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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第九章 伊勢太守編(伊賀・大和攻略編)

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第百四十四話 竜田にて再会す

大和・興福寺領、北荘。


夜明け前。

霧が田畑を覆い、視界は数十間先で断たれていた。


この時間帯が選ばれたのは偶然ではない。

霧が視界を遮る以上、装備の粗は露見しにくく、

何より「見間違い」を誘発できる。


すなわち――

偽装を成立させるための最適条件であった。


その霧の中を、影が走る。


青鬼兵。


――に、見える。


だが実態は多聞衆である。

急造の具足は形だけを似せたもので、細部は粗い。


しかし、この距離、この霧、この時間帯。

それらすべてが重なれば、識別は不可能となる。


「――来たぞ! 鬼兵だ!」


僧兵の叫びが上がる。


それで十分だった。


鬼兵が現れたと認識した時点で、戦は半ば決している。

統制は恐怖によって乱れ、判断は遅れる。


そこへ――


鉄砲が火を噴いた。


乾いた破裂音が連続する。

前列の僧兵が崩れ、隊列が裂ける。


「怯むな! 押し返せ!」


隊長が叫ぶ。


だがその命令が全体に伝わる前に、

状況は次の段階へ移っていた。


霧の奥から現れたのは――松永軍本隊。


長頼の軍勢である。


「松永勢、構えよ!」


短い指示。


「突けぇい!」


槍が前へ出る。


僧兵は横に展開できない。

荘園の通路は狭く、退くにも押すにも余地がない。


そこへ統制の取れた槍隊が踏み込めば、

崩壊は時間の問題である。


実際、その通りとなった。


僧兵は持ち堪えられず、

各所で潰走が始まる。


その間にも――


青鬼兵は動かない。


ただそこに在るだけである。

僧兵の大部分の被害は松永兵による。

だが、人の記憶には鬼兵が残る。


やがて、松永兵の一部が声を上げる。


「鬼兵を追え!」


あらかじめ用意された合図であった。


数隊が霧の中へ突入する。

鬼兵を追うように見せかけて、そのまま姿を消す。


実際には追っていない。

ただ消えただけである。


これにより何が起きるか。


「鬼兵を追い払った」


そう認識される。


この一連の流れは、最初から組まれていた。


鬼兵出現。

混乱。

鉄砲による初撃。

槍隊による制圧。

そして――撃退。


一つでも欠ければ成立しない。

だが揃えば、完全な筋書きとなる。


結果、北荘は短時間で制圧された。


久秀は馬上からそれを見ていた。


「……なるほど」


わずかに口元が緩む。


「寺は守る構造を持たぬ」


それは侮りではない。

実地に基づいた評価である。


寺は武装するが、軍ではない。

継戦を前提とした組織ではない。


ゆえに一度崩れれば、立て直しは効かない。


久通がそれを受ける。


「鬼兵の件も含め、筋は通りましたな」


「うむ」


久秀は頷く。


「これで“保護”できる」


ここで初めて、目的が表に出る。


単なる勝利ではない。


占領でもない。


名目を伴った接収。


それが狙いであった。


「芋粥に荒らされ、鬼兵に襲われた寺領を、

 我らが守る」


その構図を作り上げる。


「逆らえば、敵と見なす」


ここまで来れば、後は早い。


松永軍はその日のうちに三つの荘園を落とした。


戦いというより、処理であった。


翌日、僧兵は各所で崩れ、

抵抗は組織として成立しない。


そして――


すべての荘園で同じ手順が繰り返される。


鬼兵出現。

混乱。

鉄砲。

突撃。

撃退。

保護。


この一連の流れは、見る者にとっては一つの現象にしか見えない。


だが実際には、

精密に組まれた情報操作と戦術の連動である。


久秀はそれを確認しながら、次を見据えていた。


「このまま削る」


短く言う。


「寺は追い詰められている」


その認識に誤りはなかった。


実際、南荘に松永軍が現れた時点で、

僧兵はすでに戦う前から崩れていた。


恐怖と敗報は、兵力以上に効く。


そして――


ここで、段階が変わる。


ここまでは“勝ち続ける戦”であった。


だが、勝ち続けた先には必ず次がある。


抑えるか、壊すか。


久秀は後者を選ぶ。


久秀には一つの誤算があった。


一目で真贋を見分ける事が出来る鬼兵のあの違いが。



この日、芋粥と南都の和睦が成立した。

もはや、これ以上の“保護”は松永の難癖にすぎない。

だからと言って松永勢が止まることはない。


もはや、松永にとって、

保護という名の歪んだ大義名分は成立したのだ。



久秀は馬を止めた。


その視線の先にあるのは――


春日社の御神木。


南都における象徴の一つである。


久秀はしばしそれを見上げ、

やがて静かに命じた。


「……保護せよ」


兵が動く。


縄がかけられる。

倒木の準備が進む。


僧兵が叫ぶ。


「やめろ! それは神木だぞ!」


久秀は即座に返した。


「芋粥に荒らされたのだ」


わずかに間を置く。


「儂が保護してやっておる」


その論理は、意図的に歪められている。

だが、証明できぬ以上、否定もできない。


「貴様らが荒らしたのだろう!」


僧兵が叫ぶ。


久秀は笑った。


「証拠はあるか?」


その一言で沈黙が落ちる。


証拠はない。

目撃はあっても、特定はできない。


久秀は手を上げた。


「――火を入れよ」


油が撒かれる。


火が走る。


神木は瞬く間に炎に包まれ、

轟音とともに倒れた。


「やめろぉぉぉ!!」


悲鳴が響く。


久秀はそれを見つめながら、

淡々と結論を置いた。


「保護したにも関わらず逆らうか」


視線が冷える。


「ならば焼かれても文句はあるまい。

 お前たちが邪魔をしたから芋粥から守れなかったではないか」


目撃した僧兵は松永鬼兵に背後から刺された。



その日のうちに、


仏像三体。

神木二本。


すべて“保護”の名のもとに焼かれた。


これは単なる破壊ではない。

宗教的正当性を奪うための処理である。


松永軍は勝ち続けていた。


だが、この勝利は局地戦に過ぎない。


この炎は――


やがて大和全土を巻き込む構造を持っていた。



興福寺・大広間。


僧兵、神官、町衆、土豪。

南都の主要勢力が集められていた。


空気は重い。


だがそれ以上に、方向が定まっている。


怒りが統一されていた。


高僧が立ち上がる。


「松永久秀が神木を焼いた」


ざわめきが走る。


「仏像も焼いた。

 寺領を荒らし、荘園を奪い、僧兵を殺した」


これで認識は共有された。


別の僧が声を上げる。


「許すな! あれは鬼だ!」


神官が続ける。


「芋粥は無実」


ここで線が引かれる。


「詫びも寄進もあった。

 だが松永は違う」


拳が握られる。


「南都そのものを踏みにじった」


町衆代表が立ち上がる。


「物流は止めます」


これは決定的である。


「松永へ一粒の米も通しませぬ」


経済封鎖。


土豪が続く。


「兵も出す。

 大和から叩き出すまで戦う」


ここで軍事も決まる。


高僧が手を上げる。


場が静まる。


「本願寺へ使者を送る」


この一言で戦の枠組みが決まった。


「南都は本願寺と共に戦う。

 松永を討つために」


僧兵が一斉に立ち上がる。


応答は一つ。


「応!!」


南都は総力戦へ移行した。



郡山城。


報が届いたのは、長政帰還の翌朝であった。


「本願寺軍三千。

 下間頼廉、自ら先鋒にて竜田越え進軍中!」


鷺山が秀政を見る。


「籠城なさいますか。

 郡山は堅城、兵糧も十分。無理に当たる必要はございませぬ」


その提案は合理的である。


だが、秀政は首を振った。


「いや、打って出る」


即断だった。


「いずれ南都から真相が本願寺へ届く」


状況認識を置く。


「そうなれば本願寺は松永へ向かう」


長政が補足する。


「我らの働き場が消える」


「その通りだ」


秀政は結論を出す。


「何もせずに終われば、この遠征の功は残らぬ」


鷺山が息を呑む。


秀政はさらに踏み込む。


「ならば――

 芋粥と本願寺が対峙する“今”こそ好機だ」


その声は低く、だが確信に満ちていた。


「南都が本願寺へ救援を求めれば、

 本願寺は戦中でも気を二つに割らねばならぬ。


 集中できまい」


長政が言う。


「その隙に……大打撃を与える」


「そうだ」


秀政は立ち上がる。


「本願寺を大和から追い出す」


ここで目的が確定する。


「それができれば、

 郡山と筒井城跡に信雄様と信孝様を迎え、

 我らの役目は終わる」


そして最後に、


「松永殿と寺の喧嘩など知ったことではない」


優先順位を明確に切り捨てた。


「守兵の千を残し、全軍竜田川へ進軍。

 本願寺軍を迎え撃つ」



竜田川。


この地は偶然ではない。


谷は狭く、左右は丘陵で閉じる。

大軍は展開できず、隊列は必ず細くなる。


すなわち、


数の優位が機能しない地形である。


秀政は馬上からそれを確認した。


「ふむ、敵がここを選ぶのも納得できる」


長政が問いかけた。


「想定通りですか?」


「あぁ、敵は三千、我らは七千だ。

 この地は兵の差が活きぬ。


 頼廉は倍の我らを討つためには、

 ここしかなかろうな」


鷺山が続ける。


「敵もやりますな」


秀政はそれを否定する。


「そこまで痛手ではない。

 今回の七千は二千の精鋭鬼兵、

 千五百の伊勢国人兵以外は農兵だ。


 三千五百の農兵は数合わせ、端から後詰よ。


 三千と三千五百。


 むしろ兵の質はこちらが上。

 そして後詰がいるというだけで、

 敵は気が重く、味方は頼もしく感じるものよ」


「なるほど。質が高く士気も高い。

 それだけで有利にはなります」


「それに戦場があらかじめ定まっているのはよい。

 既に方々に忍びは飛ばした。

 地形に疎い我らは伏兵を最も恐れるべきだ」


その時――


谷の向こうから太鼓が鳴る。


本願寺軍。


白地に黒の「下間」の旗。


そして赤の僧兵旗。


先頭に立つ男。


下間頼廉。


秀政はそれを見て首を傾げた。


「……どこかで見た顔だな」


大野が駆け込む。


「と、殿!殿ぉ!」


「何だ大野、取り乱してどうした?」


「あ、あ、あそこに立つは下間頼廉です」


「それがどうした?」


続けて叫ぶ。


「伊勢で多度尚家と戦い、鉄砲を奪った戦――

 あれを指揮していた僧にございます!」


そこで秀政は思い出した。


「あぁ、あの影武者の僧か」


理解が繋がる。


「あ奴……下間頼廉だったか」


そして、納得する。


「どうりで強かったわけだ」


大野が言う。


「因縁にございます」


秀政は頷いた。


「そうだな、あの時点で頼廉ほどの名将とやりあえていたか。

 今はあの当時よりも芋粥軍は強くなったぞ」


そして結論を出す。


「ならば今度は勝ち切る」


言葉を重ねる。


「中途半端には終わらせぬ」


声が低くなる。


「殲滅する」


頼廉もまた秀政を見ていた。


(あれなるは鬼備前――)


記憶が繋がる。


(仕留め損ねた男か。

 悔やんでも仕方あるまい。


 今この場で息の根を止めてくれん)


軍配が上がる。


秀政もなまくら刀を馬上で掲げる。


谷を挟み、両軍が向き合う。


風が抜ける。


水音だけが響く。


そして――


戦が始まる。

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― 新着の感想 ―
強敵との再会でも、主人公の経験が段違いにレベルアップしてますね。 時間を与えてしましたのは致命的でしょうね。
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