5上昇流転
流転輪廻の理は、生を生のまま留めず。死を死のまま留めない。
完成されたものも何時かは壊れ、別たれたものも何時かは巡り逢う。新たなものに生まれ変わる。
雪を被る霊峰。
常ならば雲を纏う山頂は、奇跡のように晴れ渡り、地平の彼方まで見下ろせる。
連なる山々、霧を纏う樹海続く平野、街道が走るその先に広がる村や街。鳥の群れが、編隊を組んで青空を渡っていく。
パリ……ピシッ……。
陽光指す中、罅が走る音がする。
突き立つ剣の前、まるで白い卵のような塊の、内側から音がした。ノックするように叩かれる。やがて放射状に亀裂が入り、一部が崩れ落ちると崩壊は一気に起こった。
「あっ……出れた」
殻から出て来たのは、黒髪の少年だった。初めて明るいところに出て来たとばかりに、目を瞬かせる。翳した自身の手の小ささに驚き。身体にも違和感を覚えた、自分はこんなに小さかったかと。
それに――
「ここは、どこだろう。俺は……何だっけ?」
霞が掛ったように、何も思い出せない。
強い風が吹いた。突き抜けるような青空が、彼の頭上に広がっていた。
「……?」
黒い円らな瞳を瞬かせ、首を傾げる。目の前に突き刺さった剣には見覚えがある。が、何かが引っ掛かった様に頭から出て来ない。もう少しのような気がするのに。
ただ、この剣にはもう触らない方が良いという気持ちがした。自分が振るうものではないのだろうと。
立ち上がると、ずるりと腰から色々な物が落ちる。
今の自分には大きなズボンとベルト、腰袋が二つ。肩からずり落ちたのは薄いマントだった。
「んん~?」
これは彼の物だったのかもしれないが、今の彼には合わない物だった。辛うじて身に付けられているのは、白いシャツとベストだが、シャツの裾が足首当たりまで来ている。袖は手の先が捲っても中々出て来ない程余っていた。
仕方なく腰の部分でベルトを絞り、腰袋を何とか据え付ける。マントは後で何かに使えるかもと畳んで手に持った。
「靴はないな」
雪に埋まっているのかもしれないが、掘り出したところでサイズが合わない。
ただ、何処に身に付けていたのか、鞘に入ったナイフを拾い上げ、ベルトに差した。
何も解らないはずなのに、この知識は何処から来るのだろうと考える。もしかしたら、色々やっている間に、思い出すかもしれない。そう、また浮かんだ知識でも、記憶喪失は時間経過でそのうち自然に治るものと頭に過ぎる。
「吾子よ、今日生まれ出でたのか」
そんな事をやっていると突然声を掛けられた、彼が振り向けば白い長い髪に同じく長い髭を靡かせる。ローブ姿の老人がそこに立っていた。
自身もそうだが、凡そ最高峰の山頂に居るような出で立ちではない。それでいて、寒さも疲れも感じさせずただそこに在る様子は、徒人ではないと感じさせた。
「えっと、はい今出て来ました。……あなたは?」
「我はこの山の神」
「神、さまですか」
老人、山神の発言には流石に驚いてしまうが、そう言われて納得してしまう様な存在感があった。そしてそれを納得してしまうと、一気に頼りたい気持ちが湧いてしまった。
なんと言っても、現在彼は自分のことさえ解らない状態なのだ。
「……申し訳ありませんが、少し質問してもいいですか?」
「なにか?」
「えっと、ここは何処でしょう、俺は誰でしょうか、何も解らないのですが」
「解らなくて宜しい、お前は今生まれたばかりなのだから」
「え」
彼は驚いたが、そう言えばそんな事を言っていたと、気が付く。
では、忘れたのではなく。初めから何も無いのかと、少し否、大分がっかりした。
「吾子よ名もなき神霊よ。ついてきなさい」




