第百四十七話 四国の覇者
芋粥軍の前衛は、間一髪で止まった。
こうして長宗我部一領具足と芋粥鬼兵は、
竜田の山間で対峙することになる。
秀政は考え込む。
(なぜここに長宗我部が?
もう佐久間が討たれたというのか?
政親は間に合わなかった?
……いや、まさか政親が長宗我部を誘い込んだ?
ここには長政がいる。
俺と長政を元親に討たせれば、次は松丸が芋粥を継ぐ……)
慌てて首を振る。
(さすがにそれはない。
そんなことをしたら芋粥は潰れる。
政親は賢い。
いくら何でも寄生母体を食いつぶす真似はすまい。
やはり佐久間が?!)
*
追われる立場となった頼廉は、
そこで異変を感じて立ち止まった。
「何が……起きた?」
頼廉のもとに、
野盗か山賊かも見分けがつかないような兵に守られ、
一騎の将が現れた。
僧兵が警戒して頼廉を取り囲むように守る。
全く緊張を感じさせず、その将が問いかけた。
「おまんが下間頼廉か?」
「……そうだ。貴公は?」
「わしが長宗我部元親ぜよ」
頼廉は驚きを隠さない。
「頼廉!
本当は大和まで来る気ぁなかったがよ。
ちょうど織田の佐久間を叩き潰しちゃあ、
ついでに顔を出しちゃっただけぜよ。
法主にも“おまんらを南都へ送り届けちゃれ”と言われちゅうき、
まあ貸しと思うて受けちゃる。
さっさと行きや。
芋鬼どもは、わしら一領具足が軽うあしらうき」
二十代後半の元親が屈託なく笑う。
頼廉は全てを理解した。無駄な時間を取らない。
「全軍、反転!興福寺を目指す!
元親殿、かたじけない!」
元親は肩の高さで手を振り応えると、
そのまま芋粥の方にゆっくりと進んだ。
潰走中だった本願寺軍は立て直し、
長宗我部軍の裏を通って南都を目指した。
*
「なんだ、この山賊みたいな軍は……」
鷺山が目を丸くして見つめる。
秀政からは短慮を自重するよう小母衣衆が既に届いた。
仕方なく静観する。
そこで本願寺軍が反転して興福寺に向かうのが見えた。
「なに?!行かせて良いのか?!」
思わず鷺山が手を挙げて突撃の指示を出そうとした時……。
彼からも見えるところに、
わずか十数名の兵に守られた若武者が歩み出る。
その姿は飾り気もなく、
ただ静かに、しかし圧倒的な胆力だけをまとっていた。
元親が鼻で笑う。
そして芋粥軍にも聞こえるように通る声で語りかけた。
「ん?
鬼兵がおると聞いちょったが、どれがそうながよ。
百姓兵と変わらん芋臭い面構えじゃちや。
芋鬼兵ども、よう聞け。
わしは土佐の長宗我部元親ぜよ。
本州は弱兵ばぁで、あくびが出よった。
鬼と一戦、交えとうて来ちゅうがよ。
いざ――尋常に勝負致せや!」
かつて姫若子と言われた寡黙な少年は、
長じて並々ならぬ覇気を纏った若き虎へと変貌した。
一瞬、鷺山はその覇気に押され、我を忘れた。
だが、すぐに持ち直し、叫び返す。
「おうおう、土佐の山猿が出てきおったか。
猿の分際で山賊の真似ごととは殊勝なことだな!
所望するなら一槍馳走してやるぞ。
鬼の槍、受けてみよ!
鬼兵ども!
四国の覇者を倒して末代までの誉れとせい」
鷺山が号令すると十名ほどの青鬼兵が猛烈な勢いで槍をもって突撃する。
元親の後ろには山間に一領具足本隊が槍を構えて待ち受けている。
鷺山も冷静さは失ってはいなかった。
秀政から一領具足を甘く見るなという達しがなければ、
全軍突撃させていたかもしれなかった。
まずは一当て。
絶好の機会に大将首を取らせに試し当てを試みた。
元親を守る土佐の一領具足たちも槍を構えた。
だが後ろの一領具足本隊は動かない。
そして元親さえも。
強烈な突きが、走り寄った青鬼兵から繰り出された。
だが、一領具足はそれを槍でいなすと、そのまま片手で青鬼槍の柄を握る。
鍛え上げられた強靭な握力と下半身で踏ん張ると、
青鬼兵の槍は押しても引いても動かなくなった。
それを見て元親が大笑いする。
「はっはっは!
やっぱり芋鬼兵っちゅうても、大したことなかろうがよ。
本州の兵は鍛え方が甘うて、話にならんぜよ。
槍っちゅうんはな――
こう振るもんじゃ!」
そこまで言うと一領具足たちは自身の槍を地面に一度突きさす。
すぐさま片手で青鬼の槍を捻り上げ、
空いた手で脇差を抜き、その柄を叩き切る。
そして地面の槍を引き抜くと、体勢を崩した青鬼に向けて突き出した。
青鬼兵も慌てて刀を抜いて払おうとするが、間に合わなかった。
一部の青鬼兵が刺し貫かれて膝を落とす。
鷺山が慌てて叫ぶ。
「退け!」
無事だった青鬼兵が陣に戻り、鷺山はその場で槍衾を敷かせた
「……これが一領具足……」
「おまんらも、佐久間っちゅう奴の兵よりゃあ、
まだましじゃがよ。
わしらは四国を制するために、
地獄みたいな戦ばぁ何度も切り抜けてきちゅうがぜ。
今さら鬼が千や二千おったところで、
驚くこともねぇわ!」
そこまで言うと、ゆっくりと踵を返して自陣に戻っていった。
そしてしばらく睨み合う。
芋粥軍は動けない。
その間に、本願寺軍は芋粥の追撃範囲から離れた。
「頼廉は行ったか。
よし、これで心置きなくやれるのう。
さあ――
芋鬼ども、やるか!」
鷺山が元親を睨みつけながら全部隊に号令を出す。
青鬼兵が腰を落として握る槍に力を籠める。
そこへ伝令らしきものが元親の元に訪れて、
何やら伝えた。
「ん……?
三好の残党かえ。
おう、芋鬼ども。すまんのう。
ちくと野暮用が出来たき、今日は帰るわ」
槍を肩に担ぎ、
振り返りざまに笑う。
「また次、戦をしようぜよ。
逃げんと待っちょれや!」
そういうと、元親は山間に消える。
一領具足たちが警戒しながらそれに続いた。
しばらくして、鷺山は戦場に取り残された。
「……行った。
あれが四国の覇者。
格が違い過ぎる」
鷺山は事の顛末を秀政に伝えるべく、小母衣衆に伝言を伝えた。




