4白い揺籃
剣を杖代わりにして傾斜を登って行く。
日が落ち吸った空気で肺が凍り付きそうな気温、そもそも酸素も限りなく薄い。もうここまで来ると魔物さえ居ない。生存の限界を超えていた。
「寒い……こんな装備で来る場所じゃ絶対ないな……」
だがこの山を越えれば国境を越えられる。
関を設けられ、逃亡した自身を追うために多数の兵士が配備されているだろう他の場所と違い。ここは徒歩で超えられると思われていない場所。
もう、誰かを倒し斬り伏せる必要の無い、道筋。
山の背を伝い、頂に至る。この世界の最高峰とされつつ、人類未踏のそこは二畳程のちょっとした空間だった。
何処までが王国なのか、国境線など見えないので解らないが、丁度半分だと考えて彼はその線を越える。それと共に王国の勇者の剣を、手前に深く突き刺した。これを他国に持っていく訳にはいかない、あくまでもこの剣はこの国の勇者の剣だ。
次の勇者には申し訳ないけれど、ここに取りに来て欲しい。多少大変だったけれど、勇者の体力があれば何とかなる、何の準備も無しに来たけれど自身がどうにかなったのだからと考えた。
その勇者には確り準備して仲間と共に上って来て欲しい。
「…………」
頭上には振るような星空、それに掛る緑の光の帯。故郷を離れ、見知った星も星座もないけれど、それでも世界は美しかった。
明日も変わらず美しいのだろう。自身がとてもちっぽけな存在に感じる。駆け抜けた十年も、領主として慣れない仕事に七転八倒した月日も、この圧倒的な広い世界でなんて事はない事なのだ。
随分遠くに来てしまった。
もう目標は達成した、為すべき事は成しただろう。
死なずに他国へと望まれた、だからここまでやって来たが。
「……ただ、少し、疲れたな」
ふっと振り返る。
「あぁ……」
吐息が白く溢れる。
雲を平野を下に見て闇に沈んだそこは、村や街、都が遠くに散らばる魔法の明かり。その様は、地上にも天の川がある様だった。その輝きの一つ一つの下に人が居て、その暮らしがあると思うと何とも言えない温かい気持ちになった。
星空に負けない美しさと、力強さがある。
そして、それを守るのに、多少なりとも自分の成してきたことが寄与しているらしい。
良かった。
それなら良かったと、彼は心の底から思った。
「綺麗だな、こんな景色が見られたんなら…………」
彼はそう言うと、近くにあった丁度良い岩に腰を下ろす。そうしてそこからの景色を眺めた。暫く然うしてみていたいと思った、それが正しいのだと感じる。
見たいものを見ていたかった。人々の営みをずっと見ていたかった。
「……何だか暖かい、っ……安らぐ、とても」
風が吹き付け、雪が白く覆っていく。それは柔らかく彼を包み覆っていく。
揺籃の眠りが訪れた。
月が落ち、日が昇る。何度も何度も、美しい雲が流れた一時も同じ姿を留めず。全てのものは絶えず変化し成長する。生きては死に、死んでは生きる。
全てのものは変化して、そのままではいられない。
そうして至った勇者は死んだ。




