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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第九章 伊勢太守編(伊賀・大和攻略編)

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第百四十三話 鬼の真贋

郡山城。


筒井が崩れてから十日。

戦場であったはずの大和は、妙な静けさに包まれていた。


城も、道も、民も――動かない。

嵐の前ではない。嵐の“合間”である。


上段の間にて、秀政、長政、鷺山が向き合っていた。


「意外と静かだな」


外を見ながら、秀政はそう言った。


「だが、必ず動く。

 松永殿がこのまま黙っているはずがない」


鷺山が腕を組む。


「松永殿は勢い任せに、

 いきなり寺へ行きますか?」


「いや」


秀政は即座に否定する。


「松永殿も梟雄よ。

 政親の描いた通りには動かぬ」


そのまま続ける。


「何かしら仕掛けてくる。

 そう踏んでおる」


鷺山は小さく頷いたあと、話を変える。


「それよりも――

 下間頼廉と当たることになったら、どう戦います?」


その問いに、秀政はすぐに答えなかった。


「……決められん」


正直に言う。


「山県と戦った時は違う。

 一夜城で戦うと、事前に形を決めておった」


視線がわずかに鋭くなる。


「だが今回は違う。

 策を持たぬまま、当たることになる」


そこで言葉を切らず、続ける。


「相手は下間頼廉。

 名将だ」


一拍置かず言い切る。


「これまで経験したことのない戦になるやもしれん」


鷺山は笑った。


「腕が鳴りますな」


「お前は楽観的でよいな」


秀政は苦笑する。


その時だった。


気配もなく、一人の伊賀者が現れる。


すでに各地へ忍びは放っている。

動きがあれば、必ず拾う。


「申し上げます!」


「うむ」


「青鬼兵を偽装した松永兵が、

 興福寺の荘園を襲っております!」


場の空気が変わる。


「我ら伊賀衆で後を追っておりますが、

 神出鬼没。捕捉できませぬ。


 相当の手練れ――

 忍びでございます」


秀政は即座に結論を出す。


「やはり仕掛けてきたか」


そのまま言い切る。


「多聞衆だな」


鷺山の目が細くなる。


秀政は続ける。


「松永殿の知将たる根源は、あの忍びだ。

 表の軍だけではない」


そして、迷いなく命じた。


「追うな。無駄だ」


「は?」


鷺山が眉をひそめる。


「捕まらぬ。

 それよりも、別の対処を考える」


長政が問い返す。


「別の対処、とは?」


秀政は腕を組み、考え込む。


「……政親もいやらしい策を立てるが、

 松永殿も負けておらんな」


鷺山が口を開く。


「こちらからも寺に策を仕掛けますか?」


だが秀政は首を振る。


「危険だ」


即断だった。


「上手くいけばよい。

 だが失敗すれば――火に油を注ぐ」


長政が静かに言う。


「無実を弁明するしかありませぬ」


視線がまっすぐ秀政に向く。


「寺には誠意をもって当たる。

 それが最善ではありませんか?」


秀政は即答しない。


「最善ではある」


その上で、現実を置く。


「だが、人は怒りに支配されると、言葉は届かぬ」


長政は一歩も引かない。


「届かねば、届くまで伝えるのです」


言葉に力が入る。


「誠意をもって」


その一言で、場の空気が変わる。


秀政はわずかに目を細めた。


「……それが一番か」


そう言いかけて――止まる。


「あ、待て」


次の瞬間、表情が崩れる。


「ふははは……」


声が漏れる。


「策返しを思いついたぞ」


鷺山が身を乗り出す。


「どのような?」


秀政は即答しない。


(鬼兵には、俺の中二病成分を仕込んでおいた)


内心で思う。


(あの具足は特注。

 数日で真似できるものではない)


顔を上げる。


「青鬼兵を一人、呼べ」


命が下る。


しばらくして、一人の青鬼兵が現れる。


それを見た瞬間、鷺山が吹き出した。


「そうであったな……!」


思い出したように笑う。


「殿は妙なところに拘る。

 だが――今回はそれが効いた」


現れた具足は、明らかに異様だった。


右の大袖(肩当て)だけが大きく、歪に膨らんでいる。

色もそこだけ濃く、禍々しい。


対して左は、意図的に小さい。


武士の具足は本来、左右対称である。

美と機能、その両方からそう作られる。


だがこれは違う。


武士は刀を左に佩く。

そのため左に荷重が偏る。


それを右で受ける構造。


槍の突きも、払いも安定する。

抜刀も速い。


理に適っているが、常識から外れている。


ゆえに――

一目で分かる。


ただの模倣では再現できぬ。


長政が息を呑む。


「これならば……!」


顔が上がる。


「芋粥の無実を証明できます!」


秀政は頷く。


「そうだ」


だが、そこで終わらない。


「だがな」


視線が鋭くなる。


「最初に言った通りだ。

 怒りに支配された相手に、話が通じるとは限らぬ」


その上で言い切る。


「使者は命を賭けることになる」


沈黙。


その空気を破ったのは、長政だった。


「私が行きます」


即断だった。


秀政が眉をひそめる。


「聞いておらぬのか。

 危険だと言うた」


「だからこそ、私です」


一歩踏み出す。


「芋粥の嫡男が詫びに行けば、

 寺としても面目が立ちます」


言葉を続ける。


「見舞い米も持参します。

 必ず成功させます」


秀政は黙る。


そして、低く言う。


「お前に何かあれば、明が悲しむ」


間を置かず続ける。


「……村瀬を連れていけ」


だが長政は首を振る。


「義父上」


強く言う。


「村瀬殿は頼廉との戦で必要です」


一歩も引かない。


「私を信じてください。

 必ず戻ります」


鷺山が横から口を挟む。


「若殿も強うなりましたな」


秀政へ視線を向ける。


「ここは信じるところでしょう」


秀政は、しばし黙る。


やがて、ゆっくりと頷いた。


「……分かった」


そして言い切る。


「やり遂げてみせよ」


長政の背筋が伸びる。


「は!」


秀政は続ける。


「寺とは喧嘩せぬ。

 誠実に詫びよ。


 中立を宣言してこい」


さらに言葉を重ねる。


「米は必要なだけ持っていけ。

 青鬼兵を五名、付ける」


長政は深く頭を下げた。


「必ず和睦して参ります」


顔を上げる。


「そして――本願寺戦にも間に合わせます」


その言葉に迷いはない。


長政はそのまま城を出た。


向かう先は、興福寺。


戦ではない。


だが――命を賭けた交渉が、始まる。



興福寺。


長政は、門前で馬を降りた。


石段の上に並ぶ僧たち。

その数は多くはない。


――視線が、重い。


刺すのではない。

押し潰す。


敵意を剥き出しにしたものではないにもかかわらず、

そこにあるのは明確な拒絶と警戒である。


踏み込めば、許さぬ。


そう言っている。


長政はそのまま進んだ。

一歩、また一歩。


逃げぬ。

止まらぬ。


そのまま本堂へと通される。



堂内。


高僧たちが座している。


年老いているが、その目は枯れていない。


静かに長政を見た。

その視線は鋭い。


殺気はない。

だが――それ以上に厄介なもの。


裁く側の目。


「……芋粥の者か」


低く言う。


長政は深く頭を下げた。


「芋粥家嫡男、芋粥長政にございます」


顔を上げる。


「此度の件、家を代表して詫びに参りました」


空気が動く。

だが、和らがない。


高僧は何も言わない。

その沈黙を受け、長政は続けた。


「まず申し上げます」


言葉を選ばない。


「此度の狼藉――

 芋粥は一切関わっておりませぬ」


即座に返ってきた。


「青鬼兵を見た」


別の僧が言う。

声に感情は乗せていない。

だが、断定である。


「鬼の兵などという悪趣味な兵装、

 貴様らの他にあるまい」


否定を許さぬ空気。

責めではない。

既に結論が出ている。


長政はその視線を受け止めた。

逸らさない。


「……本当に」


静かに言う。


「その鬼兵は、芋粥の鬼兵でございましたか?」


僧の眉が動く。

長政は振り返った。


「出せ」


供が具足箱、五つを運び込む。


重い音を立てて並ぶ。

蓋が開く。


中から現れた具足を見た瞬間――

僧たちの視線が変わった。


五領すべて。

右の大袖だけが、大きい。

歪なほどに。


長政は説明する。


「武士は刀を左に佩きます」


言葉を重ねる。


「ゆえに荷重は左に偏る」


具足を指す。


「それを右で受ける構造にございます」


さらに続ける。


「槍の突き、払いは安定し、

 抜刀も速くなる」


そして言い切る。


「これが、芋粥の鬼兵にございます」


長い沈黙が流れる。


僧の中から三人、前に出る。

目撃した者たちである。


その目で具足を見て、触れて、確かめる。


そして――顔を見合わせた。


「……違う」


一人が言う。


「我らが見たのは、

 このような具足ではない」


もう一人が続ける。


「普通の……具足であった」


その言葉で、空気が変わる。


重さが抜ける。

だが、すぐには和らがない。


疑いが“消えた”のではない。

“別の対象へ移った”だけである。


長政はそこで、深く頭を下げた。


「それでも」


強く言う。


「鬼兵によってご迷惑をおかけしたことは事実!」


顔を上げる。


「見舞いとして――

 三百石、持参いたしました」


僧たちが動く。


三百石。


軽い数字ではない。


それは荘園一つ分の年貢に相当する。

寺にとっては面子を立てるには十分すぎる。


しかも、それは芋粥の痛手ではない。


郡山の兵糧庫からの出費。

いずれ織田へ返す米である。


長政はそこまで説明しない。


僧たちの視線が、変わった。

先ほどまでの圧ではない。


測る目。


そして――わずかな同情。


高僧が口を開く。


「……若いな」


ぽつりと漏らす。


長政を見た。


命を賭けて詫びに来た。

その覚悟は理解できる。


「にっくきは……松永であったか」


声が低くなる。


怒りの方向が定まった。


「芋粥の状況は分かった」


そして、はっきりと言う。


「今後も――中立を保つでよろしいな?」


長政は即答した。


「はい、構いませぬ」


さらに言葉を重ねる。


「芋粥と松永殿は、同じ織田家中にございますが、

 全く連携しておりませぬ」


そして、最後に置く。


「南都に難あれば、

 寄進は惜しみませぬ」


それで十分だった。

高僧は静かに頷く。


「よかろう」


短い。


だが、それで決着である。


こうして――

芋粥と南都寺社は、中立を保つことで和睦した。



長政はすぐに寺を辞した。


留まらない。


この場に長居する理由はない。

馬に乗り、郡山へと急ぐ。


背に感じる視線は、もはや敵意ではない。

別のものに変わっていた。



そして――


その報は、ほぼ同時に郡山へ届く。


一つ。


「本願寺軍、郡山へ向け出陣」


もう一つ。


「松永、神木および仏像を“保護”」


報告を受けた者たちは、理解した。


戦が、動く。


四者が睨み合う均衡は――

崩れ始めた。

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― 新着の感想 ―
長政の帰りを襲って興福寺の仕業に見せかけるまでしていたら恐ろしい話になっていたでしょう。
大局では動かされた形とは言え松永も流石に性格の悪いところを見せてきましたねえ、策を打ちっぱなしで後手に回ってた芋殿がもう一波乱に備えているところも成長を感じます 性格の悪い策のぶつかり合いを制する一手…
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