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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第九章 伊勢太守編(伊賀・大和攻略編)

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第百四十一話 武功第一

政親は、数騎のみを伴い郡山へ向かった。


芋粥本隊は動かない。


筒井城の瓦礫を片付け、

砲弾を回収し、

福住城を静かに包囲する。


まるで何事もなかったかのように。


だが。


大和の空気は、すでに変わっていた。


「仏罰が落ちた」


その噂は、福住城に、

そして郡山城にも届いている。



郡山城。


城内は重苦しい沈黙に包まれていた。


兵はいる。


だが――覇気がない。


誰もが同じ顔をしている。


怯え。


疲労。


そして、理解の拒絶。


虚ろなまま念仏を唱え続ける。


その奥、本丸の一室。


筒井順慶は座していた。


顔色は悪く、目の焦点も定まらない。


口元だけが、かすかに動いている。


「……仏罰……。


 雷神……。


 ……あれは……人の業ではない……。


 天罰である……」


同じ言葉を、繰り返していた。


家臣たちは、何も言えない。


誰もが同じものを見た。

誰もが同じ音を聞いた。


否定できる者など、いなかった。


そこへ、静かな声が告げられる。


「芋粥より使者」


誰も動かない。


だが順慶が、ゆっくりと顔を上げた。


「……入れよ」



政親は、静かに座敷へ入った。


一礼。


無駄な言葉はない。


そのまま、口を開く。


「芋粥家より参りました、

 北畠千種伊勢介政親にございます」


順慶は何も言わない。


ただ、見ている。


そのまま政親は続けた。


「降伏勧告にございます」


その一言で、空気が凍る。


だが誰も反発しない。

できない。


政親は淡々と告げる。


「我が主、秀政は先月――

 阿弥陀如来の夢告により、鬼兵を編成しました」


誰かが息を呑む。


「そして、昨夜の出来事でございます」


沈黙。

否定する者はいない。


「……まだ、遅くはございませぬ」


政親は順慶をまっすぐ見た。


「戦を止められよ。


 降伏し、一族で高野山にでも籠られよ。

 各支城には、芋粥に従うよう命じられよ。


 それが――

 筒井家を残す、唯一の道にございます」


言い切った。

余計な言葉は、一切ない。


沈黙が落ちる。


長い。


重い。


誰も動かない。


やがて――

順慶の肩が、わずかに震えた。


「……まだ……」


誰にともなく呟く。


「……まだ……間に合うのか……」


視線が、どこにも合っていない。


「……あれは……。


 ……仏罰だ……」


その言葉で、すべてが終わった。

順慶は、崩れるようにうなだれた。


「……分かった……」


かすれた声。


「降ろう……」


家臣たちが顔を上げる。


だが、誰も異を唱えない。

唱えられない。


「……高野山に入る……。


 ……各支城にも……伝えよ……」


その言葉を聞いた瞬間、

政親は深く一礼した。


「ご英断にございます」



郡山城、開城。


その報は即座に福住へ送られた。


包囲されていた福住城に、

使者が到着する。


「殿よりの命にて、開城せよ」


抵抗はなかった。


門が開く。


兵が武具を置く。

福住もまた、戦わずして落ちた。



福住城には、芋粥の足軽大将――

員弁又兵衛継正が入った。


「城の確保を最優先とする。

 乱取りは許さぬ。規律を守れ」


「は!」


兵が動く。


整然と、静かに、

戦の気配は、もうない。



その頃、

政親は郡山城の門前に立っていた。


そこへ、秀政が到着する。


瓦礫の城を踏み越え、

静かに進んできた。


政親は一歩前に出て、頭を下げる。


「義兄上」


顔を上げる。


「筒井、降りました」


短い報告。


だが、それで十分だった。


秀政は、ゆっくりと郡山城を見上げる。


そして、小さく息を吐いた。


「……あっけないものだな」


政親は、わずかに笑う。


「戦は、始まる前に終わるのが最上にございます」


秀政も笑った。


「違いない。

 百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。

 戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」


そのまま、城内へ足を踏み入れる。


戦わずして落ちた城。


だが、

ここからが、本当の大和だった。



郡山城の天守にて。


瓦礫の山とは対照的に、

この城は静かだった。


戦わずして手に入れた城。


秀政は窓の外を見ながら言った。


「郡山城と福住城――

 無傷で押さえられたな」


短く、だが満足げに。


政親が一礼する。


「はい」


そして、間を置かず続けた。


「他の城は、取りませぬ」


秀政は視線を動かさないまま、

口元だけで笑う。


「……要らぬか」


「要りませぬ」


政親は即答した。


秀政は苦笑いして呟く。


「武士として、取れる城を取らぬという……

 何か不思議な気持ちがするな」


「そこは我慢です。


 芝城、田原城、井戸城、片岡城。

 高田城、布施城――


 すべて、松永殿にくれてやりましょう」


秀政がゆっくり振り返る。


「太っ腹だな」


政親は首を振った。


「いえ」


静かに言う。


「我らにとっては“毒”にございます」


秀政は鼻で笑い、短く答える。


「確かに」


それを受けて政親は続けた。


「郡山があれば大和の拠点として十分。

 福住があれば伊賀筋の補給も確保できます。


 それ以上は――

 寺社との喧嘩の種にしかなりませぬ」


「……まさにそうだな」


秀政は腕を組んだ。


「欲しかったが、先を越された」


ぽつりと呟く。


政親の口元がわずかに歪む。


「そのていでよろしいかと」


「一応、形は作るぞ」


秀政は続けた。


「五百ほど出して、各城を巡らせる。

 土地を知らぬゆえ、何事も遠回りにだ。

 大和に詳しい松永殿なら追い抜こうものよ。

 “取りに行ったが遅れた”のだ」


「はい、それで十分にございます」


政親は頷く。


そして一歩進み出た。


「では――

 私は松永殿の元へ参ります」


秀政が目を向ける。


「今後の話、か」


「はい」


政親は静かに笑った。


「大和の“偽り”は、陣中でうっかり漏らすことに致します」


「うっかり、か」


「えぇ」


肩をすくめる。


「松永殿のこと。

 私のことも、忍びで見ておられましょう。


 使者の言葉より――

 漏れた言葉の方を信じる御仁にございます」


秀政は小さく笑った。


「違いない」


そして、声を落とす。


「頼むぞ」


政親は深く頭を下げた。


「は」


秀政は続ける。


「芋粥は武功を挙げ、大和を賜るつもりだ」


「……はい」


「そのために筒井の支城と寺を攻める。

 ゆえに伊勢へ増援を求めた――


 そういう話にしておけ」


政親の目が細くなる。


「承知」


そのまま、踵を返した。



松永陣中。


政親が一礼する。


「北畠千種伊勢介政親にございます」


久秀は細く笑った。


「弾正少弼 松永久秀である。

 芋粥殿の筒井城攻めはお見事でしたな」


「恐れ入ります」


軽く流す。


「して、伊勢介殿、用向きは何だ」


政親は顔を上げた。


「今後の大和の取り扱いについて、

 芋粥の意向をお伝えに参りました」


「聞こう」


「郡山、福住は我らが押さえました」


「知っておる」


「他の城については――」


政親は静かに言い切った。


「早い者勝ちで、よろしいかな?」


久秀の目が細くなる。


「……ほう?」


「我らも兵は出しますが、

 全てを抱えるつもりはございませぬ」


淡々と続ける。


「芝、田原、井戸、片岡、高田、布施――

 欲しければ、お好きにお取りください。

 もしご不要であれば、全て芋粥が頂き申す」


沈黙。


だが、ここで終わらない。


政親は、さらに一歩踏み込んだ。


「それと――」


久秀が視線を向ける。


「役割を分けましょう」


空気が締まる。


政親は、あくまで礼を崩さず言う。


「松永殿は、これまで通り、

 本願寺に当たられよ」


一瞬の静寂。


だが、続ける。


「下間頼廉討ちの栄華は、

 すべてお譲り致します」


久秀の目がわずかに動く。


政親は続けた。


「我らは――

 南都の僧どもを引き受けましょう」


静かに言い切る。


「寺は我らにお任せあれ。

 これより伊勢から精鋭を呼びよせます。

 すぐに黙らせて見せましょうぞ」


沈黙。


そして――

久秀が、ふっと笑った。


「……なるほど」


「話が早い、良いということですな?」


「よかろう」


短く頷く。


「本願寺は、儂が引き受ける」


「かたじけなく」


政親は深く一礼した。


話は、まとまった。


――ように見えた。



陣を出る。


政親は馬に乗りながら、家来に向けて声を落とす。


だが――わざと聞こえる程度に。


「ふぅ……」


肩の力を抜いたように言う。


「これで松永殿は、

 不毛な本願寺との戦に向かわれる」


家来が目を見開く。


「不毛……にございますか?」


政親は軽く笑う。


「あぁ。

 一向宗門徒と喧嘩しても不毛も不毛。


 我らは南都を落とし、

 武功を挙げる」


さらりと言う。


「どちらが得かは明らかよ」


そして、わざとらしく続けた。


「大殿はこの大和の“武功第一”に

 この地を下さるそうだ」


家来が驚く。


「それは……確かな話で?」


政親は少し首を傾げる。


「いや……」


少し曖昧に。


「聞き取りにくかったが、

 義兄上がそう申されていたのを聞いた」


軽く笑う。


「これで私は義兄上に褒められよう」


そのまま馬を進めた。



その言葉は――当然、拾われた。



松永陣中。


報告を受けた久秀。


しばし沈黙。


そして。


「……くく」


低く笑う。


「不毛、か」


目が細くなる。


「芋粥め……」


指が膝を叩く。


「本願寺を押し付けて、

 寺で功を立てるつもりか」


ゆっくり立ち上がる。


「面白い」


その笑みは、完全に戦の顔。


「ならば――」


声が低くなる。


「その功、儂が奪う」


手を振る。


「各城に兵を出せ」


家臣が動く。


「この大和は我らにとって庭のようなもの。

 奴らの思惑の一段上を行く速さで、

 全ての支城を先にいただくぞ」


松永家の家臣は力強く頷いた。


「そして、支城を奪った勢いのまま――」


久秀は言い切った。


「興福寺、春日社を黙らせてくれる」


空気が震える。


「武功第一は、この松永久秀よ」


その目が光る。


「芋粥め――」


口元が歪む。


「貴様こそ、

 本願寺と泥でも啜っておれ」

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― 新着の感想 ―
大和の危ない所は江戸時代に入ってしばらくしても政教分離してない所 実行した役人さんは仏罰いうてころころされました そりゃ桓武天皇も嫌気が差しますね
これだけバキバキに折れてたらさもありなんという空気で筒井降伏、史実の方はこの後も踏んだり蹴ったりな感じですが、この話だと意外と損耗自体は少ないのかな あわよくば家臣に誘いたいところですが大和は領有でき…
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