。


六百の兵は疲弊している。

四散した家臣がどれほど戻るかも分からぬ。

花隈を失って佐久間の威は地に落ちた以上、

播磨の国人も摂津の土豪も、そう簡単には動かぬだろう。


何より――

毛利が黙っているはずがない。

本願寺もまた、花隈を放置する理由がない。


「……勝てはした」


佐久間は石垣の闇を見つめたまま呟く。


「だが、これで何が変わる……?」


それは弱音というより、現実確認であった。

花隈奪還は確かに武功だ。


だが、単発の武功では宿将の座は戻らない。

信長の信を取り戻すには、一度の勝ちでは足りぬ。

勝ちを積まねばならぬ。



芋粥軍千五百は二の丸を貸し与えられ、

防備が整うまでの条件付きで花隈城に滞在することとなった。


これは芋粥軍にとっても、他人の飯で

移動疲れを癒す良い機会でもあった。


城内には、しばらく奪還の喜びが残っていた。

だが、その中心に立つ佐久間信盛の顔は晴れない。



本丸の廊下、庭を見つめながら信盛が呟く。


「このままでは……」


声がさらに低くなる。


「儂は、信長様に見捨てられるやもしれぬ……」


その言葉に、背後から静かな声が返った。


「佐久間殿。勝利の直後に悲観できるのは、

 戦場を知る者の証です」


振り返ると、秀政が立っていた。

その顔に焦りはない。


花隈奪還を“終点”ではなく“起点”として見ている者の顔であった。


佐久間は思わず問う。


「芋粥殿……」


一度言葉を切ったのち、さらに低く続ける。


「儂は……どうすればよい……?」


問いは重い。

だが、秀政はそこで慰めの言葉を置かなかった。

慰めでは、この男は立たぬ。


必要なのは、次に勝つための具体だと分かっているからである。


秀政は静かに、落ち着いた声で諭す。


「まずは、花隈を守ることです」


言葉は簡潔だが、意味は重い。


「ここは攻めるための城ではない。

 勝ちを積み上げるための城です」


佐久間の眉がわずかに動く。


「勝ちを……積むのが難しいのだ」


「はい」


秀政は迷わず頷く。


「しばらくは毛利派の播磨勢も、

 本願寺勢も、花隈を取り戻しに来ます。


 それを――全て返り討ちにされよ」


ここで初めて、佐久間の目に光が戻る。


城を守る。敵を撃退する。

それだけならば分かる。


だが秀政の言う“守る”は、ただ持ち堪えることではない。


花隈という舞台を使って勝利を積み上げ、

敗将の札を一枚ずつ剥がしていく、

という意味である。


「兵が足りぬのは承知しております」


秀政はそう前置きした上で、さらに踏み込む。


「ですが、佐久間殿には金がある」


佐久間の目が細まる。


秀政は続けた。


「宿老の御領地は豊かです。

 敗れたとはいえ、根まで断たれたわけではない。

 田地も、商人との繋がりも、

 なお残っておりましょう」


これは慰めではなく、分析だった。

織田家中で長く宿老を務めた佐久間は、

家格だけでなく財も持つ。


今は軍を失っているが、

金そのものまで失ったわけではない。


「それを使い、根来・雑賀の鉄砲衆を雇われよ」


佐久間は思わず顔を上げた。


「な、何を申す」


驚きが先に立つ。


「あれは本願寺方ではないか」


秀政は首を横に振る。


「違います。

 あれは武士ではない。

 宗派でもない。

 金で動く、死の商人です」


言い切る。


「より金回りの良い方につく。

 そこに義も、仇も、信もない。


 あるのは勘定だけです」


ここを曖昧にしない。


根来も雑賀も、信仰で動く局面はある。


だが今、秀政が言っているのは鉄砲傭兵としての顔である。

金を払えば撃つ。払わねば去る。


そこにあるのは兵法ではなく商いだ。


「これは彼らにとって本願寺への裏切りではありませぬ」


秀政はさらに佐久間の心理を先回りして塞ぐ。


「金を払う佐久間殿に対する商売です。

 相手が本願寺であろうと毛利であろうと、

 銭を積む方に鉄砲を貸す。


 それだけの話にございます」


佐久間は言葉を失う。


秀政はそこを逃さない。


「鉄砲衆を五百から千ほど雇えば、

 花隈は一気に鉄壁となります。


 来る敵を、城外で削れる。

 正面からの力攻めは、

 今の時代、鉄砲の前では自殺に等しい」


ここも因果を明確にする。


花隈は平地の城だが、港と街道に近く、

攻める側は自然と狭い進路に押し込まれる。


そこに鉄砲を集中させれば、少兵でも大兵を止められる。

つまり、兵数不足を鉄砲の火力で補えるのである。


「……返り討ち……」


佐久間の口から、ようやくその言葉が漏れた。


秀政は頷く。


「はい。

 勝ち続ければ、荒木村重も揺らぎます。

 別所も寝返る。播磨の国人は“強い方”につきます。


 信長様とて同じです。

 勝ち続ける者を、必ず評価なさる」


ここは希望ではない。構造説明である。

戦国の国人は義理より現実で動く。

勝つ者につく。


それだけだ。


ならば花隈で連勝すること自体が、

政治的な宣伝になる。


「そして、もう一つ」


秀政はそこで終わらなかった。


「安宅水軍を雇われよ」


「水軍を……?」


佐久間の驚きは当然だった。

花隈は城である。水軍は一見すると遠い。


だが、秀政は海の方角を指す。


「花隈は海に近い。

 陸の城に見えて、

 実のところ海運と切り離せぬ土地です」


そこから先を具体に落とす。


「淡路の安宅衆は、今ならまだ銭で動きます。

 長宗我部は未だ安宅を心底従え切れていない。


 毛利水軍は四国と西海で手一杯。


 こちらが早く押さえれば、

 花隈の補給は海から安定する」


これは大きい。

本願寺も毛利も、畿内で戦う以上は海路を使う。

そこを切れば、花隈は単なる城ではなく

“海と陸をつなぐ楔”になる。


「陸は鉄砲で止める。

 海は水軍で押さえる。


 そうなれば花隈は、ただの奪還城ではない。

 畿内を繋ぐ要に変わります」


佐久間の呼吸が、目に見えて変わった。

ここまで来ると、単なる助言ではない。


花隈を中心に佐久間家を再興するための設計図そのものであった。


「……秀政殿……」


佐久間の声が震える。


「そこまで……儂のために……」


秀政は首を振る。


「佐久間殿。

 これは俺のためでもあります」


ここもはぐらかさない。


「畿内が安定せねば、織田家は前に進めぬ。

 そのためには、あなたが立たねばならぬのです」


内心では本音を呟く。


(俺は今、蓋をされた状態だ。

 残された切り取り地は紀伊しかない。


 できれば岸和田あたりまでは欲しい。

 欲を言えば大阪もだ。


 そうなると佐久間には力を持っていてもらいたい)


佐久間は深く頭を下げた。

今度の礼は、具足や援軍への礼ではない。


生き残る道筋そのものを与えられたことへの礼だった。


秀政は最後に、結論だけを置く。


「佐久間殿。

 復活の舞台は整いました。

 後は、勝ちを積むだけです」


そう言い残し、踵を返す。


佐久間はその背を見つめたまま、震える声で呟いた。


「……芋粥殿……

 この恩、必ず返す。

 必ず……!」



数日後。


花隈城の城門前に、

黒い具足の集団が現れた。


根来の鉄砲衆、三百。

雑賀の鉄砲衆、二百。

さらに、堺の浪人衆百五十。


銭の匂いを嗅ぎつけ、

腕を売る者が集まり始めたのである。


これだけではない。


四散していた佐久間家の兵が、次々と戻ってくる。


「佐久間様が花隈を取り返したと聞いて……!」


「戻って参りました!」


「再びお仕えしたく……!」


これは当然の帰結であった。

敗将の下には人は戻らぬ。


だが、城を奪い返し、

しかもそこで兵と銭が集まり始めているとなれば話は別だ。

武士は希望のあるところへ戻る。


花隈は一気に“戦える城”へと変わった。


佐久間信盛は天守からその光景を見下ろし、

静かに拳を握る。



天正三年、十月末。


毛利が播磨の兵を使って、

花隈の奪還のため攻め込んできた。


「さすがに、ただ飯喰らいも気が引ける。

 鷺山、防衛に加勢するぞ」


「はい!腕がなまって死にそうでした」


そこへ甲冑を着込んだ信盛が現れる。


「秀政殿……

 心配には及ばぬ。


 ここは我らだけで十分だ。」


その言葉に、もはや迷いはない。

不服そうな鷺山をよそに、

それだけ伝えると、自らの兵を率いて籠城戦の準備を開始した。


「……高みの見物と参ろうか。

 鷺山、不服そうな顔を致すな。

 兵が減らぬのはよいことだ。


 腕が落ちぬよう、訓練だけは怠らないでくれ」


「は!


 ……殿、そろそろ帰りませんか?」


「ははは、そうだな。

 この戦の様子を見て、

 安心できそうなら帰ろうか」



そして――


毛利派の播磨勢が最初に攻め寄せたその日、

城上から轟いたのは五百挺の鉄砲の一斉射撃であった。


花隈は落ちぬ。

佐久間の復活は、ここから始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ドン底を経験した後の再起ですから佐久間さんの性格も変わりそうです。 後がない、でも希望があるなら粘り強く働くでしょうね。 包囲網の打破を計るノッブからするとこうした陰働きは評価するでしょう。 松永さん…
そろそろ、そのころの猿軍団編もかな?
伊賀の時もそうでしたが根来についても、武家には理解し難い思考を押さえてる芋殿ならではの助言ですな 織田家の情勢と芋粥家の損得含みとはいえ佐久間にしてみれば起死回生のチャンス、史実と違って追われずに済む…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ