7繋がない地
王国から勇者は消えた。
追跡していた者たちから北端の山に入ったとの情報もあり、死の山と言われるヘルヘンス山で追い詰められて死んだのではないかと言う話しだ。
それでも国家反逆を企てた極悪人として、国中で捜索がされた。勇者の首には莫大な賞金が掛けられ、国外でもそれにつられた者たちがしつこく捜索をしている。
それと共に他国では亡命を進め、自国で受け入れる趣旨でも求められる。王国を長らく守っていた無敵の盾を、手に入れたいと言う国は多かった。
「やはり王国は馬鹿か」
誰もがそう思った。折角自国の勇者が魔王を倒した上、王侯貴族に帰属しある程度取り込む事が出来ていたのにと。しかし、何故こうなったかも予想がついた。人の欲望とは、際限が無いものだからだ。
前王、賢明な彼がこの世を去ってから、王国は世界救世の功績を振りかざし、領土拡大を狙った動きを続けていた。魔王との戦いの後、世界が復興に奔走する中、被害が一番少なく。最強の戦力である勇者を保有しているままとなった王国は、次の世界の脅威になったのだ。
それでも、勇者は勇者だった。
王命に従い、しかし侵略戦争には参加せずを貫いた。詰まるところ王国への攻撃は許さず、その上で拡大前の旧国境線前に構えて不動を貫いたのだ。
「始め勇者の参戦を聞いた時は、絶望したものだけどなぁ」
いや、報復攻撃が全く通らない事は、打撃ではあった。それで長らく王国は他国へやりたい放題だったのだ。
しかし、前線でぶつかり合った者たちの気持ちはもっと違うものだった。勇者は誰もその線を越えさせなかった。その上で誰も殺さなかったのだ。
「ばけものだ、人間業じゃない。だが年間でそんな事が起こると、人間も慣れる」
勇者に当て身を喰らわされたなんて、喜んで帰る一般の兵士たち。手合わせを願って態々従軍してくる他国の英雄たち。もう緊張感のない攻防戦が展開されるようになっていた。
王国も、報復攻撃をしている国々も上の政をしている人々は、頭を抱えては居ただろう。
「だからって、自分らの戦力の要でもある勇者を追放するなんて、なんて馬鹿なんだ」
「勇者の称号は奴の子供が引き継ぐらしいぜ」
その英雄の一人でもあるエウゲン・テルメントールは、酒場で手練れの冒険者達と管を巻きながら顰めっ面をした。
他国の子爵である彼でも、勇者の婚姻関係の事情や噂は耳にしている。完全に仮面夫婦なのだろうと。
「ありゃ奴の血は引いていないだろう」
「いや、一番目の子だぞ、黒っぽい髪の」
「あーそこまでは聞いてねぇが、年に一、二度会うかどうかとか言ってたぜ」
「旦那勇者様と話したことがあるんで?」
「彼奴とは切り結べれば話せんだよ」
周囲からヒューと驚きと感心から口笛が鳴る。そう、普通は一撃も耐えられないのだ、何度か切り結び会話を続けたことがあるだけで感心されてしまう。
それで流石英雄などと言われてしまうのは、勇者を何時か超えようと躍起になっていた彼にとっては屈辱的だが。
「こうなる前に、奴には何度も亡命を勧めてたんだがな」
『また子供が産まれたんだってな』
『そうらしいですね』
剣戟を耐え、僅かでも休憩が欲しくてエウゲンは嫌味を言った。それに律儀に答えて貰えるとは思っていなかったが、噂はやはり本当なのかとこの時思ったものだ。
それと何とも脱力したくなる話しだった。
『はぁ……なんだそりゃ』
『まだ会えてもいないんですよね。何も無く王都の自宅に帰れないので』
『…………あんたそれでいいんか』
『不自由はしていません』
そう言いながら周囲を勇者は気にしている、エウゲン以外の殆どの兵士が倒れているのを再確認して、視線を此方に戻す。どうやら多少は無駄話も出来そうだと。
彼が剣先を下げると、勇者もそれに倣う。そもそも殺意も害意もないのだ。次の部隊が来るまでは、話しに応じるだろう。
『亡命しないか、何ならうちでなくても良い』
『……王国にはお世話になりましたから』
『……その王はもういない』
『そうですが、国民はいますし、なにより領民がどうなるか解りませんから』
『チッ』
『せめて各村の自警団がもう少し強くなってから……』
『ん?』
「お客さんは、勇者が悪堕ちしたって話しは、まるで信じてないんですね」
「ん? あー……身勝手に振る舞いたいなら、力で何でも出来るんだぜ彼奴、勇者だぞ」
エウゲンは一瞬思い出の中の自分と同化するが、カウンター越しに新しいミードを差し出し、店主が言う言葉に意識を此方に戻した。
「確かに、まぁそうですよね」
「しっかし、これからどうなるのかねー」
と隣の冒険者は溜息を吐く。
冒険者はもう志願兵としては出陣しないらしい。
勇者がもたらし、どうにか押し止めていた平和が、とうとうの不在で雪崩を起こそうとしている。
「さぁてな……」




