3神の霊峰
標高が高くなると木々が疎らになり、下草が岩場に張り付く様になる。急峻な峰の先には雪が降り積もっていた。山頂はまだ見えない崖の先の更に先。
強い風が吹き、傾斜のきつい地面に縋り付く。その一瞬で魔物が目の前に現れる。
褐色の毛皮に人の顔。獅子のような身体は虎より一回り大きく、剥き出しになった牙は三列になっている。長く撓る尾はサソリのそれで、振られる度にシューシューと威嚇音を出す。
「マンティコアか」
「ぐるがぁぁ!」
「流石にお前に食われるのは、痛そうで嫌だ」
勇者の剣を構えて、魔力を練った。
白い雪の上に点々と赤い血が流れる。
剣の先から伸びるそれは、どうしようもない彼の強さの証し。人食いの魔物は獲物にする相手を間違えたのだ。彼は死に場所を探しているような、投げやりな状態ではあったが、その辺の魔物に明け渡す道理も無い。
「…………」
下方を振り返るが、追ってもまだ居ないようだった。
視線を戻す。
その先にはまだ細い峰が続いている。
◇◇◇◇◇◇
悲鳴が上がる。
王が殺せと叫んでいる。兵士が殺到し、支援者がそれを抑える壁になる。
「勇者様こちらへ!」
「領主様!」
この場に自分が留まり続けると混乱と、争いが加速する。それを瞬時に判断し、支援者の言葉に従い其方へ進む。
王都の道、人が溢れるそこここに支援者が居て、その先に愛馬と逃げるための用意がされていた。跨がって王都の外壁門を出ると、命令を受けた騎士達が追ってくる。
外縁を守っていた兵士たちも目の前に立ちはだかった。
「止まれ!」
「勇者マルコ」
「……師範、胸をお借りします!!」
取り囲んだ騎士達は、一斉に頭を下げる。
「!?」
どう言う事だと混乱すると、彼らは笑いながら剣を構えた。
「剣術師範である貴方を取り押さえられる訳ないじゃないですか」
「良い感じに剣を交えてから逃げて下さい」
「いや、俺は本気で倒して捕まえる気だが」
「ええー戦ってる振りだけしましょうよー」
彼も同じ様に剣を構える。
そうだ、良く見なくてもどの騎士も見覚えがあった。名前を知っている者も居るし、請われて指導をした後食事を一緒にした者も居る。
お互い殺し合うには辛い相手だと思う。とは言え騎士、職務として命じられれば私情を捨て、伐つのが王に忠誠を捧げた正しい姿だろう。
「良いんですか?」
「本気でやって壊滅させられても困ります」
「なっさけない。私は本気でやって欲しいですわ」
「ははっ……では、遠慮無く」
勇者と騎士達は本気の稽古をする。これが最後になるだろう、稽古だ。
騎馬を操り、剣戟を交え。魔術を展開する。
周囲をなぎ払いながら、離脱して行く騎士達は気絶や疲労で地に伏して、誰も死ぬことなく。彼は彼らを振り切り、街道へと進んだ。
「こ、この先の兵は、詳細を知らない者たちです」
「ここからは本当の命のやり取りになるでしょう」
「貴方を見限った国の兵です、自分の命を優先して下さい」
生きて他国へ。
あの王はもう駄目だ、きっと公爵様が戻れば内戦になる。ただ、そんな争いに勇者を巻き込みたくない、そう彼らも憂国の士。貴族の出自の者が多いが、愛国の思いがなければ騎士として、王都の警備を任されるような実力を得ることは出来ないのだ。
「ご無事で」
「…………あなた達も」
それからは本当の逃走が始まった。
分け知らぬ兵士もそうだが、町や村で民衆に追い立てられる事が、一番彼には堪えた。追われ、補給を絶たれ、やっとの思いで国の北端までやって来た。
山頂近くはやはり雪が降っていた。




