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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第九章 伊勢太守編(伊賀・大和攻略編)

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第百四十八話 花隈への道

郡山に籠って十日。


秀政は軍を動かさなかった。


動かなかったのではない、

動く局面ではないと判断していた。


長宗我部元親は四国へ引き揚げた。

政親がうまくやったのだろう。

少なくとも政親は芋粥、松丸に対する忠誠心には偽りがなさそうだった。


これは一つの転機ではあるが、

状況を好転させる材料にはなっていない。


むしろ元親が残した戦場の歪みが、

今の大和を不安定にしていた。


松永久秀は寺社との争いに踏み込み、

すでに引き返せぬ段階にある。


神木や仏像を焼いた行為は単なる戦術ではない。

寺勢力の面子と信仰を同時に踏みにじる行為であり、

これによって戦は「領地争い」から「宗教戦争」に質を変えた。


一方で下間頼廉は興福寺と合流し、

寺勢力を実戦部隊として機能させ始めている。


正面決戦を避け、荘園・補給・小拠点を点で削る戦い方は、

本願寺が最も得意とする消耗戦であり、

松永の軍はこれに巻き込まれた。


当初は松永が押していた。これは事実である。


だがそれは、初動で取り過ぎたがゆえの優勢だった。

寺勢力は一度結束すると崩れない。


日を追うごとに松永軍の兵は減り、

補給は滞り、奪った領地は維持の負担となる。


戦は、完全に泥沼に入った。


芋粥が動かぬことが誤算だった。

競うように芋粥が参戦した時点で、寺の難敵を全て押し付ける策略も立てていた。


全てが空振った。



また、頼廉が裏で流し続ける長宗我部軍一万の援軍がじきに到着すると言う偽報も松永を苦しめた。


芋粥八千が、そのせいで動けぬというのだ。


松永軍の士気が日に日に低下していく。


*


天守から大和を見下ろしながら、

秀政はその構図を頭の中で組み直していた。


(本来の筋は明確だった)


筒井を滅ぼした後、本願寺を大和から追い出す。

これによって大和の戦は終わり、

その功をもって伊勢へ帰還する。


信長への報告も、この線で一切の矛盾なく通る。


だが現実は違う。


長宗我部の乱入により、本願寺は未だ大和に残存している。

松永は寺と泥沼に入り、戦の主導権を失った。


この状況では、戦の終わり方が限定される。


(寺が勝ち、約を果たした本願寺が撤退した後、

 寺と和睦するか)


あるいは


(我らが松永に加勢し、寺と戦うか)


このどちらかでなければ、

信長への説明が成立しない。


そして後者は論外だった。


(寺とは戦いたくない)


長島での経験が、それを明確に否定している。


寺は落とすものではなく、扱うものだ。

真正面から喧嘩をして得るものはない。


勝っても消耗し、負ければ瓦解する。


だからこそ、動かない。

実質は動けないのだ。


その静止状態に、一本の情報が差し込まれた。


伊賀忍びが音もなく膝をつく。


「申し上げます。佐久間右衛門尉様、生存」


その一言で、秀政の思考が明確に動いた。


「続けろ」


佐久間信盛は本願寺攻めの総大将として、

細川・中川・高山・荒木・筒井といった

有力衆を与力に付けられていた。


これは単なる軍編成ではなく、

織田家の威信をかけた布陣である。


だが、その戦は崩壊した。


四国から現れた長宗我部元親が、

戦の流れを一方的に変えた。


正面戦ではなく、

機動と地形を利用した連続戦闘によって佐久間軍は削られ続け、

最終的に本城・花隈城を奪われるに至る。


「佐久間殿は六百ほどの残兵を率い、六甲山地へ退却。

 現在は山中に潜伏しているとのこと」


与力衆は四散した。


細川藤孝と高山右近は明智光秀の庇護下に入り、

信長の許しを得て明智与力となる。

これは裏切りではない。戦力の再配置である。


中川清秀は丹羽長秀の元へ退き、

こちらも同様に与力として再編された。


筒井順慶は本願寺側に付いたが、

すでに秀政によって滅ぼされている。


荒木村重は有岡城に籠り、動かない。

戦況を見極めている段階であり、

積極的に関与する意志は見せていない。


報告を聞き終えた秀政は、わずかに口元を歪めた。


(佐久間め、よく生き延びたな。しぶとい)


嘲りではない。評価である。

あの状況で六百を保っている時点で、

ただの敗将ではない。


そして次の瞬間、思考が繋がる。


(……待てよ。


 大和は泥沼。

 松永は消耗。

 本願寺は残存。


 だが、花隈は?)


秀政の中で、戦場の地図が一気に再構成された。


(これは……抜け道になる)



六甲山地。


岩と木に囲まれた山中に、佐久間の残兵はいた。

兵は痩せ、具足は傷み、統制もぎりぎりで保たれている。


そこへ芋粥の使者が入る。


「芋粥備前守秀政より申し上げる」


佐久間の視線が動く。


「何用だ」


その問いに対し、

使者は一切の前置きを置かずに本題を告げた。


「花隈城奪還に助力致す。

 織田家のため、共に戦われよ」


その意味は明確だった。


敗北した将に、

再起の機会を与える。


そしてそれは、

同時に芋粥側の都合でもある。


佐久間はしばらく言葉を失い、

やがて膝をついた。


「……願ってもない」


地に手をつく。


「この通りだ。頼む……!」


織田の宿将が、土に額をつける。

屈辱に体が震えているのが分かる。

だが、もはや佐久間が盛り返すにはこの機会しかない。


芋粥の使者はその姿に一切反応しない。


最初から答えは決まっている。


「承知」


それだけを残した。



現在、花隈城は――

長宗我部が四国へ帰還する際、毛利へ譲渡されていた。


長宗我部にとって花隈は前線拠点に過ぎず、

四国統治に集中する以上、維持する価値は薄い。


そのため、畿内への足場を欲する毛利に引き渡した形になる。


だが毛利は直轄では置かない。


属国として取り込んだ名門、別所家。

その別所重宗を城主名代として派遣し、

間接支配の形を取っていた。


つまり花隈は――

長宗我部でもなく、毛利本軍でもない。


外様の別所が預かる“中継地”に過ぎぬ。


(落とすにそう難しくはあるまい)


秀政はそう判断する。


守る理由が弱い城は、攻められた時に粘れない。

大義も、執着も、兵の士気も中途半端になる。


だからこそ狙う価値がある。


そしてこの一手は、戦術だけではない。


「花隈奪還のため、大和を離れる」


この名目が立つ。


本願寺でも、松永でもない。

“織田の城を取り返す”という一点で、

誰に対しても筋が通る。


信長に対しても同様だった。



郡山城。


秀政は事前に南都寺勢力に対して根回しし、

織田と寺の中立継続を条件に、

次に来る信雄、信孝の大和支配を認めさせた。


大和攻略の総大将たる芋粥は、

信長より寺との交戦は命じられておらず、

織田にとっても不本意な状態であるとした。


すなわち、この騒乱は松永暴走による私闘として、

織田は預かり知らぬこととして収めた。


当然松永の反発は熾烈だったが、

探られれば松永も痛い。


その弱みを突き、芋粥は強硬に結論付けて、大和から撤退する。


鷺山と長政を前にして簡潔に伝える。


「ここを引き払う。


 これは撤退ではない。

 戦場の移動である」


「は!」


「郡山城は信雄様へ。

 筒井城跡新屋敷は信孝様へお渡しする。


 殿から受けた命、二人に渡す領土を作る――

 これも果たしたことになるな」


鷺山が顎を撫でながら呟く。


「この状態で渡されても困りそうですが」


「そこまで世話は焼かぬ」


秀政は不敵に笑うと、続いて軍の整理を指示した。


「赤鬼五百、青鬼五百。

 兵站の農兵五百のみ残す。


 それ以外の伊勢国人衆と、

 他の鬼兵、農兵はこの場で解散だ。


 帰国させる」


摂津へ攻める兵数は千五百、大軍ではない。

だが、短期決戦には十分な規模である。


「郡山の備蓄米、物資は全て頂いていく。

 持ちきれない物は伊勢に帰る者達に運ばせる。


 兵糧はこの人数では持っていけても、二十日分だな」


郡山から花隈まで八日。

花隈から伊勢まで八日。


往復で十六日。


残り四日。


「戦に使えるのは四日か」


この制約がすべてを決める。

長期戦は不可能。補給も持たない。


佐久間の六百を合わせて二千百。

花隈側は別所・毛利・地侍の混成で千。


数は上回る。だが時間はない。


長政が不安そうに呟く。


「四日……。短期戦ですね」


「そうだ。覚悟を決めよ」


それ以外の選択肢は存在しない。

秀政は最後の言葉に力を込めた。


「出陣だ!」


(南都の寺衆と泥沼をやるよりは、はるかにましだ。


 大和はこれにて平定完了……とする)


この戦は消耗ではない。


成果を取りに行く戦だ。



号令とともに、芋粥軍は動き出した。


大和を離れ、花隈へ。


戦場は、再び変わる。

第九章 伊勢太守編(伊賀・大和攻略編) 終幕

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― 新着の感想 ―
知れば知るほど大和紀伊をよく治めた豊臣秀長の政治力と四国統一した長宗我部を2か月以内に降伏させた全盛期豊臣政権のチートっぷりが際立ちます。 地図を見ると山ばかりで幾ら大軍を動員したって渡海して碌な戦い…
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