6微睡み
そのまま振り返らずに進んで行く山神に、彼はついて行く。
固く凍り付いた雪と、ゴツゴツとした岩場だというのに、裸足でも苦にはならない。浮遊するように移動する白い老爺を、見失うこともなかった。
「あの、しんれいって何ですか?」
「神なる霊体だ」
「……はぁ」
質問には応えてくれるが、さっぱり理解が出来ない。むしろ謎が増えるばかりだと思った。然りとて何でもかんでも聞くわけには行かないだろうなとも、考えた。それと良い感じに問いを考えなければ、望んだ答えが得られそうにない事も。
「ん、しんれい、神なる霊で神霊で…………貴方は山の神様……つまり貴方は俺の父親って事ですか?」
「違う」
「あ、違うんですか。すみません……じゃ、じゃあお仕えする神様って事ですか?」
「違う」
山神は言葉少なに否定するが、特に気を悪くした風でも無い。事実だけを淡々と告げているようだった。むしろいっそ全てのことに素っ気ない。彼の相手をしてくれているだけでも、もしかすれば希有なことなのかもしれない。
「お前はもっと高位の御方の加護を受ける身、覚えていなくとも眷属である」
「そうなんですか?」
「この山の神である我が従えることは出来ない」
「そうですか……」
ならば如何したら良いんだろうと、彼は戸惑う。加護もそれを与えてくれていると言う相手も覚えていない、眷属というなら其方に属して、何かするべきなのではないかと思うのだが、それも解らなかった。
生まれたばかりで生まれた意味に行き詰まっていた。
「えっと……あ、この辺は暖かいですね」
「ここが暖かいのではない、山頂が寒いのだ」
困惑しながら進んでいて、気が付くと木々が茂る場所まで降りてきていた。他に誰か人が居れば、驚異的な速度で中腹まで下ったのだと解るのだが、山神も名もなき神霊も基準がないためどちらも何も思わない。
そうして降りて、青々とした下草と苔むす岩の崖横へと山神は彼を連れてくる。崖の一部からは湧水が湧き出ていて、小さな泉を作り出していた。
「この辺りに居ると良い」
「は、え?」
「眷属が生まれたことに気付けば、迎えが来るだろう」
それだけ言って、去って行こうとする山神にハッと気付いて引き留める。
「ちょっちょっちょっと待って下さい。迎えが来るって、それまで何をすれば、如何すればいいですか?」
「お前は生まれたばかりの赤子だ、赤子のすべき事は解るだろう」
「赤子、の仕事は……泣くことですか!?」
慌てて彼がそう答えると、凍り付いた崖のようだった山神が、一瞬固まってから視線を彷徨わせた。どうやら困らせてしまったらしいと気付いたが、何が駄目だったのか、いまいち理解が及ばない。それが生まれたばかりだからなのか、未だに頭に靄が掛っているからなのかも判断が出来なかった。
「……食べて寝て、好きに、穏やかに過ごしなさい。今のお前に他にするべき事など何も無い」
「……あーああ、なるほどです」
まだ生まれたばかり、小さい自分のする事は、食べて寝て大きくなる事かと彼は納得した。確かにその通りだと、納得して水辺にぺたりと座り込んだ。
「必要なことがあれば声を掛けなさい」
「はい……あ、……魚を捕って食べてもいいですか?」
チラリと泉の中で泳ぐ小魚を見やれば、山神は問題は無いと頷いた。神の山に住む生き物なので、止められるかもと内心緊張していたのだが、大丈夫らしい。
殺生はするなとかも無い様だった。
「好きにしたら良い、山の生き物は山の生き物を捕って生きている」
「解りましたありがとうございます」
そう言うと、山神は当面自分のすべき事は終えたと、背を向けて煙が散るように消えてしまった。
「…………」
一人になり、取りあえずマントを被り、ぼんやりとそのまま膝を抱いた。何もする事が無いというのは、何とも手持ち無沙汰だった。全く本人は失ってしまった記憶ではあるが、常に何かしらするべき事を求められて、それを熟す事で生きてきたのだ。
「そうか、何もやることがない……」
そのままパタリと横になると、ウトウトとしてしまう。暇だ、それに何の憂いも今はなかった。




