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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第八章 伊勢太守編(国作り編)

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第百十九話 心の柱

お悠は静かに一歩前へ出た。


「弥八様。


 二千石まで使用してよろしければ――

 人を呼び込むための案がございます」


広間の視線が一斉にお悠へ向く。


秀政が頷いた。


「申せ」


お悠は算盤をそっと置き、落ち着いた声で続けた。


「人を呼ぶには、まず“腹”を満たすこと。

 次に“望み”を与えること。

 そして“未来”を見せること。


 この三つが揃えば、人は必ず鈴鹿へ参ります」


政成が興味深そうに身を乗り出す。


「具体的にはどうする?」


お悠は指を折りながら説明した。


「まず、働き手の日当を増やします。


 他領では七合から十合が相場。


 鈴鹿では――

 一律十五合といたします」


広間がざわついた。


「十五合……!?」


「腹が満ちれば、働き手は必ず集まります。

 追加の費用は二百二十石ほど。

 二千石の内で十分に賄えます」


秀政と政成が頷く。


「次に、鈴鹿へ来た者には、

 初日の二升にしょうを前払いで渡します」


浅野が目を丸くした。


「来た瞬間に、腹が満ちる……!」


「はい。

 流民は移動のための米がなく、

 “来たくても来られぬ”者が多いのです。


 初日の二升があれば、

 鈴鹿へ向かう決心がつきます」


「なるほど。

 それくらいなら百石も見ておけばよいか」


「そして、鈴鹿に来た者は――

 鈴鹿の町に住まわせるのではなく、

 周りの村々に所属させます」


松之助が首を傾げた。


「町ではなく、村に……?」


「はい。


 村には空き家や空き地もございますし、

 親類縁者を頼ることもできましょう。


 長屋を新たに多く建てるより、

 はるかに負担が軽うございます。


 何より――

 工事が終わった後は、そのまま

 田を耕す百姓となってもらえます」


政成が目を細めた。


「なるほど……

 人口流入が、そのまま村の力になるわけか」


「はい。

 働き手だけでなく、

 未来の子らも、鈴鹿の村々の民となります」


「さらに、三ヶ月働いた者には――

 治水後に自らが開墾した新田の持ち分として与えます。


 持ち分といっても、年貢を納める権利を与えるだけ。

 土地そのものは殿の御料でございます」


南條が息を呑んだ。


「土地……!

 それは流民にとって、何よりの望み……!」


「はい。


 土地があれば、

 人は必ず根を下ろします。


 村に入れ、新田の持ち分を与えれば、

 鈴鹿の周りには、自然と“人の根”が張られます」


そして、南條にも声を掛ける。


「湊で荷を運ぶ者には、

 運んだ量に応じて米を加えます。


 働き者は余分に稼げる仕組みです」


南條が感心したように頷いた。


「働き者がより多く集まる……

 よく考えられておりますな」


「この報酬とて、五十石の範囲で調整すればよいのです。

 多くなかろうと、褒美がもらえれば嬉しいものでしょう」


秀政も大きく頷く。


「これならば人が集まる。

 そして、集まった人は田を耕し、

 使った分を取り戻す労力となるだろう」


皆も頷いた。


そんな時、長政が手を上げた。


「……義父上。ひとつ、よろしいでしょうか」


秀政が目を向ける。


「申せ、長政」


「これほどの人数を鈴鹿へ招き入れれば……

 治安が悪化しませんか?


 敵の間者や盗賊、山賊の類が村に入り込むやもしれません」


広間が静まる。

若い長政が政治の場で口を開くのは初めてだった。


秀政は目を細めた。


「良い所に気づいたな。では、対策はあるか?」


長政は唇を噛む。


「わかりませぬ。

 治安隊を増やすのでは、とても間に合いませんし……


 そうですね……

 例えば、村の中で村民同士で監視させるのは……?」


秀政の口元がわずかに吊り上がった。


「長政、その視点は良い。


 では今回は俺から策をやる。


 “五人組の制度”だ」


家臣たちがざわめく。


秀政は筆を置き、全員に向けて言った。


「各村では五世帯を一組とし、

 互いに見張らせ、

 互いに守らせる。


 五世帯のうち一人でも悪事を働けば、

 五世帯全員が罰を受ける。


 これが“連帯責任”だ。」


広間が息を呑む。


「連帯責任があれば、

 組の中で自然と相互監視が働く。


 盗賊は潜れぬ。

 間者は動けぬ。

 揉め事は組の中で即座に片がつく。


 人が増えるなら――

 目も耳も増やせばよい。


 これが急激な人口増加に耐える仕組みだ」


長政は息を呑んだ。


「これは村人にとっては損だけではありませんでしょうか?

 得もあるのでしょうか?」


長政が純粋な疑問をぶつける。


「いいぞ、長政。

 物事の損得をきちんと知ろうとする。


 その態度は必要だ。


 民に損ばかりを押し付けては、その内、

 離散していなくなる。


 話を戻すぞ。

 この五人組は民にとっても損ばかりではないのだ」


「そうなのですか?」


「この五人組は人口増加の方策だ。

 この制度があるからこそ、村の人口を増やしやすいのだ。


 村も本来、見も知らぬものを簡単には受け入れぬ。


 だが、この制度があることで受け入れやすくなる。

 悪を弾く仕組みがあるからな。


 そして村に人が増える事自体が、村にとっての得なのだ。


 村に人が増えれば、用水路の掃除や荷運びといった労役が軽くなる。


 また年貢は村全体で治めるのが常だ。

 ゆえに人が増えれば村の年貢が安定する。

 名主や庄屋にとっても、不作や病気の痛手が薄れる。


 新参者が増えれば村の土地が広がる。

 田を耕すからな。


 それは村の発言力にも繋がるのだ。


 それに今回の人が増えるということは、

 押し付けられるわけでもなく、

 村自体が人を選ぶことが許されるのだ。


 どの家に入れるか、どの組にいれるか、どの仕事をさせるか」


秀政の説明で、長政の目が輝いた。

自分の発言が、秀政の策へと繋がったのだ。


「なるほど、人が増えぬわけには参りませぬ。

 それであれば安心できる仕組みがある方が良いと」


秀政は長政をまっすぐに見た。


「長政、お前に任せる」


長政の目が大きく開かれる。


「この五人組制度を、村々に説明し、実行させよ。

 お前が実行責任者だ。

 芋粥の若殿として、顔を売ってまいれ。」


広間が静まり返った。

若い長政が、初めて“政治の役目”を与えられた瞬間だった。


「はっ!」



天正二年六月上旬。


この人口流入策と湊、治水の初期開発は同時に実行された。

また、長政は竹内、佐治と共に村々を巡り、五人組を説明して回った。


六月中旬にもなると、鈴鹿の道に、見慣れぬ人影が増え始めた。


最初に現れたのは、

痩せた農民や、荷物を背負った流民たちだった。


「ここが……鈴鹿か」


「仕事があるって聞いたぞ」


「日当が出るらしい」


「飯も食わせてくれるってよ」


彼らは、噂だけを頼りに歩いてきた者たちだ。


尾張、美濃、伊勢北部、近江。


行き場を失った者たちが、

鈴鹿の“工事現場”を目指して集まってくる。


浅野は、彼らを見て静かに言った。


「……殿の狙い通りだな。

 仕事があれば、人は勝手に集まる」


村瀬新九郎は頷いた。


「人が増えれば、湊も開墾も早く進む。

 鈴鹿は、国になるぞ」



分水路が通り、用水路が伸び始めると、

今度は農民たちが家族連れでやってきた。


「水門がある田だと?」


「干ばつにも強いって本当か」


「初年度は年貢が免除だと聞いたぞ」


「ここでなら……やり直せる」


彼らは、土地を求めていた。


戦で焼かれた村、飢えた村、

年貢に苦しむ村から逃げてきた者たちだ。


南條利昌は帳簿を見ながら呟いた。


「……百町どころか、二百町でも足りませぬな。

 人が、どんどん来ます」


木曾与英は、升目に区切られた田の図を見て笑った。


「ならば、作ればよい。

 田は広げられる。

 水はある。

 人も来る」



六月下旬。


白子湊の仮防波堤が完成し、

船が横付けできるようになると、

今度は商人たちが鈴鹿へ押し寄せた。


「荷置き場があるぞ」


「雨でも荷が濡れねぇ」


「関銭が決まってる。ぼったくられねぇ」


「治安がいい。盗賊が出ねぇ」


商人が来れば、職人も来る。


「鍛冶屋が必要だ」


「大工も足りん」


「桶屋、縄屋、塩売り……全部いるぞ」


泉川清允は市場予定地を見渡しながら言った。


「……鈴鹿は、町になる。

 いや、国になる」



人口が増え、村々に新参者が根を張り始めた頃。


秀政は地図を前にしばし黙考し、

やがて静かに口を開いた。


「……そろそろ、鈴鹿に“心の柱”を建てる時だな」


政成が眉を上げる。


「心の柱、とは?」


秀政は筆で村々を指し示した。


「人は腹が満ちれば働く。

 望みがあれば根を張る。


 だが――

 心の拠り所がなければ、定着はせぬ。


 寺社を建てるぞ」


広間がざわつく。

秀政は続けた。


「寺はただの祈りの場ではない。


 学問を教え、薬草を扱い、争いを調停し、

 祭礼を執り行い、戸籍の代わりに過去帳を残す。


 寺がある町は、人が住みやすい。


 村が落ち着き、子が育ち、商いが生まれる」


お悠が頷いた。


「寺が建てば、門前町が自然と育ちます。

 人が集まり、商人が集まり、

 鈴鹿の経済はさらに回りましょう」


秀政は静かに言葉を継いだ。


「宗派は――

 真宗高田派がよい。


 政に深く関わらず、武装もせぬ。


 伊勢に根を張り、農民にも親しまれておる。

 鈴鹿に寺を建てても、反乱の火種にはならん」


政成が感心したように頷く。


「なるほど……

 寺を建てれば、村々の結束も固まる。

 新参者も溶け込みやすくなるわけか」


「そうだ。

 湊が動き、田が広がり、人が増えた今こそ、

 寺を中心に“町”を育てる時期だ。

 寺があれば、鈴鹿はただの開発地ではなく、

 “住む国”になる」


秀政は筆を置き、静かに言い切った。


「高田派の寺を誘致する。

 門前町を作り、鈴鹿の地に“心の柱”を立てるのだ。」



湊が動き、

田が広がり、

人が集まり、

寺が建ち、

町が生まれる。


芋粥秀政が描いた未来は、

もはや誰に命じられるでもなく、

人々の足で勝手に形を成し始めていた。


鈴鹿は、

まだ城もないのに、

すでに“国”の匂いがしていた。


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